第11話 If your slate is clean, then you can throw stones. If your slate is not, then leave her alone.




 皇帝とのダンスの後、無理しなくていいというありがたい言葉をもらったので部屋に戻ることにした。

 舞踏会自体を眺めるのは楽しそうだけれど、ちょっと会いたくない人がいるのでおとなしく部屋に引きこもろうと思う。

 あ、でも写真くらいは撮っておかないといけないかなぁ…誰か広報担当者とか撮ってないかなぁ…撮っててくれたらあとで横流ししてもらえばいいから楽なんだけど。

 一度戻ってカメラだけとってこようかな。

 そんなことを考えていたからか、廊下の先にエルさんともう一人の姿を見つけるのが遅れてしまった。


「…やば…!」


 慌てて柱の陰に隠れる。

 少し先にいるのは、エルさんと…ヨウ。

 ハルピュイアはこちらに背を向けているので顔は見えない。

 二人の声は聞こえない。

 前からの知り合いだったのかな。

 あり得ないことじゃない。

 私の知っている通りなら、間違いなくエルさんはヨウの好みだ。

 むしろ、エルさんが陛下と出会ったときに、夜這いしようとしていた相手がヨウって可能性もある。

 ヨウがエルさんに何かを渡している。

 なんだろう、…クリスタル、みたいなもの?

 エルさんの表情が固い。

 そのまま、ヨウが向こうへ歩いて行く。

 エルさんは廊下に佇んだまま、ヨウの背中を見送って…あ、気づかれた。


「…あきら様」

「ごめんなさい、見ちゃいました」

「いえ、…」


 エルさんがさりげなくクリスタルっぽいものを懐にしまう。

 これは、訊いちゃいけないやつかな…。


「えーっと……」

「今ご覧になったこと、陛下には知らせないでもらえますか」


 ヨウと…〈審判者〉の連れと知り合いっぽい感じだったことを、だろうか。

 それは別にかまわないのだけど、推しのお願いだし。


「…あー、…なら、二つほどお願いしてもいいですか」

「……なんでしょう」


 推しを脅すみたいなことになって心苦しいのではあるけど、ここは背に腹は代えられない。

 一旦私の部屋に場所を移した。


「一つは、私の思考だだ漏れになっちゃうの、どうにかする方法知りませんか。内緒にしたくても、陛下に読まれちゃったら意味ないので…」

「…なるほど」


 納得してもらえた。

 はるかに高位魔物である皇帝には、私の考えていることなどすべて読めてしまう、っぽい。

 もうそろそろ諦めがつき始めたけれど、シャットアウトできるならそのほうがいい。

 機密漏洩とかそういうのもあるにはあるけど、正直ただただ恥ずかしい。

 ツイッターで萌えエロツイしてるのを推しに見られる以上に恥ずかしい事態だ。

(事実、三次元の推しと推しの事務所にツイを捕捉されたことがあるので、それ以降推しに見られてもいいようなツイにするよう心がけている)


「可能ですか?」

「大丈夫だと思います。…もうひとつは?」


 エルさんが頷いてくれた。

 こちらはこのひとの利害にも関わることだから、すんなりいくだろうとは思っていた。

 さて、もうひとつ、というか本命は。


「闇魔界の領内の、自由通行の許可が欲しいのです」

「…取材のため、ですか?」

「もちろんです」


 ここにきて二度ほど領内をうろついているが、どちらも自由には歩きまわれなかった。

 一度目のグランの場合はともかく、二度目の御一行様での遠征は、正直監視というか、見せたいものしか見せていない、という印象もあった。

 いや、ちょっと違うかな。

 皇帝が、見てほしいものだけを見せていた、という感じか。

 両者の違いはニュアンスで感じ取ってほしい。

 あのひとも、別に何か隠そうとしているわけではないだろう、たぶん。

 でもなにか…ロムスの街が一度完全に滅ぼされて皇帝の領地として再生していることが、一見するとわからなかったような。

 わざと隠すほどではなくても、故意に伏せられていることが、あるのではないか。


「暴きたてるつもりはありません。私はジャーナリストですが、あの方に敵対しようとは思っていません。そうなる要素があるとも思えません。ただ…陛下はひとに話したくないことがある、そんな気がしています」

