第3話 艦隊参謀
「賽野目さんどういうつもりですか? この娘はいったい……」
一木が隣に座る少女にを見て、賽野目に問いかける。
少女の首の後ろからは外部接続用のケーブルが伸びていて、一木の首の裏に接続されていた。
「ああ、サガラ社の新型衛生兵型SSだ。シキは試作型の医療SLだといったろう? この娘は言わば正式採用型だな。よくあるんだよ、SSの試作をSLで一旦作って試験するわけだ」
「だからシキに似てるんですか……けれど、いきなり仮想空間に送り込んでくるなんて、どういうつもりですか? 俺だってこのままじゃ良くないってことくらい理解ってますけど、今すぐにどうこうは……」
「いや、だからね。君にサプライズしたくてね」
その賽野目の言葉に、一木はどことなく嫌な予感を感じた。
汗を掛けないにも関わらず、冷や汗の感触を感じる。
「どういうことですか? 」
「だ~か~ら~、君へのプレゼントだよ。シキが壊されて、さぞ落ち込んでいるだろうと思ってね。新しいPAだよ。データは君好みに設定したつもりだから大切に……」
次の瞬間、一木は老人を突き飛ばしていた。
ガタイのいい老人の体が勢いよく吹き飛び、部屋のロッカーに突っ込む。
殴りつけなかったのはほんの少しの理性が働いたのか……。
この時代の人間が時折見せる、一切の悪気も悪意もなくアンドロイドを物あつかいするこういった対応に耐えられなかったのだ。
ましてや一番大切な存在を失ったばかりだと言うのに。
「申し訳ありませんが必要ありません。この娘には悪いですが、自分にとって妻……PA足り得る存在はシキだけですので……」
一木の言葉を聞いて、ロッカーにめり込んだまま賽野目は笑みを浮かべた。
「君は……本当にシキを愛してくれたんだね……本当にありがたい……だからこそ、君にはその娘が必要だ……あっ」
賽野目の表情が驚愕に変わった。
そしてジェスチャーで何かを伝えようとしている。
一木が賽野目が示す先を見ると……。
「一木……弘和さんは、わたしが必要では無いのですか……そうですか……」
ボロボロと眼球洗浄液を垂れ流す少女の姿だった。
SLやPAなどの民生用アンドロイドは、コミュニケーションのためもあって感情表現が豊かだ。当然、泣くこともある。
しかし、軍用であるSSはそうではない。
特に、有限である眼球の洗浄液を感情に合わせて流すことは殆どない。
流すのは人間に、自身の感情を強く伝えたい場合だけだという。
一木も、シキがSSに改造されてから涙を見たのは二回だけだった。
そして、一木はこの時も、アンドロイドの涙に打ちのめされた。
(……何をやってるんだ俺は……この娘たちをモノ扱いしているのは俺のほうじゃないか……不貞腐れたおっさんが、製造間もないこの娘に……)
自分のパートナーの元に連れて来られて、会ってみたら相手は不貞腐れたロボットのおっさん。
その上いらないとまで言われたこの娘の気持ちを考えて、一木は二週間ぶりに冷静になった。
賽野目博士の事にしてもそうだ。
一木が冷凍睡眠されてから140年経っているのだ。
今の怒りにしても、結局の所江戸時代の人間が現代人の感覚に怒り狂っているようなものだ。
タイムスリップものでさんざん見た定番の場面だったが、いざ自分が体験すると、なるほど理不尽なものだ。
現代の人間には、ある程度現代の人間にしか理解し難いアンドロイドへの態度や常識がある。
その事を肝に銘じていかなければならない。
もっとも、あまりに目に余る場合はその限りではないが。
兎も角、この娘のためにも好意は好意として受け取ろう。
一木はそう思いなおすと、泣いてる少女に向き合った。
よく見るとかなり身長がある娘だ。
180cmほどと、155cmだったシキと比べるとまるでモデルのようだ。
「……大きいな……少女って見た目じゃないな」
