立ち上がって、行きなさい。

 翌日、俺は親父に会いに行った。

 驚いたことに、入院はしていたものの親父は元気だった。

 さてはおふくろが大袈裟に言いやがったなと疑ったが、看護師や医者に挨拶すると「本当に昨日までは、明日か明後日かという状態で」と答えるのだった。


「おう」

 ベッドに身を起こした親父は言った。

 20年ぶりに会う息子にそんな挨拶もないもんだ、と思いながら、俺は言った。

「おう」

 それから5分ばかり喋った。型通りの父と子の会話だった。

「じゃあ……あんまり酒飲むなよ。タバコもやめろよ」

「おう」親父は頷いた。「ぶっ倒れた時はだいぶ苦しかったからな」

「また連絡するよ」

「おう」

「元気でな」

「うん」

「…………あぁ、そうだ。知り合いがさ、親父が倒れたって聞いて、『お大事に』って、言ってた」

「そうか、わかった。その人に会ったら、『ありがとう』って言っておいてくれ」

「……うん」

「その人はあれか? 東京の人か?」

 俺は少し考えてから、こう答えた。

「最近知り合った地元の人でさ……いい人なんだ」

 グッと、胸の真ん中に詰まるものを感じた。

「本当にいい人なんだ」




世界の謎と秘密のニュース オカルティア 2019.10.10


 先日お伝えした「エルサレムにキリストが2人復活」のニュースに、衝撃の続報が飛び込んできた。

 驚いたことに、世界各国のキリストに関わる所──墓と言われる場所、聖骸布の置場所、訪問した地、などなど──に、一ヶ所に一人ずつ「イエス」を名乗る者が現れていたというのである。 

 それだけではない。撮影された動画や画像を見る限り、彼らはそっくり同じ顔をしていて、同一人物のように見える!

 さらには彼らは示しあわせたように、「世界の危機を救いに来た」と言って山や川や海へと出向き、数日後か当日の朝や昼や夕方に、衆人環視の中、忽然と姿を消したのだ。

 以下は動画サイトにアップされた、インドでの様子である。カメラが強風に煽られたせいで「キリスト」が消えた瞬間は撮影されていないが…………




 俺は画像を開き、動画を再生した。

 映っている男はみんな同じ顔で同じ服装だった。そして、俺が青森で出会った男ともそっくりだった。

 ちなみにその日だが、巨大な彗星が近づいていたとか不穏な地鳴りがしたとか、そういうわかりやすい「危機」の予兆は確認されなかったようだった。おそらく、世界のどこでも。


 しかし、そんなことはさほど重要ではないように思える。

 俺が見て、俺が聞いたことが大事なのだと、そう思う。



 男のことは記事にしなかった。深い理由はない。

 その代わりと言っては何だが、俺はあの男を写した写真2枚を現像して、仕事場のアパートの壁に貼りつけた。


 一枚目はファミレスの駐車場で撮影したものだ。短髪に髭の男の顔は精悍だが、変な物体──デジカメ──を向けられているせいか戸惑った顔つきである。おまけに背景にファミレスの看板が入っていて、これから世界を救わんとする者の威厳もへったくれもない。


 もう一枚は夕暮れの海の中に立つ彼の背中を写している。毒々しい赤と、重油のような黒い波の中に直立している。手は脇に下ろされているだけだ。

 危機に堂々と立ち向かう男にも見えるし、浅瀬に立つただの男にも見える。

 そういう写真だった。

 ただこの2枚は今の俺にとって、心の支えのようなものになっていた。



 俺は東京に戻り、仕事を再開した。

 今までは紙媒体にこだわっていたが、そうも言ってられないだろうと吹っ切れた部分があった。俺はウェブ記事のオファーもどんどん受けるようになった。



 青森から帰ってきて数ヵ月後のある日のこと。雑誌の編集者が俺のアパートまでやって来た。

「汚れててすいません」

 人を迎え入れられる程度に掃除はしたが、どさどさと積んである本や書類はそのままである。

「いやぁ、すごい量だなぁ」彼女は言った。「フリーライターとなると、やっぱりこのくらいは必要なんですね」

 ぺったりした座布団に座って感心したように部屋を見回していた彼女は、俺の仕事机の前に貼ってある2枚の写真に目を止めた。


「その人、どなたですか?」彼女は聞いた。「お知り合いですか?」

 俺は写真を見た。

 男の顔と、背中を見た。

「……この人とはね、青森で出会ったんです。こないだ里帰りした時にね。それがすごく……おかしな話でね。変すぎて、信じてくれないかもしれませんが……」

「いえいえ! 私もこういう本の仕事をしてますから、変な話や不思議な話は大好きなんです」

 彼女は身を乗り出してきた。

「聞かせてもらっていいですか?」

 はて、どう切り出せばいいものか、と逡巡した。

 俺はまた写真を見た。

 それで、飾り気なく、隠し立てもせず、ただ感じた通りに話そうと思った。


「この人は、救世主なんです」

 俺はそう語りはじめた。

「この人はね、世界を救ったんですよ」






【終】

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青森の救世主 ドント in カクヨム @dontbetrue-kkym

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