第135話 新しい家族
「クラフト
そう叫んでスキルを発動させたと同時に一瞬視界が暗転するほどの力が握りしめた腕から杖に向かって流れ込む。
そして大量の何かが僕の中から失われていくのがわかった。
「ぐううっ」
「レスト様!」
『レスト!』
杖の先に渦巻く魔素の奔流が僕の中から吸い出した大量の何かを巻き込む様に膨れ上がる。
そしてその奔流が一気に放出された。
「うわっ」
「きゃあっ」
『ぐぬぅ』
余りの衝撃に僕は後ろに弾き飛ばされ、エストリアに抱き止められながら転がった。
と次の瞬間だった。
耳をつんざく激しい音と振動が同時に僕らに襲いかかってきたのである。
それは僕が造り出したそれに魔物の大群が衝突した音だった。
「あっ」
僕は思わず閉じてしまっていた目をゆっくりと開ける。
そして目の前の光景を見て絶句してしまった。
「凄いです……」
『なんじゃこれは』
エストリアと聖獣様が見上げるその先には、遙か天高く不思議な色に輝く巨大な壁がそびえ立っていた。
聖獣様からぶら下げられているのは、なにやらコロコロとした胴体からコウモリの様な羽が生えた首の長いトカゲのような生き物で。
「まぁ! かわいい!」
それを見た途端、エストリアが今まで聞いた事が無い様な声を上げる。
「えっ……かわいい?」
「かわいくないですか? あのちっちゃな羽とか、まんまるのお目々とか。この尻尾とか」
『抱いてみるか?』
「いいんですか?」
『ほれ。受け止めよ』
聖獣様が雑に咥えていたその生き物を首を振ってエストリアに向かって投げた。
『ピキュウー』
「わあっ」
変な鳴き声を上げ、くるくると宙を舞った生き物をエストリアは満面の笑みで抱き止める。
そしてぎゅっと抱きしめると頭をなで始める。
僕はその光景を横目に聖獣様に問い掛けた。
「あれって何です?」
『……エンシェントドラゴンじゃ』
「え……エンシェントドラゴンんん!?」
いやいやいや。
僕が知っている伝説の竜の王はこんなちんちくりんなトカゲもどきでは断じて無い。
遙か遠くからでも雄大に空を飛ぶ姿が見えたという程巨大で、どんな魔物すら寄せ付けない威厳を持ったドラゴンの中のドラゴン。
世界最強の魔物……いや、生物の頂点のはずだ。
それがエルトリアに喉元を指でくすぐられて喜んでいるあの生き物と同一だとはとても思えない。
『正確にはその転生体といったところじゃな。といってもワシが最初に此奴の所へたどり着いた時はまだ卵じゃったが』
大量の魔物たちが近寄るでも無く離れるでも無く輪になって回っていたその中心にあったのは卵だった。
どうやら魔物たちはその卵に警戒して近づこうとしてなかったらしい。
『それが此奴が生まれた途端に奴ら、突然襲いかかって来たのじゃ。どうやらワシには効いておらなんだがエンシェントドラゴンの卵には魔物が近寄れない結界の様なものが貼られていたらしいのだが、此奴が生まれた途端にそれが消えたようでな』
慌てて聖獣様はこのドラゴンの赤子を咥えて襲いかかってきた魔物の群れから逃げることを選択したらしい。
『エンシェントドラゴンは死ぬと同時に自らの転生体を生み出し、そしてまた成長し死ぬ。そうやってヤツは悠久の時を刻んできたと我は聞いておる』
エンシェントドラゴンは死ぬ間際に自分の転生体である卵を一つ産み落とすのだという。
そしてその卵は死んだ己の肉体が残した魔素を糧にして新たな体を作り出す。
エンシェントドラゴンはそうやって永遠とも言える悠久の時を生き続けているのだと。
『どうやら生まれ変わる時には力も記憶も殆ど失われる様だがな。それでも本当であれば生まれ変わる前の体から膨大な魔力を受け継げていたはずなのだが』
そうだ。
エンシェントドラゴンがこの島を終の棲家とし、亡くなってかなりの年月が経っているはずだ。
なのに転生体である子ドラゴンが生まれたのはついさっきだという。
本来であればそれは以前の体が滅びてすぐに起こるはずだった。
だけど何があったのかはわからないが今回に限っては転生体の卵が残された魔素を吸収して生まれ変わる前に、その魔素を吸収できない状況に封じ込められてしまったのだろうと聖獣様は言う。