「傷病者搬送時を見越して従来の歩兵型より大柄になっているんだ。小柄だと筋力があっても運びづらいからな」
小柄だったシキの記憶との齟齬で妙な感覚に囚われつつ、一木は訊ねた。
「ごめんよ、さっきのは……ちょっとした間違いだ。君の事を聞かせてくれないか? 名前は? 」
涙を蛇口をひねるように止めて、少女は答えた。
製造したてのアンドロイド特有の、極端な感情表現に少し戸惑う。
「一木弘和のPA兼、副官として製造されました、マナ大尉です。あなたは私を必要としてくれますか? 」
背後でニヤつく賽野目博士の視線を気にしながら、一木は頷いた。
どうも全て博士の手のひらの上だったようだ。
とは言え、頃合いだ。
少しは前向きに動き出す、いいきっかけなのだろう。
このまま腐って過ごすよりは、このマナというPAを大切にしてあげなければ。
「一木弘和だ。よろしく、マナ」
それから二週間。
この……二十世紀生まれの感覚でいう所の二人目の奥さんと、一木はうまくコミュニケーションが取れずにいた。
この上、新しい職場で働くと思うと気が重い。
精神的な疲労もあるが、今日はずっと現実空間にいて少々疲れた。
一木は仮想空間で少し休むことにした。
「マナ、俺は少し仮想空間で休むよ」
一木としては自分だけ休むつもりだったが、マナはそう思わなかったようだ。
「では、私もご一緒します」
「いや、マナは俺の体を見張って……」
断ろうとする一木に対して、首からケーブルを引き出し、一木の首筋に差し込もうとするマナ。
しばし2mのロボットと180cmの女が、窮屈そうに座る座席上でもみ合う。
数分後、折れたのは一木だった。
「……少し眠るだけだぞ……」
「寝るだけですか……添い寝は?」
「添い寝……したいのか?」
「したいです。妻なので」
「妻だからか…………まあ、それくらいなら」
そして意識を視界の隅にある仮想空間のアイコンに向ける。
GO VR OK? というアイコンが浮かび上がる。
OKの部分に意識を向けた瞬間、一木の意識は一瞬途切れ、再び気がつくと異世界派遣軍のシャトルから、こじんまりとしたアパートの一室へと移動していた。
生身の頃、一人暮らしで住んでいた部屋を再現した仮想空間だ。
ここでは一木は生身の体のアバターを得て、人間だった頃の感覚をいくらか取り戻すことが出来た。
数週間前まではシキと親密に過ごした場所でもあった。
「はあ……よっこいしょ」
一木は窓際にあるクッションを枕に横になった。
季節の設定は春。
疑似感覚とは言え、今はもう感じることの出来ない暖かな風を感じることが出来た。
すると、滑り込むようにマナが隣に寝そべる。
現実では見下ろしていたマナが、仮想空間では数センチ背が高い。
その感覚がどうにも不思議に感じられた。
「吸いますか?」
胸元を強調してマナが問いかける。
「吸わない……というか何をだ」
「では歌いますか? 」
「歌わなくていい……隣にいてくれればいい」
「はい。一緒にいますね」
そう言うと、マナは静かに目を閉じた。
大したこともしていないのに、ドッと疲れがにじみ出てきた。
「俺の人生って……波乱万丈すぎないか……なあ、シキ……」
机の上にある写真に目を向けながら、一木は独り言ちた。
これから更に、艦隊や師団の面々と会わなければならないと思うと気が重い。
願わくば気の合う同僚と部下であることを祈るしか無い。
今は亡き前妻の顔を眺めながら、一木は眠りについた。
※
月基地はエデンの衛星のクレーターの地下に作られた施設だ。
直径二百キロ近いクレーター全域に、異世界派遣軍最大規模の艦隊整備、建艦のための施設が広がる。
しかもその設備は、無数のSL、SSとSAによって行われるため、常駐人員はたったの五十人ほどだという。
異世界派遣軍ではこのように、アンドロイドを用いた省人化が進んでいた。
