このままでいい

そう、気づいてはいたのだ、

心のどこかでは……。


ただ、どうしてもそれを

認めることが出来なかった。


気づかないふりをし続けていた、

ここまで。


それを素直に

受け入れることが出来なかったから。



私は守られていたのだ、ずっと。


過保護なぐらいに……。



「分かった、分かった、

もう分かったから……


あたしはどこに行っても

売り飛ばされる運命しかなくて


今こうして

無事に生きているのが奇跡みたいもの


だから、

ちゃんとあたしを守ってくれた

死んだお義父とうさんには感謝しなさいって


そう言いたいんでしょ?」


車に乗り込んだあたしは

ジルに降参することにした。



もうこれ以上、辛い現実を

突きつけられるのはシンドイから。


悲し過ぎて、正気を保って

いられなくなるかもしれない。


心が壊れてしまうかもしれない。


それは、

お義父さんも望んでいないでしょ?

きっと……


だから私は認めてしまうことにした。



ずっとあたしは

鳥かごに閉じ込められていると

そう思って来たのだけれど


それも間違いではないのだろうけど


お義父さんは、あたしに

見せたくはなかったのだ……

触れさせたくはなかったのだ……


この世界の汚いものを、

人の心の闇を……


……あたしは

温室育ちの箱入り娘かよっ



「そうですね、

確かに旦那様は


小心者で小市民で、もしかしたら

偽善者だったのかもしれませんが、


それでも、

死んで後まで恨まれるような方では

ありませんでしたから」



「とは言っても


あたしだって、

十二年間のわたがまりがあるんだし

すぐに受け入れられるものじゃあない


見つめ直す時間だって必要だから


まぁ、まずは

義父とうさんと呼ぶところから

はじめてみようかなって


もう死んでしまっているけどね……」



「それでもきっと

お喜びになりますよ……


感情がまったく

表に出ない方でしたけど……」




帰路の途中、

当然車中には二人きり。


いろいろと聞き出すのには

いい機会なのかもしれない。


「あのさぁ、

一つ聞いていいかな?


まぁ、割と聞きづらいことなんだけど


年頃になってから

気になりはじめたんだけど


ジルとさぁ、あの人の間には


大人の関係というか、

そういうのはあった訳?」



運転中のジルは

当たり前のように首を横に振る。


「まさか。


私は、旦那様の小市民なところも

可愛いらしいと思っていましたから


求められたら、

応えていたかもしれませんけど


でも、あの方は、やはり

人に触れることが出来ない方なんですよ」


一旦ハンドルを切って、間が開く。



「やはり、旦那様は、

スキゾイドパーソナリティ障害

だったのではないかと思うのですよ


旦那様ご本人は、

決して認めようとはしませんでしたけど……」



「障害か……


お義父さんが

私を分かってくれなかったように、


私もまたお義父さんを

分かってあげられなかったってことか……」


なんという

悲惨なディスコミュニケーション。


それも十二年にも渡った……。



他者と接触出来ない人間が、


まだスキンシップが必要な

日本語の通じない幼い子を養子にもらう、


もう入り口からして

絶望的に間違っているような話だ。


何かを勘違いでもしたかのような。



何故、お義父さんが養子なんて

そんな考えに至ったかは謎だけど、


お金もあるし、残りの人生を

誰かの役に立って生きたい、

そんな風に思ったのかもしれない。


それでもお義父さんが

入り口を間違えてくれたおかげで、

勘違いしてくれたからこそ


今なお私はここで

こうして生きている……


きっとそういうことなのだろう。



「あぁ、そうでした……


それと今日からお嬢様には

私の娘になっていただきますから


私の養女として正式に。


これからはお母さんと呼んでくださいね」


さらっと重大なことを発表したジル、

いや、お母さん?


「えっ!?


いやまぁ、

ジルは本当のお母さん以上に

あたしのお母さんだったから……


それは別に構わないけど……


ちょっとびっくりしたかな」



「旦那様は

言ってくださったんですよ……


『娘ももう二十歳だから、

ジルには自分の人生を歩んで欲しい


素敵な男性と結婚して

子供をつくるのもいいだろう


娘をこの先もずっと、私の分まで

見守って欲しいという気持ちはあるけれど


またジルに

呪いを掛けるようなことは言えない』と



その言葉を私なりに一年考えまして……


お嬢様とずっと一緒にいつつ

結婚もする方法はこれしかないかなと。


だから、お嬢様には、

また新しいお義父さんが

出来るかもしれませんよ?


もしかしたら、

妹や弟まで出来るかもしれませんね」



新しい家族……。


あたしとお義父さんは

いい家族にはなれなかったけど、


それでもあたしに

新しい家族をつくる可能性をくれた


あたしが生きている限り

あたしには新しい家族がつくれる


それもきっと

そういうことなんだろう……。



「本当はもっと早く

そうする筈だったんです


私がお嬢様を

養女に出来る資格を得た時に


旦那様の養女から

私の養女に変更しようと

思っていたんです


あまり旦那様にも

ご迷惑を掛けたくありませんでしたし



でもその時、旦那様は

言ってくださったんですよ……」


『このままでいい……

このまま三人の家族でいよう』


「そう言ってくださったんです……」


いろいろと歪ではあったけど、

あたし達三人は間違いなく家族だった。


今ならそう言える気がする……。



「でもまぁ、

山田という苗字にも愛着はあるから

そこだけは少し残念かな」


「じゃあ、私がお嬢様の

養女になりましょうか?」


「そうか、あたしにもいきなり

こんな大きな子供が出来るのかぁ……


どういう気持ちなんだろう?」


「さぁ?

旦那様の気持ちが、

少しは分かるかもしれませんよ?」


ジルはそう言って笑った。


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6億円当たったので、金髪幼女を養女にしました ウロノロムロ @yuminokidossun

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