善意の一市民

「ご無沙汰しております、

その節は大変お世話になりました」


あたしに縁がある人達を訪れるこの旅に

ようやくまともそうな人が現れた。


外見だけで判断してはいけないが、

スーツ姿の礼儀正しい中年男性、

まともな人だと思いたい。


ただ私には何の覚えも無い、

面識が無い人のようなのだが……。



「お嬢様、こちらの方は

警察の警部さんなんですよ」


「……警察かぁ……」


私の彼が、暴動に参加して

警官に撃たれて死んだ時、


あたしは警察に呼び出されて

事情聴取を受けた。


過激派でもあった彼の、

まるで共犯者のようにあたしは扱われ

あやうく自白を強要されるところだった。


それ以来、

警察はどうも苦手だ……。



「お世話になったことですし、

お話をするのは構いませんが……


しかし……

ショックを受けるだろうから

お嬢さんには内緒にしておくと、

そういうお話ではなかったですか?」


「えぇ、でも

お嬢様も二十歳になりましたし


旦那様もお亡くなりになったことですし


知っておいた方が

いいのではないかと思いまして」


この旅の間中、

ずっと気になっている違和感。


私のまったく知らないところで、

私が深く関係しているであろう話、


私に何かを隠している……


それをついに知ることが出来るのか?



「五年前、

人身売買組織が摘発されたのですが


その際、ジルさんには

多大な情報提供をしていただいて」


「あくまで善意の一市民として

ご協力させていただいたんです


その組織のことは

随分と前から知っていましたし……


何よりも、お嬢様もずっと

ターゲットにされていましたから……」


背筋がゾクゾクして

寒気が走る。


あたしが人身売買組織に

狙われていた……



十三年前、

あたしの消息を探して日本に来たジルは、

あたしが居る孤児院を探し出した


だが、あの孤児院は

その人身売買組織とやらに

すでに狙われていて


たまたま見学に来ていた養父に

必死に頼み込んで

あたしを養父に引き取ってもらった



そして、やはり人身売買組織は

身元を偽装して

あの孤児院から

何人か女の子を引き取って行った


その子達は、案の定、

その後、行方不明……。


「その後、

押収された児童ポルノ動画の中に

被害者の女児達だと思われる姿が

確認されています」


恐怖よりも驚きが先に来る。


まるで想像も出来ない。


空想世界のミステリーやサスペンスに

突然、実はあなたは登場人物でした

と言われような、そんな気分だ。


これがリッちゃんが言っていた

呪われた孤児院の真相なのか……。


だが、話はそれだけではなかった。



「お嬢様だけでも

助けることが出来たと

思っていたのですが……


その後も、

お嬢様は彼等のターゲットとして

リストに名前が載っていたようで……


そのことを知った時、

私は背筋が凍るような思いでしたよ


きっと旦那様も

そうだったことでしょう……」


それでジルは必死になって

組織の情報を集め、

信頼出来る警部さんに

情報を提供し続けた


その甲斐もあって

人身売買組織は摘発され、

その関係者は全員逮捕された。


そういうことらしい……。



「ジルがあたしのために、

そんなことをしてくれてたなんて……」


警部さんと別れて車に戻ると、

開口一番、あたしはジルに感謝を述べた。


「一応、

私が情報提供者ということに

なっていますけど……


……旦那様ですよ


旦那様がその道のプロに頼んだんです


宝くじで当たった六億円を投げ出して


お嬢様を守るために……」

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