航宙艦百数十隻、地上戦闘部隊七個師団を誇る機動艦隊ですら、艦隊司令と師団長の八人だけで運用しているほどだ。
地上の宇宙港に着くと、そこでは第049艦隊の出迎えが待っていた。
ストレートの銀髪に驚くほど白い肌。
SSおなじみの整った顔立ちに、大きなサングラスを掛けた女と、筋肉質で身長の高い(それでもマナよりは小さかった)青い目の白人男性だ。
男性の方を一瞬人間かと思ったが、制服襟元の”SS”の階級章を見るに、異世界派遣軍では珍しい男性型アンドロイドのようだ。
一木とマナが近づくと、二人は無帽のため頭を下げる敬礼で出迎えた。
それを見て一木とマナも答礼する。
「お待ちしてました。第049機動艦隊旗艦SAのシャフリヤールです」
白人の男が答えた。
笑顔の眩しい、ハリウッド俳優の様な三十代半ばくらいの色男だ。
「同じく、機動艦隊首席参謀のダグラス大佐です。お疲れ様です代将」
サングラスの女がにこやかに答えた。
随分と愛想のいいSSだ。
参謀型のSSはアンドロイドの中でも最も高性能な存在だ。
基本的にはマナの様な製造後間もない個体ではなく、ある程度経験を積んだ個体が任命されるため、感情表現も豊かでほぼ人間と遜色ない精神構造をしていると言われている。
階級上は一木の下でも、経験豊富なベテランの筈だ。
将官学校では、参謀型SSとはうまく関係を築かなければやっていけないと口を酸っぱくして言われていた。
舐められないように、それでいて尊大にならないような態度で接しなければならないと、一木は慎重に挨拶した。
「本日付で第049機動艦隊所属、第44師団師団長に着任しました、一木弘和代将です。こっちは副官のマナ大尉。よろしくお願いします、首席参謀」
一木の挨拶と態度を見ると、ダグラス大佐は含み笑いを浮かべた。
何かやらかしたかと、一木は一瞬固まった。
「……いや、申し訳ない。あなたの境遇は聞いていたので、正直もっと落ち込んでいるのかと思っていたんですよ」
「こらっ、ダグラス……君はもう少し……申し訳ありません代将。失礼をお許しください」
シャフリヤールは随分と腰が低いSAだった。
SAは本来、人間型の端末を持たずに施設や乗り物の制御を行うアンドロイドだが、艦艇制御タイプの場合だけこのような人間型の端末を持っていた。
SAというと非人間的な印象があったが、それを覆す人間らしい仕草だった。
「まあまあシャフリヤール。こういうのはスパッと言った方がいいのさ。逆に代将も、変に気を遣わずに私たちに接してください。その方が我々も気が楽です。なあに、この艦隊を家だと思ってください」
一木は感心した。
派遣軍の中枢を担う参謀職を担うSSともなれば、ここまで気を遣った対応が出来るのだ。
「まったくダグラス……。一木代将が寛大な方でよかったね」
「そこは同感。前任者は大変だったからね。さあ、代将。お車を用意しています。こちらへどうぞ」
両手を開いて、いささか格好つけたポーズを決めてダグラス首席参謀は通路の先を示した。
前任者がどうしたのかなど、疑問は多少あったが、一木は今は口にせず、大人しく車の方へと向かった。
用意されていたのは、施設内移動用の小型電気自動車だった。
オープンカー仕様なので、一木にも乗りやすかった。
そうして車の後部座席に乗り込むと、運転席にダグラス大佐が。
助手席にシャフリヤールが乗り込み、艦隊旗艦へと走り出した。
基地の奥、艦艇ドックの光景を見ながら、一木は艦隊参謀についての知識を思い返していた。
参謀職のSSは所属部隊の司令部の実務や、指揮官への助言や各種情報を調べ、伝える役割を担っている。
だが、この異世界派遣軍に置いてはもう一つ重要な使命を帯びている。
それが量子通信を用いたリアルタイムネットワークを艦隊と各師団に構築することだ。
