第2話 たくさんの援軍
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彼らが掲げる旗には4角形が描かれている。今まで「三角形の底辺同士をくっつけたやつ」と呼ばれていたそれは、新発明によって先日「正方形」と命名され、彼らの国号となった。
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帝国軍は当初の基調を変えず、縦深を保ったまま突進してきた。こちらの援軍を警戒しての行動であろう。延翼は時間がかかる。戦列を伸ばしている所を援軍で逆包囲する目論見は潰れた。であれば次の策を展開するための時間を稼がねばならない。師団長は麾下の兵達をみやる。
「援軍が来るってよ」
「どれくらいだ?」
「たくさんだと」
「たくさんか…!」
たくさんの援軍の報に兵達は士気を持ち直している。実のところ師団長も援軍の正確な規模は知らされていない。しかし軍団長が「たくさん」の援軍を確約した以上、信じて耐える他ない。かくして会戦は中盤に突入した。
◆
帝国軍はこれまで通り、1個師団、内訳2個旅団を前に押し出しながら前進を続ける。後方には予備の1個師団が第2線を構成する。仮に敵――
「通常射距離で手堅く攻めろ。丘の向こうに伏兵が居るやもしれん、突撃は控えよ」
大将は命令を下す。それは数の優位を以て敵軍をすり減らす手堅い戦術。彼は勝利を確信し戦闘の推移を見守る。
斉射。兵が死ぬ。列を再形成。斉射。その繰り返し。前線で撃ち合っているのはお互いの2個旅団同士。しかし帝国軍の旅団は4個大隊で構成され、王国軍の旅団は3個大隊で構成される。つまり兵数では正方形帝国軍が勝っており、それは1斉射あたりの弾丸投射量において圧倒的に優勢という事だ。このまま同じペースで射撃を続ければ先にすり潰されるのは王国軍。――その筈であった。
確かに倒れる兵は王国軍の方が多い。しかしお互いにそもそも倒れる兵が少なすぎるのだ。これでは時間だけが無為に過ぎてゆくだけだ。そこで大将は気づく。
「……射距離が遠すぎる!これでは当たるものも当たらぬではないか!私は通常射距離で撃てと言ったはずだ!我が方の前線指揮官は臆病者しかおらぬのか!?何故もっと近づかない!」
大将は憤慨し、幕僚達を怒鳴りつける。しかし幕僚達は顔を見合わせ、恐る恐る告げる。
「失礼ながら閣下、我が軍はご命令通りに戦っております」
「何だと!?これがか!?」
幕僚達の言葉に嘘はない。確かに帝国軍は通常射距離で戦闘を展開していた。この時代の一般的な歩兵教育では、銃は「敵の白目が見える距離で撃て」と教わる。そこに罠があったのだ。それは人種的な問題――――すなわち、
「4+4+2歩前進せよ!」
大将は急いで新たな命令を飛ばす。しかしその時、その命令とは別の要因によって戦場が変化した。王国軍の1個旅団が丘の右手側から現れ、帝国軍の右翼を半包囲せんと機動を開始したのだ。
「ええい、稼いだ時間で予備隊を移動させたか……!だがまだ我が方が優勢よ。敵は3単位編成、あの旅団で予備兵力は使い切ったはず。第2師団長に伝えろ、麾下の1個旅団を用いて新手に対応せよと!」
▼
投入された王国軍の予備、第3旅団は王国軍の中では平均的な部隊であった。しかしその動きは帝国軍の予備と比べて圧倒的に速い。もたつき、ばらばらに着陣を始める予備隊を統制された射撃で一方的に撃ち、大隊ごとに各個撃破してゆく。帝国軍の予備隊が無能だったわけではない。ただ彼らは自らの発明を使いこなせていなかったのだ。
どういう事か?答えは単純な算数だ。帝国軍は4単位編成をとり、それは下級部隊にまで浸透していた。即ち1人の指揮官が指揮する部隊の数が、王国軍より多いのだ。例えば王国軍では中隊長は3個小隊を、小隊長は3個分隊を指揮する。対する帝国軍では、同級指揮官は余分に1つ多くの部隊を指揮せねばならない。つまり兵数あたりの指揮官の比率は王国軍が勝っており、これが帝国軍より綿密で迅速な機動を可能にしていた。
全く戦闘力を発揮出来ないまま帝国軍の予備右翼はあっという間に士気崩壊を起こし、潰走を始めた。大将は予備左翼をさらに投入するが、これは左翼から右翼への機動となり、時間がかかる。その間に王国軍第3旅団は敵の第1線に側面攻撃をしかける。さらに。
「援軍だァ!」
王国軍から歓声が上がる。見れば、丘の上には綺羅びやかな胸甲を纏った騎兵が姿を現していた。最強の騎兵種、胸甲騎兵である。その数、
対する帝国軍はあくまでも抗戦を試みる。まだ兵数の上では優勢であり、予備隊が敵の側面攻撃を受け止めている間に正面を射撃戦ですり潰せばまだ勝てる。そのためには新手の胸甲騎兵の突撃を跳ね返さねばならないが、彼らには秘策があった。
即ち、方陣。正方形に陣形を組み、ハリネズミの如く全方位に銃を向けその射撃と厚みで騎兵突撃を跳ね返す、
「なんだあの非効率な陣形は?撃ち崩せ!」
加えられるは王国軍歩兵による援護射撃。瞬く間に方陣の正面の兵は撃ち倒され、その厚みを失ってしまう。方陣からも反撃があるが、その弾丸投射量は遥かに少ない。
「バカかあいつら?
従来の対騎兵陣形は正三角型陣だ。これは確かに方陣より1辺あたりに配置出来る兵が多く、正面から見れば遊兵は少ない。間をすり抜けてゆく騎兵を撃つ場合は辺の多い方陣の方が有利であるが、それは士気が保った場合の話だ。しかし今や側面攻撃と敵の援軍で帝国軍の士気は潰えかけており、そして援軍とは士気を打ち砕く決戦兵種である胸甲騎兵であった。
そしてついに胸甲騎兵が突撃を開始する。彼らは拍車をかけながらこう叫んだ。
「国王陛下、
その威迫の前に正方形帝国軍の兵の心はついに折れた。多くの兵がこう叫びながら逃げたという。
「もうたくさんだ!!」
かくして会戦は王国軍が勝利した。兵数の不利を覆し奇跡的な勝利を成し遂げた王国軍の兵士は、
尚、この勝利により3角型王国軍は軍政改革が遅れ、
数字を3までしか数えられない戦記 しげ・フォン・ニーダーサイタマ @fjam
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