珈琲は月の下で

紫 李鳥

珈琲は月の下で

 


 パジャマの上にストールを羽織はおった君が、ぐい呑みに徳利を傾ける。


 僕は、君の瞳に映る月を眺めながらコーヒーを飲む。


「寝る前にコーヒー飲んだら眠れなくなるわよ」


 君はそう言いながら月見酒。


「アルコール呑めないんだから仕方ないだろ」


「私のわがままに付き合ってくれてありがとう」


「別に、そんなつもりじゃないさ。コーヒーが飲みたかっただけ。それに、明日は休みだから眠れなくてもいいさ」


「ありがとう。なんか酔っちゃったみたい」


 君はそう言って、虚ろな目を向ける。


 月明かりが君の顔をあでやかに染めていた。


「ベランダで月を眺めながら語らうのも悪くないわね」


「ああ。金曜の夜は、月見酒にするか」


「ええ、いいわね。でも、あなたは月見コーヒー?」


「ああ。次からは月見バーガーも添えるか」


「ふふふ、月見つながり? 寝る前に食べると胃がもたれるわよ」


「君は注意ばっかりだな」


「あなたの健康を思って言ってるのよ」


「分かってるよ。でも、金曜の夜だけはいいだろ?」


「ええ、いいわ。特別に許可します」


「サンキュー。な?」


「ん?」


「幸せか?」


「ええ、幸せよ。あなたがお酒を呑めたら、もっと幸せだけど。風流に月見酒できるもの」


「無理言うなよ、呑めないんだから」


「はいはい」


 君はそう答えて微笑む。


 僕は君の指先に手を伸ばす。さっきまで冷たかった君の指先が温かくなっていた。それが嬉しくて、僕はぬるくなったコーヒーを口に含んだ。




 月明かりが、微笑む君を優しく包んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

珈琲は月の下で 紫 李鳥 @shiritori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