この量子通信は異世界派遣軍を組織する際に、ナンバーズからもたらされた解析困難なブラックテクノロジーの一つで、量子ゆらぎを用いて、距離による制限と時間による遅延をまったく受けずに通信可能な超技術だ。
地球でも研究、一部で実用化されていた技術ではあるが、ナンバーズからもたらされた物はその次元が違っていた。
空間歪曲ゲートをいくつもくぐり、通常空間を何週間も移動した先の異世界にいる参謀が、地球やエデンの本部にいる参謀と瞬時に通信や情報共有可能な圧倒的通信力がその強みだ。
この強力な通信能力を用いて、異世界派遣軍はネットワークを築いている。
分隊長が分隊メンバーと無線通信でリンクし、分隊長と小隊長も無線通信でリンク。
そして小隊長達と無線通信でリンクした中隊長と大隊参謀がリンクし、その大隊参謀はより上位の連隊参謀、師団参謀、艦隊参謀と量子通信によってリンクするのだ。
さらにこの陸上戦力の構築したネットワークに、軌道コントロール艦によって制御される無数の偵察衛星や、軌道空母から発艦した各航空機、航宙艦のもたらす衛星軌道や宇宙空間の情報までが、場所を選ばずにネットワークで繋がれる。
処理に多少のラグを許容すれば、前線にいる参謀の感情すら共有可能なこの強力な通信能力により、異世界派遣軍は従来の軍隊とは比較にならない高度な連携能力を持つに至った。
ほとんど遅延なく、末端の分隊所属SSのリアルタイムの状況を知ることが出来る高度情報ネットワークの力だ。
しかも、この強力かつ解析困難で貴重な設備をもった参謀型SSを守るため、参謀型SSには歩兵型SSとは比較にならない戦闘能力が付与されていた。
組織の根幹にして、最強のSS。
それが参謀型SSだった。
だが、一方でそれが思わぬ欠点も生むことになった。
艦隊参謀ともなるとその量子通信装置は最高レベルの物が搭載されており、彼らはほぼ常時情報をリンクしている。
そのせいで、彼らは集まって会話していると、不意に誰が誰だかわからなくなり、その状態を放置すれば自我が融解して同じ存在になってしまうという。
ナンバーズ提供のアンドロイドにとって、自我と感情こそが要となる。
彼らはロボット三原則の様なある種絶対的な規則を持たず、人間並みの感情とそれを厳しく律するため、地球人類への愛情、親愛、親しみといった、強い好意を用いて制御されている。
ロボット三原則の無いアンドロイドを何十億体も運用している事に、一木は当初驚いたものだが、実用化以来日常で”情状酌量の余地の無い”傷害、殺害行為に及んだアンドロイドは存在しないという。
もとより、ナンバーズに導入を半強制された上、ソフト面でほぼブラックボックスのアンドロイド達を気にしても仕方ないということでもあるようだが……。
つまりは、ダグラス首席参謀のサングラスや豊かな感情表現も自我融解防止のためのものだと言うことだ。
そう考えると、参謀型アンドロイドというのも楽ではない。
一木はそんなことを考えつつ、車から見える光景を見渡した。
通路の幅はサッカーのスタジアム数個分程もあるだろうか。
天井に至っては高層ビルもかくやと言うほどだ。
そしてその通路の両脇には、びっしりと航宙艦が並んでいた。
全長百から二百メートル程の護衛艦や駆逐艦。
全長数キロほどもある戦列艦や戦艦がひしめく光景に、一木は心が踊った。
まさにSFの光景。
宇宙戦争や機動戦士顔負けの光景に、緊張はどこへやら。
すっかり心が踊っていた。
「研修で来たときはもっと空いていたから、正直驚いた。艦隊がこれほどのものとは」
「今はちょうど、戦略軍のローテの時期ですからね。前線にいた艦隊が帰って来てます」
運転しながらシャフリヤールが答えた。
異世界派遣軍の艦隊は、降下部隊の輸送と支援を担当する機動艦隊と、空間戦闘に特化した打撃艦隊のペアである航宙団を異世界派遣の基本単位としている。