「…ロムスのように?」

「ええ」


 そういえば、ロムスが一度滅びたのは100年ほど前。

 そのときこのひとは、生まれていたのだろうか。

 100歳程度と聞いているから、もしかしたらまだ生まれていなかったかもしれない。

 そんなことを思った時、エルさんが唇を噛んだ。


「……あの、エルさん?」


 さっき受け取っていたクリスタル、なかに羽のようなものが入っているように見えた。

 ロムスの街、有翼種族たちの宗教的聖地だった場所。

 有翼種の有力種族であるハルピュイア。

 ………もしかして、エルさんは。

 私の中の仮説がにわかに現実味を帯びる。


「思考の閉ざし方、先にお教えした方が、あなたにとってはよかったのでしょうか」

「100年前の侵攻の少し前、あの街の有翼教幹部に子どもが生まれたというニュースがありましたね」


 有翼教幹部は、ほとんどが精神生命体に最も近いとされる光の種族、天使だ。

 天使は無性で子どもは産まない。

 彼らは「翼樹」と呼ばれる特別な植物に魔力を込め、自分の子孫を実らせる。

 天使の赤ん坊が生まれるのは珍しいことなので、ニュースになる。

 100年前、私がこの世界に生まれるよりずっと前の出来事ではあるけれど、それでもトピックスとして知っている話だった。


「記者というのは、本当にいろいろなことを知っているのですね」

「…でも、エルさんは淫魔として生きていますよね…?」

「ええ。半分は」


 淫魔と人狼のミックス、という噂があった。

 その組み合わせなら、比較的よくある。

 しかし天使の子どもで、さらに別種とのミックスは、ほとんど聞かない、というよりも不可能に近い。


「私は、翼樹から産まれたわけではありません。母は…産みの親は、淫魔です。ロムスの天使が産みの親に魔力を与え、宿った命だそうです」


 性別を持たない天使と、相手次第で男女どちらの性別にもなれる淫魔。

 精神生命体にもっとも近いといわれる天使は、光の属性の筆頭で、それはつまり、闇の皇帝の最大の敵対者でもある。


「……カルロ皇帝に近づいたのは、復讐のためですか」


 エルさんの表情が曇る。

 一度口を開いて閉ざし、迷ってから頷いた。


「陛下に報告しますか?」

「言ってほしいんですか?」


 まさかの、推しCPが敵同士だったパターン。

 私、喧嘩ップルはあんまり得意じゃないんだよね。

 どうしよう、かなりショックだ…。


「…あなたが言うべきだと、判断されたのでしたら」


 おや?

 ここで「バラすとお前の命はないぞ」的展開かと思ったが…。

 もしかして、ワンチャンあるのでは?

 命を狙った相手に絆されたとかそういう…?

 それは大好物ですよ…!


「…」


 エルさんが溜め息をついた。


「すみません」

「いえ、…というか、あきら様、今のは聞かせる気でいましたね?」

「ええまぁ」


 脳内垂れ流しならそれはそれで使いようがあるのですよ。


「…ご推察の通り、ですよ」


 おお。

 エルさんが頬を染めて目を伏せた。

 演技というわけでもなさそう、というか演技だったらよっぽどの役者だな。


「そんなに陛下のことを愛してらっしゃるなら、正妃なり側室なりにならないんですか?」

「え?」

「ん?」

「なぜです?」

「んん…?」


 えっ、この世界って夫婦とかパートナーとか正室とかそういう概念なかったっけ?

 って一瞬思ったけどあるよ、もちろんありますよ。

 だって別の魔王に公式夫婦(片方の性別は不明)いるもん!

 魔物だって子どもも親もいるし!

 結婚制度はそれぞれの種族や国によって一夫多妻だったり一妻多夫だったり一夫一婦だったり乱交ありだったりいろいろだけど(最後のやつ、一部のカエルとかサンゴとかみたいだよね)。


「えっと、…エルさんは、カルロ陛下を愛してるんですよね?」

「ええ、それはもちろん」

「陛下に、正室っていまいませんよね?」

「いませんね」

「陛下も、エルさんのこと愛してらっしゃるんですよね?」

「そう…だと思いますが…」


 あ、照れた。

 照れる推し可愛い。

 じゃなくて。


「陛下にプロポーズされたいとかしたいとか、そういうのはないんですか?」

「そうですねぇ…」


 軽く顎に手を当てて考え込む。

 やだもう可愛い。

 心の中だけでシャッターを切る。


「考えたこと、ありませんでした」

「…はぁ。それはどういう…」

「最初は…私にとっては半分食事みたいなものですし…陛下の性欲を満たしているだけ、と思っていました」


 ああああ尊い…!

 これ、すれ違い両片思いってやつや…!

 お互い愛がないと思いこんでて、実はめっちゃお互いのこと愛してたやつ!

 脳内ごろんごろん暴れ回りたいのを我慢して、私は無言で頷く。

 落ち着け、大人になれ私!


「陛下の側に当たり前のように居られるようになって…近くにいるだけでも幸せだと」


 可愛い、尊い、エモい。

 やばい、私が昇天しそう。


「それに……陛下にはお知らせしていませんが、私は…」


 あ、そうだった。

 このひとの片親天使だった。

 つまり皇帝が目の敵にしている、光属性の最たるもの。


「…自分にはその資格がない、と?」

「そう思っていたのでしょうね」


 ヘタに今以上のものを望んじゃったら、今の心地いい関係すら壊しちゃうかもしれないもんね、それは足を踏み出せないわ。

 もし親のこと知られて、それで嫌われたらショックだもんね、わかるー。


「ところで、こんな重大な秘密、なぜ私に話す気になったんです?」


 誤魔化そうと思えばできたはず、このひとなら。


「なぜでしょう…あなたなら、共感してもらえると、そう思ったから、でしょうかね」


 なるほど。

 いくら愛する相手がいるとはいえ、そのひとにすら本当のことを言えずにいるのだから、孤独でもあるのだろう。

 私自身はあまり自分のことを隠さないタイプではあるけど、でもエルさんの気持ちはわからないでもない。

 私だってオタクトークとか推し語りが全部封印されたら発狂する自信ある。

 脳内垂れ流しにも、こういう利点もあるにはあったんだな。


「わかりました。私でよければいくらでもお話しいただいて大丈夫です! 記事にしていいこと、いけないことの見分けもつくつもりですし」

「ありがとうございます」


 くうううう、推しの笑顔、まばゆい…!

 あまりに神々しくて浄化されそう。

 マジ天使…。

 守りたい、この笑顔。

 召される前に心に刻んだ。



(罪無き者だけが彼女に石を投げろ、そうでないなら放っておけ)

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腐女子ですがRPGの世界にモブ転生しました @shigechi

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