第4話 演習

 見た事のないほど広い草原に一木は立っていた。

 青臭い匂いの風の中、周囲にはΑ連隊を基幹としたアミ戦闘団が展開して、敵を待ち構えている。

 敵。

 惑星ガーナレスのサディ王国軍の六万人にも及ぶ大軍だ。


 一木がモノアイを最大望遠モードにすると、中国とヨーロッパの鎧を混ぜたようなデザインの、大層な金属鎧に身を包んだ将軍と思しき男が見えた。


(三国志のゲームに出てきそうだ…)


 ぼんやりと生身の頃の記憶に思いをはせる一木。

 すると、隣にいた小柄な佐官が近づいてきた。


「狙撃しますか?」


「いや、いい」


 連隊長のアミ中佐が聞いてくるが、一木は止めた。


「それよりも戦闘団の車両を奴らの正面、もっと見えるように集結させるんだ。囮にする。歩兵は下車させて車両の左右で身を低くして待機。突撃兵は車載の機関銃を取り外して機関銃班に再編」


 指示を出しながら望遠モードを解くと、すでにアミ中佐は連隊への指示を終えていた。


 指揮官型、歩兵型を含むすべてのSSには、量子通信機能はなくとも高度な無線通信システムが内蔵されている。


 連隊長のアミ中佐から出された通信は各大隊長へ、各大隊長から各中隊長と言った具合に、部隊全体に瞬時にリンクされ、同時に連隊参謀から上位の参謀へ、そして参謀から航宙戦力を含む機動艦隊全域へと瞬時にデータリンクされる。


 結果、師団長や艦隊司令の手元には常にシミュレーションゲームさながらの情報が提供されることになる。

 今も一木の下には、AからDまでの基幹連隊の配置、状態。

 軌道上の航宙艦、補給物資の量や集積場への到着時間まで、ありとあらゆる情報がリアルタイムで提供されていた。


 しかもわからない部分は各参謀を通じて問い合わせることで、即座に状況説明を得られる。

 下手なゲームよりよほど指揮しやすいと言える状況だった。

 

 そんな多数の情報の中から、一木は視界の隅に映るCGで作成された戦場のマッピングを見る。

 そして部隊が指示通りに動いている事を確認した。

 そろそろ現場視点での指示は切り上げるべきだろう。


 そこまで考えたころには、背後の戦車や歩兵戦闘車は、搭載されたSAによる機動で見事な隊列を組み、展開を終えていた。

 車両からは砲塔上部に搭載されたRM2重機関銃が取り外され、神輿の担ぎ棒のようなハンドルのついた三脚に取り付けられている。

 それを小柄なSSが二人がかりで素早く運搬していった。


 ふと、一木はあることに気が付いたが、ここでは触れなかった。

 あとで参謀の誰かに聞こう。

 一木は気持ちを切り替え、連隊長にこの後の指示を出す。


「この後使者が来て、開戦の儀式をするはずだ。連隊長はそれに適当に付き合え。開戦後は指示あるまでΑ連隊はここで待機」


「了解」


 ここでの指示は終わり、一木はこの場から引き上げることにした。


「VRモード解除、連隊参謀ご苦労」


 その言葉と共に、視界が元々いた場所。

 仮想空間演習室の指揮所に戻っていた。

 両脇には副官のマナ大尉と、作戦参謀のジーク大佐が佇んでいた。

 先程までの光景は全て仮想空間での演習の物であり、当然サディ王国軍もAIによる再現だった。

 