さらにこの航宙団を三つ合わせて編成されるのが戦略軍と言われる編成単位で、常設の部隊としては最大のものとなる。
三つの航宙団は前線→整備→訓練、休養のローテーションを組み、その戦力と練度を維持する。
訓練、休養は派遣先や駐屯場所で行うから、ここにいる艦はシャフリヤールも含めて現在整備中ということだ。
見渡せば、周囲の艦の周りでは作業用のSLが所狭しと動き回っている。
戦略軍が現在二十あるので、単純に考えて四千隻近い艦がひしめいているのだ。
規模の大きさに一木はめまいがした。
「ああ、着きましたよ一木代将。このイケメンの体、旗艦シャフリヤールです」
ダグラス首席参謀が示した先には、細長く分厚い二等辺三角形の形状をした艦体が見えた。
旗艦、シャフリヤールだ。
停車した車からダグラス首席参謀とシャフリヤールにエスコートされて降りると、不意にダグラス首席参謀が耳元で囁いた。
「代将、あの新妻を取られないようにね」
「新妻……って、どういうことだ?」
驚いて問い直すと、ダグラス首席参謀はいたずらっ子のように笑った。
「シャフリヤール……名前の元ネタは千一夜物語の王様だ。毎夜処女を招いては、殺してしまう……代将も早くマナ大尉に手を付けないと、あのイケメンSAに……ってイッター!」
瞬間、ダグラス首席参謀の頭にシャフリヤールの拳が降りそそいだ。
どう見ても人間なら死んでいるレベルの威力だった。
「代将、こいつの言うことはお気になさらずに。代将の事情は存じております。心の傷はゆっくりと治してください。こいつもこんな事してますが、代将の事を案じております。艦隊一同、代将の事をしっかりサポートします、いつでも気軽になんでもご相談ください」
シャフリヤールの優しい言葉が一木の心にしみた。
背後でがっかりした表情のマナ大尉に気が付かないふりをしつつ、一木は「ありがとう」と感極まって呟いた。
「あ、一木代将」
と、感動する一木に真剣な表情でシャフリヤールが続けた。
「どうしたシャフリヤール? 」
「私はダグラスが言ったような事はしませんから……そこだけは覚えていてください」
随分と必死の剣幕に、一木は苦笑した。そこまで気にしなくても……。
「亡くなったパートナーに申し訳が立ちませんので……」
「ん? どういうことだ?」
一木が聞くと、黙ってしまったシャフリヤールに変わり、ダグラス首席参謀が答えた。
「こいつは本当はジョージって言うんです。サウスダコダ州在住の女性のパートナーだったんですよ」
PAがなぜ……一木は驚いた。
「今地球では、亡くなった人間のPAが余って問題になってるんです。再利用を嫌がる人も多いらしいですし。それで、異世界派遣軍に余ったPAを送り込んで、艦船用SAや参謀、指揮官SSにしてるんですよ」
一木は現代地球の闇を見た気がして、げんなりとした。
労働することもなく、理想の人間関係を築いて安定した生活を贈る理想郷……。
だが、結局はこういった暗部が存在してしまうのだ。
いつか、異世界派遣軍の仕事を通してこういった問題の解決に助力できれば。
そんなことを、一木は心の中で思った。
「さあ、湿っぽい話はここまでです。代将、私はここで旗艦として働くことに不満なんてありません。昔は彼女のために働くことで、人類に貢献する喜びを感じていました。ですが今はこうして、艦を制御して軍務に尽くすことで人類に貢献しています。満足していますよ」
シャフリヤールの言葉を聞きながら、一木とマナは艦内に続くエスカレーター式のタラップを登った。
登った先は、格納庫だった。
通常は艦隊運営スタッフであるSSやSLの格納スペースになっているとダグラス首席参謀が教えてくれたが、今目の前にいるのは一木の部下である第44師団の幹部と兵員の一部、そして艦隊参謀たちだった。
