第5話 ワーヒド星系へ
異世界0135。
通称ワーヒド星系。
エデン星系から複数のゲートを通り、十日ほど進んだ先にある最近発見されたばかりの異世界。
第20独立旅団”サンルン”が事前調査を終了済み。
異世界として認定された人類居住惑星は第二惑星。
人口は約五千万人。
海洋惑星であり、温暖で気候の安定した地域にアフリカ大陸ほどの大きさの陸地が一つだけ存在する。
空間湾曲ゲートの位置はこの惑星の衛星の裏側にあり、サンルンの設営隊によりゲート鏡面の外周に、防衛施設の設置が完了している。
大陸はルーリアト帝国という帝政国家により統一されていて、その統治は非常に安定している。
常備軍の数も少なく、武器は刀剣類と弓矢。
銃器は前装式の小銃がごく少数配備されるのみ。
鹿に似た騎乗動物を主に用いるが、一部で現地特有の大型動物を用いる。
低脅威、統一政体、居住範囲の狭さと、制圧に適した条件が揃っている。
そのため威圧と交渉によって、容易に連邦加入条約締結に持ち込むことが可能。
「というのが参謀本部からの情報だ」
シャフリヤールのブリーフィングルームで、サーレハ司令の話を聞き終え、一木は気が気ではなかった。
確かに相手は先ほどの演習相手に毛が生えたような、しかも半世紀近くほぼ戦争の無い世界の軍隊だ。
それでも、こちらの戦力は新米師団長の一個師団約一万。
艦隊直属の憲兵連隊と衛生連隊を入れても五千。
合わせて一万五千の兵力で大陸一つを制圧するなど、無謀に思えた。
「サーレハ司令、自分にはいささか無謀に思えるのですが……参謀本部は本当に現有戦力での異世界制圧を?」
チラリとその場にいる他の参謀たちを見るが、目立った反応は無い。
それで、この場が自分のために設けられた場だと一木は気が付いた。
「一木代将、制圧ではない。連邦加入条約締結によって、当該異世界を連邦加盟国にする準備勢力にするんだ。言葉遊びのようだが、重要なことだよ」
連邦加入条約。
つまりは異世界に対し、将来的に地球連邦政府に加入することを確約させる条約だ。
地球連邦に加入するということは、あのアンドロイドとダイソン球による豊かな理想生活を送れることのように思えるが、実態は違う。
将来的に、というところがポイントだ。
この条約では地球連邦への正式加入がなされるまでに、政府の民主化度合いから経済システムの地球に合わせた適正化、国民に対する教育制度や民主的体制に対する理解度など、多岐にわたる目標が設定されている。
もちろん、中世レベルの文明やそもそも文化が違う異世界にいきなりこれらの目標が達成できるわけもない。
そのため、異世界派遣軍参謀本部のスタッフが、条約締結した異世界政府の状況を鑑みた目標達成の工程表を作成。
そして工程表達成支援のためのサポート部会が設置され、異世界の政府に対して助言を行いつつ、短くて数十年。
長い場合は二百年近い時間をかけて、目標達成のための改革をサポートしていく。
という建前になっていた。
もちろん前述のサポートの実態とは政治介入、命令、強制、実力行使に他ならず、連邦の価値観を時間をかけて浸透させていく搾取なき侵略行為に他ならない。
一木としてはそこまでひどい物とは思わなかったが、異界の文化を強制されて従わせられる異世界にしてはたまったものではないだろう。
事実、いくつかの異世界では反発から小競り合いなども起きているという。
それでもサーレハ司令の言う通り、この建前は目的無き軍隊である異世界派遣軍にとって、かけがえのない錦の御旗でもあった。
自分たちは侵略者ではない。
民主主義を広め、異世界を地球のような理想世界にする存在であるという、存在意義の拠り所だ。
「申し訳ありません。……それで、参謀本部は一個師団で本当に条約締結を相手に決断させることが可能だと思っているのでしょうか?」
一木の問いに、サーレハ司令は少し考え込んだ後答えた。
「戦闘行為で勝利することは可能だろうが、統治するとなると難しいだろう。この工作艦や現地に設置したアンドロイドの製造工場で大規模な増産をすればいいだろうが、それはやりたくはないな」
現地製造でSSやSAを大量増産することは、可能ではある。
しかし、それは現在の異世界派遣軍では避けるべき事態だった。
「そもそも今の異世界派遣軍がなし崩しに大きくなった理由が、カルナークで私たちを作りすぎたせいですからねー」
「私たち?」
不意に聞こえたシャルル大佐の言い方が気になり、一木は尋ねた。
「ああ、この艦隊の艦隊参謀はアセナ参謀長以外みんなカルナーク生まれさ。あの地獄のカルナークで揉まれた精鋭ぞろいだよ」
質問に答えがのはダグラス首席参謀だった。
どことなく、自慢げな口調だったが、一木は今一つピンとこない。
マナ大尉をちらりと見たが、やはりわかっていないようだ。