 本物の王国軍は二十年前に壊滅している。

 先ほどまで視界を借りていた連隊参謀の小さな身長はどうにも落ち着かず、強化機兵の視界に戻ると一木はホッとした。

 よもやこの体にここまで馴染むとは……。


「指揮官を狙撃しなかった理由は?」


 気を抜いた一木に、隣に控えていた作戦参謀のジークが問いかける。

 パチリとした瞳が、ジッと一木を値踏みするように見ていた。


 突然の問いかけ。

 要は試験中、と言うわけだ。


 紹介の後、艦隊参謀達に師団の連中と馴染むのは演習が一番と言われ、翌日にはここに連れてこられていた。

 現在師団の面々は、幹部以外ボディを輸送艦の格納庫にしまい込んでいる。

 今回の演習は、その休眠中の師団のSS達を指揮しての、仮想空間で演習だ。


 最初は「馴染む」と言われたので、てっきりあいさつ代わりの軽めの訓練なのかと思いきや、演習内容は異世界派遣軍の過去の戦場の再現。

 しかも作戦参謀の厳しい質問が飛んでくる試験会場だっだ。

 結果、一木は今は無き胃をキリキリしながら学校と実習の知識をフル動員して師団の指揮をしている。


 目の前にのんびり集結した敵軍の指揮官を狙撃しない理由……文化参謀からのレポートをタブレットに表示させながら、一木は答えた。


「ここで指揮官を狙撃することで、確かに眼前の敵集団を無力化、ないし弱体化させることが可能だと思われる。しかし王国軍の文化や指揮をする貴族階級の意識を考えるに、開戦の儀式前の攻撃は”卑怯”と見なされ、この戦闘が終了した後にも交戦を継続する意識を残すことにつながってしまう。『敵の卑怯な攻撃で負けた。正々堂々やれば勝てる』といった具合いに。なので、敵の戦争習慣に可能な限り合わせた上で、適度に痛めつける……」


 一木は合っているか内心ひやひやしながら答えた。

 するとジークは、相変わらずの無表情のまま評価を下した。


「そう、その通り。これは異世界派遣軍が戦う上で基本的な考えになる。つまりは敵の抵抗の意思をくじく。これを最優先にする」


 そういうとジークは目の前の空中投影モニターに様々な情報を映し出した。


「強硬派貴族の暗殺、移動中の軍勢を軌道上から砲撃、主要貴族の家族を人質にして脅す。戦闘前からして取れる手段は山ほどある」


「そうです……だ。この戦場にしてもこんな見える距離で、しかも遮蔽物の無い草原で向かい合っている。アミ戦闘団の火力だけで容易に殲滅できるはず……ようはプロレスって事か」


「いい例えだ。もう少し近代的な文明だとまた違うし、敵の脅威度にもよる。けれども僕たち派遣軍の戦闘は基本的に相手に”分かるように勝つ”ことだ。軌道上からの砲撃や遠距離からの一方的な銃撃では”実感”がわかないんだよ。僕たちは分かり易く強くなければいけないんだ」


 強大な戦力で死力を尽くすような戦闘を、実習時の経験からも意識していた一木としては、拍子抜けする言葉だった。

 果たして部下達は”あいつら”と出会っても同じように戦えるだろうか。


「……けれども、自分たちへの対策を十分に練った相手や、”魔法”使い相手にはどうです?」


「ああ、君の実習先はあそこか……確かに僕らが不期遭遇戦に弱いことは否定しないよ。ただ、僕らはそもそもそういう存在さ。未知の脅威を身をもって探る、異世界派遣軍自体が地球文明の強行偵察部隊みたいなものだからね」


 異世界派遣軍の目的はあいまいだと言われて久しいが、異世界派遣の賛否にかかわらず陰で言われていることがあった。


 異世界派遣軍とは、地球の脅威に対しその力と存在を持って相手の力量を探るための存在だということだ。ジークの言う通り、”勝てる相手”に対応する装備を中心とすることからもそういった思想の下創設されたことは否めない。