一木とマナが敬礼しながら格納庫に入ると、居並ぶSS達が銃を構えて、指揮官と思しき少女が大声で叫んだ。
「捧げー
掛け声とともに、一斉に銃の中央部を持ちながら上に引き上げ、右手で銃の下部を向ける少女たち。
一木は自分の部下となる歩兵型SSを眺めた。
身長は異世界派遣軍の基準である155cm。
どの個体も肌の色や顔立ちこそ様々だが(人種的特徴は設立時のゴタゴタの関連で、設けないことになっていた。肌の色にも、偏りが無いよう規定数があった)整った顔をしていた。
頭には非戦闘時や式典で被る黒いベレー帽を被り、防弾ベストは着ずに、戦闘服のみを着ている。
上着には袖がなく、肩から二の腕の上部までだけが人間の様な見た目の人工皮膚で覆われ、それより下は黒い、ゴムとも金属ともつかない物質で出来ている。
下半身には短い膝上のスカートを履き、腕同様足の付根から太ももの上部までが人間の様な皮膚で覆われ、それより下は腕と同じ黒い物質で出来ていた。靴は軍用の合成繊維で出来たコンバットブーツを履いている。
ちなみに色仕掛けでこんな服装をしているわけではない。
戦闘時、最も破損しやすい手足を迅速に交換するため、こういった構造になっているのだ。
一木は交換の様子を将官学校で見たが、ナイフで人工皮膚を切り裂き、手足を取り外す光景は中々にグロテスクだ。
とはいえ、熟練した補修兵であれば両足が吹き飛んだSSを数十秒で戦線復帰させることが出来る優れた機構でもある。
そして、下半身に履く物は師団レベルで異なり、袴、ロングスカート、何も無し、破りやすいスパッツや短パン、腰布など様々らしい。
見た目だけだと、どうにも素行の悪い女子校に来た様な気分だった一木だが、下半身がむき出しの師団もあることを考えるとこの師団はまだマシなのかもしれない。
余談だが、服の下も手足と同じ黒い物質で出来ている。
防弾、衝撃吸収性能を持った材質で出来ており、拳銃弾程度では破損すらしない。
自動小銃クラスでようやくダメージが入る程頑強な構造だ。
将官学校の授業で一糸まとわぬ歩兵SSを見る機会が一木にはあったが、感想としては『黒い長手袋とニーソックスを身につけたスク水姿の少女』だった。
異世界住民を威圧しないと言う目的は達成しているのだが、どこか釈然としなかったのを一木は思い出した。
そんな歩兵達の間を抜けると、敬礼する艦隊参謀たちの元にたどり着いた。
一木は彼女らの前に行くと、緊張した面持ちで答礼した。
「一木、紹介しよう。うちの艦隊参謀たちだ」
ダグラス首席参謀が一人ずつ指し示しながら紹介してくれる。
「そこのアラビアンな美女が参謀長のアセナ大佐だ。見た目と違って全然優しくないから気をつけろよ」
「ダグラス大佐、温厚な私もさすがに殺しますよ? 一木代将、歓迎します」
褐色の肌の、エキゾチックな美女が優しく微笑みながら言った。
「そこの目つきの悪いのが外務参謀のミラー大佐。見た目はむっちりナイスバディだが、可愛い私らの妹分だ。仲良くしてやってくれ」
「やめてよダグラス! ……失礼。ミラー大佐よ。よろしく」
グラマラスなボディに、なぜか一木を睨みつける怖そうな美女。
あまりの圧に、思わず一木は気圧された。
「そこのにやけ面が文化参謀のシャルル大佐だ。料理の事しか考えてないから気をつけろ」
「え~、ダグラス酷いですよ! あ、代将よろしくお願いしますね。シャルルです。あ、代将日本の方ですよね? 見てください私の髪の色。桜でんぶ色なんですよ? 手作りの桜でんぶあるから、よかったら食べませんか? あ、そのままじゃなんですし、料理作りますよ。三色ご飯好きですか?」
薄桃色の髪をした、ニコニコ顔の童顔のアンドロイドが怒涛の勢いで料理を進めてきた。
アセナ大佐が止めなければ、いつまで続いたやら。