「カルナーク生まれとは、SSにとっては一種のステータスなんだよ。それほどの激戦だったからね。総生産アンドロイド数七千万体、喪失数八百万体という地獄さ。そんなわけで、六千二百万体の余剰アンドロイドがいる現状であまり増産するな、というお達しが出てるんだよ」
サーレハ司令の助け舟をもらい、一木はあいまいに「すごいですね」と相槌をうった。
感情制御型アンドロイドのベテランともなると、その精神性は人間とほぼ遜色ないものだ。
それでいて人間とは異なる思考で行動するため、時に理解しがたい理由や行動をとることがあった。
「まあさっきも言った通り、対象の惑星は陸地が一つだけで、しかも平和な世界で常備軍も少ない。政治的な安定も交渉面で言うとメリットになるということだろう」
サーレハ司令はこう続けた。
アフリカ大陸を一万五千で……納得しかねるが、命令なら仕方ない。
「要は武力ありきではなく、交渉と威圧をメインに据えて対象を条約締結のテーブルにつけろということですか?」
一木の確認に、サーレハ司令は頷いた。
「そういうことだろうね。組み立て式の各種製造工場は本部がもう手配してくれている。一木君は師団の訓練と、各艦隊参謀との打ち合わせをしておいてくれ。私は細かい調整をするから、明後日には出発出来るよう準備を怠らないでくれ」
急な話ではあるが、命令とあればやむを得ない。
一木は義体の顎を壊さないよう、慎重に頷いた。
「了解しました」
立ち上がり敬礼する一木。
そして部屋を後にしようとした一木だったが、唐突にサーレハ司令が一木を呼び止めた。
「あ、それと一木代将」
「はい?」
あまりに急だったので、思わず素っ頓狂な返事をしてしまう。
上官への返事としては、あまりに不味い。
だが、サーレハ司令は気にした様子もなく、とんでもない事を言ってきた。
「ジーク作戦参謀に手を出したんだって?」
サーレハ司令の言葉に、その場にいる参謀達の視線が一木とジーク大佐に集中した。
ミラ―外務参謀の舌打ちが、はっきりと聞こえた。
「はあ!? ち、違います! いや、別にジーク大佐が嫌という訳では無くですね……共通の趣味があったので」
「ロボアニメっスね!」
一木の言葉にいち早く反応したのは、ミユキ艦務参謀だった。
驚いて思わず引いている一木に、手元の端末の画面を見せながら近づいてくる。
「代将もやっぱり好きなんじゃないですかー。私は綺羅×唖須欄が好きなんですけど、代将はどんなカップリングが……」
「いや俺はBLはちょっと……メカとかが」
「そうだミユキ。代将は同姓カップリングは好きではない。純粋にロボットが好きなんだ」
当のジーク大佐までも加わって、目の前でワチャワチャと騒ぎだす参謀に、一木は圧倒された。
と、不意に二人がピタリと動きを止めた。
何事かと思っていると、おびえた目でダグラス大佐の方を見ている。
一木もダグラス大佐の方をちらりと見ると、笑顔にもかかわらずすさまじい圧を放っていた。
恐らく、無線通信で何か注意をしたのだろうと一木は想像した。
「代将、申し訳なかったっス」
「以後気を付けるよ。ごめんね」
ペコリと頭を下げる二人に、一木は恐縮して逆に慌てて言った。
「いや、こちらこそ申し訳ない。とりあえず、趣味の話はあとで頼むよ」
二人に頭を上げさせると、一木はドット疲れを感じた。
やたらとフレンドリーな二人に、不意に一木は自分のアンドロイドへの態度をたびたび注意されていたことを思い出し、一連の流れをニヤニヤしながら見ていたサーレハ司令に向き直った。
「申し訳ありません。首席参謀に聞きました。自分の態度が、アンドロイド達を惑わすような不純な態度だということを……。もしかして、今のも自分の態度が……」
だが、サーレハ司令は笑いながら一木の言葉を否定した。
「ああ、違う違う。そういうのは関係ない。今のはミユキ大佐とジーク大佐が悪いし、そもそもジーク大佐が師団長に手を出すのはいつもの事だ。からかって悪かったね」
「はあ……」
からかわれていたのかと、一木は少しだけ傷ついた。
ちらりとモノアイでマナ大尉の顔を見ると、心なしかサーレハ司令を睨みつけていた。
自分のために怒ってくれているのかと、一木は少し感動した。
が、続いてのサーレハ司令の言葉に、そんな感傷は吹き飛んでしまった。
「まあパートナーと他のアンドロイドは別腹と言うくらいだ。 みんな人肌に飢えてるから、気にせずにどんどん手を出していいぞ。幸い揉める同僚もいないしな」
ああ、まただ。
一木の胸がずきりと痛んだ。
サーレハ司令に悪気はない、励まそうという意思を込めた、この時代の人間にとって当たり前の表現に過ぎない。
しかし、一木には許容できない言葉だった。