 連邦宇宙軍が地球の総力をもって敵にあたる軍隊だといわれることを考えると、鬱屈とした思いを感じる派遣軍の軍人も多くいる。

 自分たちは捨て石なのだと。

 一木は実習先で、そういった出来事の一端に出会った。


 そして一木自身が大きな存在を失ったのだ。


「俺のような……新米でもいつかこういった流れを変えられるのか……」


 一木の呟きを聞くと、ジーク作戦参謀は笑みを浮かべた。


 笑うと意外とかわいい。


 その表情の可愛さは、思わずマナに、モノアイがジークの顔を凝視する音が聞こえないか心配になるほどだった。


「君ならやれるさ。みんな君には期待しているんだよ。さあ、王国の将軍様が来たよ、次はどうする?」


 お喋りは終わり。

 一木は意識をモニターに移した。


「カタクラフト上空待機、敵が突撃体制を見せたら射出式フェンスをジグザグに射出。フェンスに合わせて歩兵及び車両部隊は展開、敵を撃滅せよ」


 一木はいろいろな思いを吹っ切るように指示を出していく。これなら高評価間違いない。


 その時、敵の三国志じみた将軍が、バイクで出て行ったアミ中佐に激昂して弓矢で射った。


 矢はかすりもしなかったものの、敵はいきり立って突撃体制をとった。


「あ……」


「アミ中佐よりも、強化機兵でも出した方がよかったね。彼らの文化だと儀式に女子供を出したら怒り狂うよ。減点一」


 一木弘和。

 一人前の指揮官への道は遠い。


結局、演習はその後突撃してきた王国軍をフェンスで足止めし、敵軍正面の車両部隊と両翼に伏せていた歩兵部隊の射撃で殲滅。

 敗走した所を背後の森林地帯に待機させていたB、C基幹連隊で包囲して、降伏させた。


 その段階でこの日の演習は終了し、今三人で一木の部屋へと向かっていた。


「君はすごく見所があるよ」


「いや、無理に褒め無くても……」


 歩きながら、ジーク作戦参謀はやけに上機嫌に一木を褒めた。

 あの後も細々と注意された一木としては、お世辞を言われているようで真に受けることが出来なかった。


「厳しめに言ったけど、今日行ったことなんて、それこそ僕たち参謀が一言助言すれば済むことさ。君は何か手を打つとき、慎重に考えて、情報を精査して、結果を想像して動いてる」


「当たり前のことでは? 」


 一木としてはますます疑いを深めてしまう。


 エリートビジネスマンが天性でもして赤ん坊の頃から学習したなら話は別だろうが、ただのサラリーマンだった自分が二年間基礎訓練レベルの学習をしただけで、プロの軍人から褒められるような軍略を発揮しているとは思い難い。


「意外と当たり前が出来ない師団長は多いのさ。ほとんど参謀に任せっきりっていう人間も少なくない。それに君は……」


 ジーク作戦参謀がスッと一木との距離を詰める。

 が、そこにマナ大尉が割り込んだ。

 しばしの沈黙。


「大尉、どうしたのかな? 」


「別に意味はありません、代将閣下の近くでサポートするのが副官の役割ですから」


「……そうか……そうかい。まあいいさ。一木君、君はアンドロイドを人間のように扱ってくれる。それが僕を含めて、みんなにとって心地いい」


「それ、同期にも言われましたが、それこそ当たり前の事では? 」


「やっぱり自覚はなかったのか……ならいいさ。君のそういうところが師団のSS達にとっても心地いいんだろうね、今日の動きは格段に良かった」


 こういった場面の空気を読めないことにかけては、一木は絶大な自信を自らに抱いていたが、そんな一木でも分かったことがある。


 自分はこのジーク作戦参謀にやたらと懐かれている。

 肉食系という言葉の意味を悟り、一木は警戒感を持った。


 自分にはマナがいるのだ。

 現に、マナは先ほどから不機嫌な空気を隠そうともしない。

 これ以上親密な空気を出さないよう、一木は話題を変えることにした。


 しかし、こういったイベントは生身の頃。

 出来れば学生の頃に起きてほしかったものだ。

 ついついそんなことを考えてしまう一木だった。


「そ、そういえば今日の演習で気になったことがあったんだ」


「なんだい?」


「あの車載のRM2重機関銃なんですが、あれってもしかしてM2重機関銃の改良型なのか? VRとはいえ自分の目で見ると似てるなーっと」


「改良型というか、使用弾薬を13mmにして樹脂薬莢に対応させただけで、ほとんど仕様は変わってないよ」


「ええ!? あれの採用って1930年代では? まさか200年以上も使われるなんて……」


 M2重機関銃。

 言わずとしれた口径12.7mm、高い信頼性と完成度の高さで、第一次世界大戦末期に開発された後、一木が生身だった二十一世紀初めの段階でも各国で使用されていた伝説的な名銃である。

