第3話 おとぎ話
「困るんだよね」
その日、森の魔女の店に仕立てはいいが着ている本人はまったくもって残念としか言い様のない肥えた男が数人の護衛らしき人物を連れて現れた。
「・・・豚に真珠・・・」
「何か言ったかね?」
「別に」
「接客態度もなってないとは。前の魔女も大概だったが今度もか」
はぁとあからさまに大きなため息をついた男は自分がなぜ店に来たのかを話しはじめた。
「魔女とは常識を知らぬようだから分かりやすく教えてやるが、私はこの国の商人ギルドで一番偉いマスターと呼ばれる存在だ」
商人ギルドマスターと言う男は商売をするからには商人ギルドに登録しなくてはいけない事、登録して年会費を支払って初めて店を出し商売が出来る事を長々と話して聞かせた。
「と、言う訳でこの店は未登録の違法店として商人ギルド預かりとなった。前の魔女にも通達はしていたのだが一向に登録に現れず実に残念だった。抵抗しても無駄だよ。店内に入った時に魔法無効の魔道具を起動させているからね」
好き勝手に話し終わると護衛として連れてきた男達に店内の商品を軒並み回収するように商人ギルドマスターを名乗る男は命じた。
「なるほど。今の世界はこの森の事を本当に何も知らないのだな」
「何?」
「この森は誰にも侵されてはならない神聖な場所。その神聖な場所に住まう魔女は国や種族に属さない。森の魔女がやる店は魔女の気分次第。ここは不可侵の領域。それを知らずに立ち入ったとは怖いもの知らずな」
「何が言いたい!」
「出ていけ」
魔女が一言呟くと店内にゴオッと風が吹き抜け男達はなすすべもなく店の外に追い出された。
「バカな!?なぜ魔法が使える!!」
「森の魔女を止められる存在などいない。それと安心するがいい。この国から店に繋がる扉は閉じた。2度とお前の手を煩わす事はない」
店の奥にあるカウンターの中から一歩も動かずに魔女が男達に告げると、バタンと激しい音をたてて扉が閉じられ、目の前でその扉は消えていく。
「ば、ばかな!そんなばかな!?」
消えたのは扉だけではなかった。
店があったはずの場所。そこは本来なら深い森の入り口だったはず。
しかしいまや森そのものが忽然と消え失せ男達の目に映るのは荒れ果てた土地のみ。
僅かばかりの雑草と乾いた風が吹き抜ける地を見つめていた護衛の一人がポツリと呟いた。
「おとぎ話じゃなかった」
森の魔女とその魔女が住まう森の話しは小さな子供でも一度は親から聞かされる昔話。
曰く森の魔女が住まうは神聖な場所にして全ての生命が還る場所。
世界樹の麓に広がるその森は誰にも踏み込む事が出来ず、森の魔女の怒りに触れた者は国ごと滅びるなどなど。
とはいえ本当にその森や魔女がいるなど信じている者はいない。
故にただの物語。おとぎ話と誰もが思っていた。
「冗談じゃない!この国にいたら終わりだ!!」
おとぎ話では森の魔女に見限られた土地は2度と再生しないと言われている。
護衛の男達は我先にと逃げ出し、森が見えている場所にあった町や村でも突然消えた森に人々は驚き、慌てふためいた。
誰が言ったのか国が滅びる前兆だとの噂話があっという間に広まり、その国から多くの民が逃げ出した。
残されたのは逃げ出す力のない年老いた者達と生まれた国を捨てられないと気丈にも残った僅かばかりの者達。
元々それほど大きな国ではなく、周囲の国からも旨味のない国。利用価値のない国と思われていたお陰で攻め落とされる事もなかったが、さらに国は小さくなっていく。
この小さな国が森の魔女の信頼を取り戻し、再びその国に森が出現するまで100年以上もの時を必要とするのだが、それは誰も知らない未来の1つにすぎない。
森の魔女は引きこもり マカダミアナッツが好き @cocoa2020
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