「アブドゥラ・ビン・サーレハ大将。ありがたいお言葉ですが、新米の自分には任務がありますし、何よりパートナーを亡くしたばかりの上、マナという新しいパートナーを迎えたばかりです。参謀の皆とは公私ともに良い仲間として付き合っていきたいと思います」
早口にまくしたてると、一木は頭を下げた。
その様子を見て、サーレハ司令はしまったという表情を浮かべる。
一木が二十世紀生まれだという事と、PAを亡くしたばかりだという事を失念して、いつもの調子の冗談を口にしてしまったのだ。
今の一木には、性質の悪過ぎる冗談だった。
「……すまないね一木君、配慮が足りなかったようだ。今日はもう疲れただろう。八時間程休むといい。そのあと各種準備に入ってくれ。さがっていいよ」
「失礼します」
一木はそういうと、マナを連れて退室していった。
その後、サーレハ司令に参謀たちの冷たい視線が突き刺さる。
「パートナーが壊れた時こそ周りのアンドロイドを頼ればいい、っていうのは昔の人間には難しいのかねえ」
誤魔化すようなサーレハ司令の言葉に、ダグラス首席参謀は珍しく笑みを消して答えた。
「人間が人間と結ばれることがほとんど、っていう時代の人ですからね。喪失の悲しみが残る内に、ホイホイ他の女を抱くことに抵抗があるのでは? まあ、私が人間の心理がそこまで理解できてるのかはわかりませんが。ところでサーレハ司令……」
「なんだいダグラス君?」
「あの一木って師団長何者ですか? 」
ダグラス首席参謀の目が鋭くサーレハを射抜いた。
部屋の空気が急速に軋む。
「将官学校を卒業して、艦隊に配属された新人の師団長。二十世紀末生まれの脳冷凍処置者で、強化機兵の体を持ったサイボーグ」
「そんな事を聞いてるんじゃないんですよ。あの師団長はおかしい……なんで私たちはあんなにあの新人に好意を抱いているんですか?」
そのダグラス首席参謀の言葉に、サーレハの表情が変わった。
参謀たちも、思い当たる節があるのか表情を引き締めた。
中でもミラー大佐は歯が砕けんばかりに噛み締める。
「まるで、好意を抱くということが異常だとでも言っているように聞こえるね」
口調だけは先ほどと同じく、サーレハ司令は答えた。
「参謀達の感情まで常に共有してる首席参謀の私が言うんです。あの師団長には艦隊のアンドロイドっていうアンドロイドが好意を抱いている。態度や接し方なんて問題じゃない、私たちは無条件にあいつに惹かれてる……慎重に外堀を埋めるジークがあんなに積極的になるなんて……普通じゃない」
「悪かったね」
ぼそりとジーク大佐が呟くが、誰も反応しなかった。
「君は首席参謀としては本当に優秀だねえ……平時から感情まで共有するなんて普通の首席参謀にはできない……」
「答えてください……ひょっとして司令、何か企んでませんか?」
ダグラス首席参謀が問いかけると、サーレハ司令は含み笑いを漏らした。
「ふ、ふふふふふふ……やはり君は良い首席参謀だ。君にとっては私も監査対象ということか……」
「司令……」
「一木君はただの変わったサイボーグに過ぎないが……少々変わった加護を受けている。これでは不十分かね?」
唐突に出た宗教的な単語に、ダグラス大佐の表情が変わる。
「加護、ですか。誰からの?」
しかし、サーレハは反応もせずに続けた。
「加護を与えるのは”神”に決まっているだろう」
ダグラス首席参謀は呆然と、自分の上官の顔を見た。
神……あまりに場にそぐわない言葉だった。
「私は連邦の益にそぐわないことはしていない、そこは安心していい。もし何か見つけたのなら、容赦なく本部の憲兵に報告すればいいよ」
「サーレハ司令……あなたは……」
「この妙な出動命令も含めて、すべては地球連邦政府のためだ。決して君たちアンドロイドの存在意義に反することではない」
この時ダグラス首席参謀はサーレハの言う神の正体に気が付いた。
前々から察してはいたのだ。
この昼行灯を演じてる艦隊司令が、ひょうひょうとした態度と裏腹に、積極的に異世界派遣軍の出動を様々なルートで働きかけている事を。
異世界派遣軍の出動を促して得られることなど一つしかない。
地球の勢力圏の拡大。
すなわち、異世界派遣軍の目標の一つである星間国家建国が近づく。
「あなたはナンバーズ信奉者……札付きだったんですね」
札付き。
ナンバーズの来訪後、地球連邦設立のために積極的に動いた人間に、ナンバーズが与えた番号の書かれた札を語源とするナンバーズ信奉者の総称。
番号札付き、通称札付き。
「君は気にせず一木君のサポートを続ければいい。それですべて、万事、うまくいく」
アブドゥラ・ビン・サーレハ大将。
札付きの盟主たる男は、ダグラス首席参謀に言い聞かせるように言葉を発した。
地球連邦軍様、異世界へようこそ ライラック豪砲 @windamS
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