『突縁の天変地異か何かで地中深く埋まってしまったのかもしれない。それを東の魔物が掘り起こしてしまった』
「だから今になって急に島の魔素を吸収し始めたってことですか」
『うむ。余りに急激に魔素を奪っていったせいでこの島に溜まっていた魔素が急激に減少してしまった。そしてそれは膨大な魔素のせいで生まれ育ってきた東の魔物たちにとってそれは死を意味する。だから奴らはこの子を殺せばまた魔素が戻ると思ったのじゃろう』
聖獣様はその事に気がつき、魔物たちより早く行動を起した。
しかし結局この渓谷に入る手前で魔物たちの先兵に捕まってしまった。
それでもなんとか逃げ出せたものの負った傷は深く、渓谷の中程までたどり着いたところで倒れてしまった。
「こいつを捨てる訳には行かなかったんですか?」
『我が聞いた話で、それ真実かどうかは確かめようがないのだが。エンシェントドラゴンの悠久が終わるとき、世界もまた終わる……そういう言い伝えがあってな』
「世界が終わる?」
『エンシェントドラゴンという存在はこの世界に必要不可欠な要素なのだそうだ。どういう意味かはわからぬがな』
僕は聖獣様の話を聞いてもう一度エンシェントドラゴンの転生体に目を向ける。
エストリアの腕の中で甘えた様な鳴き声を上げるそれが死んでしまったら、この世界が終わると言われても信じられる訳が無い。
だけどあの大量の魔物たちがこの子ドラゴンを襲おうとしたのは事実だ。
だとすれば島の魔素が減少した原因は間違いなくこの子ドラゴンにあるのだろう。
『とりあえずじゃ。此奴が生まれたことで島の魔素減少はこれ以上進むことは無いじゃろう。そうなればあの馬鹿どもも落ち着くはずじゃ』
壁を見つめる聖獣様のその言葉に、僕は是非そうであってほしいと願いながら頷く。
これからこの島の開拓をして国を作る上で、あの魔物たちは驚異だ。
だけど落ち着いて山脈の向こうから出てこないならば共存共栄の道もあるだろう。
「それじゃあ一旦村に帰りますか」
『そうじゃの。我も帰って村人たちに癒やされたいと思っておった』
「エストリア。クロアシを呼んでくれないか?」
僕は子ドラゴンと戯れているエストリアにそう声を掛けると足下にいつの間にか落としていた銀色に鈍く輝く杖を拾い上げた。
クラフト
この杖が無ければ僕もエストリアも、そして聖獣様と子ドラゴンも今頃はこの世にいなかっただろう。
「壊れちゃったかな」
先端にあったはずの黒魔晶石は既に無く、杖も所々ヒビのようなものが走っていた。
しかしむしろあれだけの威力を発揮して形を留めているだけでも驚きなのかも知れない。
「帰ったらギルガスさんに謝らないと」
これ以上壊れない様に慎重に「ありがとうな」と呟きながら僕は腰にその杖を差し込んだ。
そしてもう一度だけ僕が造り出したとは今でも信じられない巨大な壁を見上げる。
「これと同じものをもう一回作れって言われても絶対断るな」
僕は溜息を一つ吐き出すと踵を返しクロアシの背で待っていてくれているエストリアの元へ向かう。
その彼女の腕の中にしっかりと抱かれた子ドラゴンは、はしゃぎ疲れたのかいつの間にか眠っている様で。
僕はこの島で新しく出来た家族のそんな姿に苦笑しつつ足を速めたのだった。
**********あとがき************
これにて第三章-完-となります。
そして閑話を挟んで第四章がはじまりますのでよろしくお願いいたします。
四章開始は6月を予定しています。
(5月は放逐貴族の四章を書ききる予定)
孤島開拓記四章はエルフの謎やエンシェントドラゴンに関してのあれやこれやが判明する展開を軸にして外部から新たな移住者が加わり、島の開拓も進めていく感じですね。
書籍版の続刊やこの物語を書き続けられるように、皆様、応援よろしくお願いいたします。
既に書籍の紙版は通販でしか手に入らない状況だと思いますので、通販か電子書籍で購入していただけますと幸いです。
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