 だがまさか、二十二世紀の宇宙の彼方でもマイナーチェンジして使用されているとは、驚きを隠せなかった。


「僕の頭部機関砲にも使われていたし、未だにああいった用途の銃であれを超える物は無いんじゃないかな」


 今、よくわからない言葉が……。

 一木はモノアイが音を立てるのもいとわず、ジーク作戦参謀の顔をじっと凝視した。

 どう見てもこの可愛らしい小さな頭にあれが入っているようには見えない。

 すると、一瞬照れたような表情を浮かべた後、ジーク作戦参謀は慌てて説明した。


「ああ、僕は参謀型になる前は強襲猟兵だったんだ。その時にこめかみの部分に搭載されていたんだ」


「強襲猟兵!」


 一木は思わず大声を上げていた。

 強襲猟兵。全長8mの大型強襲用SA。

 要は巨大ロボットである。その名の通り衛星軌道上から降下して、目標を一気に制圧することを主任務とする兵器だ。


 存在を知ってから一度は見てみたかったが、異世界派遣軍でも配備数の少ない兵器で、将官学校でちらりと見学しただけだった。

 生身の頃からロボットアニメには目がなかっただけに、思わず前のめりになる。


「興味あるのかい?」


「そりゃあもう。物心ついたころからアニメや特撮モノで巨大ロボットには親しんできました。一度でいいから本物を見て、触って見たかった」


「機動戦士シリーズなら僕も好きさ。猟兵時代もネットワークで映像を見て動きの参考にならないか試したりもしたんだ」


「本物の巨大ロボットが参考にするなんて……やっぱり機動戦士シリーズは偉大だ。ちなみに好きな作品は?」


 いよいよ盛り上がってしまった一木に、ニコニコと笑顔を浮かべてジーク作戦参謀は応じた。


「僕はエックスやシードが好きでね。一木代将は?」


「俺はやっぱり初代からニューが…………」


 数分後、盛り上がった会話は一木の部屋に到着したことでお開きとなった。


「では、代将。僕はここで失礼するよ」


「ええ、今日はありがとうございました」


 名残おしそうにジーク作戦参謀は作戦室に戻っていく。

 しかし、その帰り際。


「一木代将」


「はい? 」


「今もたまに、猟兵時代の感覚を忘れないように強襲猟兵の機体に自分を移して動かすんだ。今度……一緒にどうかな? 強襲猟兵を近くで見てみたいって言っていたから……その、いい機会ではないかと」


「ぜひ! 憧れの巨大ロボットを間近に見れるなら、お願いします」


「ああ。連絡するから、楽しみにしているよ」


 瞬間、ぱっと表情を明るくして、ジーク作戦参謀は去っていった。

 と、同時に一木の頭に強力な後悔がにじみ出す。


 自分はさっきなんと言った? マナ大尉の空気がやばいからこれ以上ジーク大佐とは親密にならないようにと……。


「自分の好きな話題をふられるとつい長々と喋ってしまう……陰キャの悲しい性質が……」


「一木代将……どうぞマナの事はお気になさらずに、作戦参謀と楽しんで来てください」


(あ、やばい。これやっぱり怒ってる……)


 危機感に苛まれる一木。

 すると、通路の影からダグラス首席参謀がふらりと現れた。


「いやー、一木代将、プレイボーイだね」


「茶化してるんですか……」


「そんな事はないよ。ジークも言ってたろ。君は私達を人間みたいに扱う、そこがプレイボーイって感じなんだよ」


「どういうことです? 」


 この話題は同期の人間からしばしば言われていた。

 一木はアンドロイド達に対し、人間のように接していると。

 あの頃はシキがいたので、あまり気にしていなかった。

 だがたしかに、全般的にアンドロイドに好かれていたように思う。


「普通、今の人間はPAに対してだけ人間のように接する。それ以外のアンドロイドはあくまでアンドロイドとして接する」


「いや、そんな事は……」


「あくまで態度や意識的な物で、正直冷凍睡眠してた一木くんにはわからないだろうけど、それでも私達や今の人間には分かるんじゃないかな?」


 一木は急速に、自分が何か悪いことをしていた様な気分に囚われた。

 何かをやらかした事に気がついた様な強烈な居心地の悪さだ。


「まあ、別に悪いことじゃないから気にしなくても……まあようは、新婚カップルみたいな態度で会うアンドロイド会うアンドロイドに接していただけだから」


「最悪じゃないですか……」


 どう擁護しても最低のナンパ野郎以外の何物でもない。

 無意識に自分とはもっとも程遠い態度を取っていたとすると、やはり百四十年の文化、常識のギャップは大きいようだ。

 よもや二年以上も気がついていなかったとは思わなかったが……。


「いや別にいいんだって。あのジーク君は確かに肉食系参謀女子だけど、別に仲良くしたからって悪いことしてるわけじゃないし」


 ダグラス大佐の言葉に、いよいよマナ大尉の表情が険しくなってくるのを感じて、一木はこの首席参謀が自分を困らせて楽しんでいるような気分になってきた。


 だが、表情を窺ってもニヤついたサングラス面からは何も読み取れない。


「で、なんの御用ですか?」


「いや、一木代将の懸案を解決するお知らせなんだけどね」


「?」


 怪訝な顔をする一木に、一枚の書面を取り出しながらダグラス首席参謀は告げた。


「派遣軍参謀本部からだ。『第049機動艦隊は現有戦力をもって異世界0135に向けて出撃、連邦勢力圏に組み込む事を命ずる』……」


 一木は驚愕した。この艦隊には一木の第四四師団一個しか地上戦力がいないのだ。


 この状況での出撃とは。


「という訳で当分ジークとのデートはお預けだね。さあ、ブリーフィングルームに行こうか?」

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