「隣のイケメンが情報参謀の
「
殺大佐はどこかヤンキーのような、粗野だがカッコいい女性型アンドロイドだった。
姉御肌というのだろうか。
頼りになる雰囲気のアンドロイドだ。
「大きくてママって感じなのが兵站参謀のポリーナ大佐だ。艦隊で一番包容力があるから、悩みがあればポリーナに聞いてもらうといいぞ。前任者もそうしてた」
「どうも、ポリーナです。代将閣下。どうか、この艦隊をご自分の家だと思ってくださいね。よろしくお願いします」
一木は、その包容力溢れるアンドロイドを見上げた。
身長2メートル三十センチはあるだろう大柄なSS、それがポリーナ大佐だった。
だが、威圧感は感じない。
むしろ包容力と優しさを感じる、母性にあふれたアンドロイドだった。
「眼鏡掛けたのが艦務参謀のミユキ大佐だ。ちょっとオタクっぽいが……やっぱりオタクだな。アニメとか漫画の事や、あとは艦船関係はこいつに聞いてくれ」
「どうもよろしくお願いしますっス。ミユキ艦務参謀でありますっス。あ、代将はアニメとか見ますっスか?」
眼鏡姿の、少しやぼったい印象の美少女が下っ端口調で言った。
少し嘘くさいくらいのテンプレ的な喋りなのだが、陰キャの一木には馴染み安く、どこか落ち着く雰囲気のSSだった。
「ちんまいのが作戦参謀のジーク大佐だ。そんな成りだが、女性型だ。意外と肉食系だから気を付けてくれよ」
「……ジーク大佐です。以後、よろしくお願いします代将。僕の事は、気軽にジークと呼んでください」
歩兵型より小柄の、少年のような雰囲気のアンドロイドが一木を見上げながら微笑んだ。
この見た目と肉食系というワードがつながらずに、一木は困惑した。
「そこのすんごい髪型のが内務参謀のクラレッタ大佐だ。将官学校で習ったとは思うが、一応言っておく。内務参謀部は憲兵隊を指揮する部署だ。規則や法に触れると、たとえ師団長でも拘束する権限があるから、気を付けてくれ」
「やめてくださいませダグラス。コホン。クラレッタ大佐であります、一木代将閣下。以後お見知りおきを」
クラレッタ大佐は、勲章を煌びやかに身に着けた上着に、足首までのロングスカート。
そして驚くべきことに金髪縦ロールという、漫画から飛び出したようなお嬢様的外見のアンドロイドだった。
(あ、悪役令嬢だ!)
一木は思わず、心中で叫んでしまった。
「そして、私が首席参謀のダグラス大佐だ。改めてよろしく頼むよ、代将閣下」
胡散臭いサングラス姿の美女を、一木は少しの不安を感じながら見下ろした。
彼女らが参謀として艦隊内の情報ネットワークを支えながら、同時に司令官に助言や提案を行い、さらに事務方として各参謀部の部長を兼任。
現場部署である各課を指揮するというのが艦隊の仕組みだ。
一癖も二癖もありそうな面子に、一木は一層緊張を強くした。
と、一木はあることに気がついた。
「そういえば、同僚の師団長達はどうしたんでしょうか? 直属の上司でもある師団長分隊の隊長にも挨拶をしたいんですが……」
その言葉に参謀たちの顔色が変わる。
なんだ、何があったんだ?
艦隊の師団定数は七。
定数割れする艦隊も少なくないとは聞くが、いくらなんでも。
「一木代将、わるいけど……」
言いにくそうにダグラス首席参謀が呟く。
「君の同僚は艦隊再編の関係や個人の事情の結果、ほか艦隊への引き抜きと退職によって現在存在しない。今は君一人だけだ」
その言葉に一木は衝撃を受けた。
「ま、まあ安心してくれ一木代将。我々一同は君を支え、精一杯サポートする。逆に言えば我々のサポートを君一人で独占できるんだから、お得なもんさ」
まったく前向きに考えられない……この面々に一人で接する気苦労を考えて、一木は疲労感を覚えた。
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