玉美の悩み

惟風

玉美の悩み

 私、真名板玉美まないたたまみには、悩みがある。

 下半身が一部ハゲているのである。

 それは体毛が薄い、というような優しい表現は似つかわしくない様相を呈している。

 具体的にどういうことかと言うと、下腹部の下の三角地帯が部分的に焼け野原なのである。

 もっと分かりやすく言うと、所謂プライベートゾーンが、武士の月代のようになっている。

 両側はわりと黒々としているのだが、中央の部分が砂漠のようになっているのだ。

 いつからハゲ散らかしていたのか自分でもわからない、いつの間にかこんな有り様になっていた。

 少なくとも若い頃は普通に生い茂っていたのは確かだ。それが、学校を卒業し、就職して大人として社会に出て荒波に揉まれているうちにストレスに晒され、どんどん薄くなってしまった。

 今ではその部分だけ地肌も露になり、ツルツルである。

 皮膚科に行こうかとも思ったが、痒みや痛みなどはなく生活に支障は無いのと、何より恥ずかしいので未だに受診できずにいる。

 何故、よりにもよってこの場所なのか。普通はハゲると言えば頭皮の方ではないのか。

 この不毛地帯のせいで、せっかく恋人ができて良い雰囲気になっても、恥部を見られることが怖く、最後まで進むことができない。

 電気を消して見えなくしても駄目だ。きっと手触りでバレるだろう。

 いっそのこと、真っ暗闇で手を触れることなく目当てのモノを突っ込んでくれれば良いものを、何故そんなにいじくり回したがるのか。使うとこだけ使ってくれれば良いではないか。

 私が余りにも行為を恥ずかしがるために、浮気を疑われ喧嘩になったことは一度や二度ではない。

 しかし私も「プライベートゾーンが落武者なんです」とは言い出せず曖昧に誤魔化すばかりで、疑いをしっかり晴らすことができず。

 そして態度がお互いによそよそしくなり、関係は終わりを迎えるのである。

 これが頭の方の毛の悩みであれば、植毛なりウィッグなりで解決できたかもしれないが、こんなニッチな苦しみ、どうすれば良いのだろうか。

 親や友人にも相談できない。

 部分的に生えたり抜けていたりするから見苦しいのだ、と一度自分で残りの毛を剃ってみたことがあるが、生えかけの時にチクチクして痒く地獄だった。

 毛抜きで抜くのは痛くてもっての他である。

 ハイジニーナ脱毛も検討したことはある。が、施術に行く時に恥ずかしい。そして永久脱毛はお金がかかる。

 手足や脇などのメジャーな部分の方に優先的にお金をかけてしまって、正直そこまで回らない。


 そんな葛藤を続けているうちに、もう二十代も終わりを迎える頃になってしまった。


 そんな私に、ある時転機が訪れた。

 職場の取引先の社長が、真名板さんに是非、と社員の男性を紹介してくれたのである。

 彼の名は竿田弾平さおた だんぺい

 弾平さんは私とそんなに年も変わらず、清潔感があり気遣いのできる好青年だった。

 最初は取引先との付き合いの手前義務感で会っていたが、彼の誠実さや真摯さに心打たれ、いつしか本気で恋心を抱くようになった。

 そして向こうも同じように思ってくれたのか、晴れてお付き合いをする運びとなった。


 スタートこそ順調な交際だったが、何度デートしても一向に手を出してこない。気配すらない。

 そういう行為をなるべく避けたい私であったが、いざ求められないとなると物足りなくなってくる。我ながら矛盾した感情である。

 自分に魅力が無いのかと思っていると、彼の方から恐る恐る打ち明けられた。

 曰く、股間のボールが大きいらしい。そして、その割に、ムスコ本体の方は小さいと。

 弾平さんはこの悩みのために女性に積極的になれず、実は一度も一線を越えたことが無いそうなのだ。

 私は色々な意味で喜んだ。

 先ず、このようなセンシティブな話を打ち明けてくれるほどに信頼されたこと。身体的な劣等感を抱える辛さは私も痛いほど知っている。他人に話すのに、どれほどの勇気が必要だったことだろう。

 そして、そんな彼ならば、私の下ハゲについても、馬鹿にすることなく受け入れてくれるかもしれないこと。

 最後に、ジュニアのサイズが小さい方であること。

 これが逆にバズーカ派であったならば、身体の小さな私はひとたまりも無いかもしれない。だが、スモールなのであれば、恐るるに足らない。むしろ経験の無い私にはうってつけかもしれない。

 おいなりさんの方の大きさに至っては、服の上から目立ったり邪魔になって日常生活で困るようなことも無いらしく、完全に本人の気にし過ぎのようだった。

 私が他の男性と比較できるほど知識や経験が無いだけで、本当に通常より大きめのサイズなのかもしれないが、社会生活に支障が無いのであれば気に病む必要はないように思えた。

 だが、悩みというものは自分自身がどう捉えるか、が大きい。私にとっては取るに足らないことであっても、彼自身にとっては重大なことなのである。それを無視してはいけない。

 そういうわけで、私は愛しい弾平さんの思いに耳を傾け、共感し、抱き締めて受け入れた。

 もちろん、私自身の悩みについても話した。優しい彼は、最初は困惑していたが、最後まで茶化したり笑ったりすることなく真面目に聴いてくれた。

 それが良かったのかもしれない。

 お互いの重大な、でも他人には深刻に言いづらい懊悩を開かすことによって、二人の距離は大きく縮まったような気がした。

 そして、何度目かの夜を越えて、その日はやってきた。


 迎えた決戦の夜。

 暗闇の中。始まるまでは部屋中の空気までが緊張して張りつめていたものの、蓋を開けてみると、お互いデビュー戦とは思えないほどにセッションはヒートアップ!

 やんややんやの大盛況!

 飲めや歌えの大騒ぎ!

 オーディエンスがいればスタンデイングオベーションが起きたのではないかと思うほど、それはそれは素晴らしいものであった!

 

 アンコールの熱も冷めやらないまま、私は彼に感想を聞いた。


「弾平さん、私、どうだったかな…。」

「最高だったよ!君と出会えて本当に良かった。玉美、愛してるよ。」

「私も愛してるわ。」


 外見の悩みなどどうでも良くなってしまったことは、お互い言葉にせずともわかった。

 うっとりと髪を撫でながら語りかけてくる彼の胸に顔を埋めて、私は心地よく眠りについた。


 そして私達はその日からせっせとめくるめく共演にハゲむようになり、末永く睦まじく暮らしましたとさ。

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