最も有意義な六億円の使い方

「なるほどな、

これが旦那の愛娘って訳か


実物にお目に掛かったのは

はじめてだが……


こりゃぁ、

奴等が目をつけるのも無理はない……」



次に連れて来られた探偵事務所には

体格のいい男達が四人ほど居た。


白人男性に黒人男性、

中東系と人種もバラバラの四人。


まぁ、見た目だけなら

あたしも白人女性なんだろうけど。


リーダーのサムと名乗る白人男性が

チームを仕切っているようだ。



「表向きは

探偵会社ってことになってはいるが


これでもジルと同じ元軍人、

各国の元諜報部員達の集まりでね


公には出来ないが、

いろんなとこから

お仕事をもらっているのさ」


ジルの元軍人って設定は

本当だったのか……。


むしろあたしはそこに驚いた。


なんでも、元々はジルが

幼いあたしの消息を探す為に

頼りにしていた仲間らしい。



「俺達は旦那、

つまりあんたの親父さんに頼まれて

人身売買組織の情報を集めてたのさ


警察が摘発して潰せるぐらいのな


まぁ、実際、

ヤバい橋だったんだけどな


何年も掛かったし


でもその分、

報酬は弾んでもらったしな


それに俺達は

あんたの親父さんのことを

ちょっとリスペクトもしていてね」



後ろに居る黒人男性が頷いた。


「俺の娘が手術するのに

大金が必要になった時も、

旦那は黙って金を貸してくれたからな……」


『何、気にすることはない

なんだったら返さなくてもいい


私は偽善者だからね


自分が人助けをしたという行為に

自己満足して幸福を感じているに

過ぎないんだよ


だから、気にすることはない』


「……そんな風に

言ってくれたんだよ」


偽善なんだから

恩を感じることはない、

そういう捉え方もあるのか。


その距離感が

あの人らしいと言えば

あの人らしい。



「旦那が偽善者なら


世の中のほぼ全てが

偽善で出来てるってことになる


偽善じゃないって言えるのは、

母親の愛情ぐらいだ


困っている人を助けて、

そのことに満足してしまったらダメ、

それは偽善、というルールじゃあ


この世には偽善しかなくなるだろよ



それに、別にいいんだよ

もし仮に偽善だったとしてもな


そのことで救われる人が居るんだから

それでいい


『やらない善よりやる偽善』ってやつだ」



「お嬢ちゃんは、


今自分が無事に生きているのが

奇跡に近いことだと知った方がいい。


周りがまったく見えない

深い霧の中を歩いていて


ようやく霧が晴れたと思ったら

自分は空に居て、周りには何も無く、


これまでずっと

細い綱の上を歩き続けていた


それぐらいギリギリに

生きて来てるんだ……


本人は気づいていなかったようだけど

細い一本の綱の上を

綱渡りして生きて来たんだよ」


ジルに話しを聞いていたのだろう、

そんなことをサムは言い出した。


「だいたい、

お嬢ちゃんのような美しい孤児は


変態お金持ちに買われて

慰み者、玩具にされちまう


まぁ他にも、児童ポルノの商品として

金儲けの道具に利用されちまう


そんなのがむしろ普通なんだよ」



あまりにも酷い言われようで、

ちょっとムカついたので

あたしは言い返そうとする。


二十歳になったとは言え、

中身は子供のままなのかもしれない。


「そりゃ、

性的虐待はなかったけど……


あたしだって

お人形さんみたいに扱われて、

鳥かごの中に閉じ込められて来たんだ


いろいろと傷ついて来たんだよ」


幼稚なあたしの愚痴が

修羅場を掻い潜って来たサムに

通じる筈はないのに。



「おいおいおい、

お嬢ちゃんは随分と甘いな、大甘だ


さすが世間知らずの箱入り娘だぜ


こんなんじゃ、旦那も浮かばれねえ


そこまで言うなら、これを見てみな?」


サムからタブレットを渡されると

いきなり動画がはじまる。


画面に映っているのは

まだ年端もいかない幼い女の子。


開始数秒で

あたしは胸糞が悪くなり、


数十秒と持たずに

トイレに行って吐いた。


地下室に閉じ込められただけでも

あれだけの恐怖を感じたのに


その恐怖、苦しみ、痛み、辛さは

どれ程のものだろうか


あたしだったら

気が狂ってしまっているかもしれない



「ちょっとサム、

お嬢様にこれは、

さすがに酷過ぎるわっ」


あたしがトイレから戻って来ると

ジルはサムに抗議していた。


「それは、

俺らが捜査してた頃、

証拠を押さえる為に

奴等を隠し撮りした動画だ


だけど、お嬢ちゃんからすれば

そんな目に遭う未来もあったんだぜ


まぁ、その動画は……


助けてもらえなかった時の、


旦那とジルに出会えなかった時の

お嬢ちゃんの世界線てことだな。」


「…………。」


あたしは何も言えなくなってしまう。


ここまでいろんな人に会って

話しを聞いて来たが、


人から話しを聞けば聞くほど


売られるか、死ぬか、

あたしにはその二つの未来しか

なかったのではないか、

薄々そう思いはじめてはいたのだ。


だからこそサムの言葉に

ついムキになってしまったのだろう……。



それからサムは

あの人が語ったという言葉を

あたしに教えてくれた……。



「しかし、

旦那はおかしな人だったな


愛という感情が分からないと

自分で言っておきながら、


愛する娘を守る為に

ポンと六億円を使っちまうんだから


もうあんたがやってること、

それが愛ってもんでしょ!

そう言ってやりたくなったな



傍目から見れば一目瞭然だってのに


当の本人二人だけが

そのことに気づいていないんだから


こりゃもう、

悲劇というか、喜劇というか……」



その場に居る

あたし以外のみんなは

頷きながら笑っている。


ジルも笑っている。


あたしだけが

何故だかよく分からないけど

胸が苦しくなって、

またちょっと泣いてしまった。


あの人の言葉のせいなのか……


『六億円は、

宝くじで当たった泡銭あぶくぜにだから


私は使い途にすら困っていたんだ……



でも、あの子と出会ってから

私には分かったよ……


あの六億円は、あの子を守れと

天がよこしたお金だってね……


これもまた

六億円の呪いなのかもしれないなぁ……


だけどね、

私にとっては、これ以上ない、

最も有意義な六億円の使い方だよ。』


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