数字を3までしか数えられない戦記
しげ・フォン・ニーダーサイタマ
第1話 敵の規模は「たくさん」です
「閣下、敵軍が展開を開始しました!規模は……」
「規模は?」
「旅団がたくさんです」
「旅団がたくさんか……」
閣下と呼ばれた男――師団長が唸る。彼に与えられた戦力は1個師団。彼らの軍編成では、1個師団は3個旅団で構成される3単位編成だ。つまり伝令の言いたい事は「
師団長は一瞬目を瞑った後、まなこを開き力強く前を見据えて命令を下した。
「戦列を整えよ。そして軍団長に増援を要請せよ。増援が到着するまで、この戦線を我らで保つ」
「はっ……」
部下が慌ただしく各所に命令を飛ばす。ただちに伝令兵が分隊規模で軍団本部へと駆け出す。1個分隊は3個班で構成され、1個班は3人の兵で構成される。すなわち実際に放たれた伝令の数は……たくさんという事になる。無線無きこの時代、情報の正確性を保つのは何よりも伝令の数だ。浸透してきた騎兵に伝令兵が狩られる事はままある。それを考慮したくさん伝令を放ち、情報が伝えられる確率を上げるのは当然と言える。
背後で参謀たちが駆け回る中、師団長は望遠鏡を構える。倍率は3倍だ。前方の稜線に敵軍が展開を始めているのが見える。規模は確かに
「第1、第2旅団を前へ。第3旅団は陣地後方で待機せよ」
かくして会戦は始まった。
2個旅団の歩兵が戦列を敷く。第1旅団の第1大隊は最右翼に展開した部隊である。戦列の最右翼は古来より精鋭が務める習わしだ。彼らもまた、古参兵で構成される最精鋭であった。その古参兵が、眼前に迫ってくる敵陣を見て驚愕する。
「おい、敵が多くないか…!?」
眼前の敵が掲げる旅団旗は1本。しかしその隷下にある連隊旗は
しかし果敢にも師団の兵達は踏みとどまる。彼らの背後では
「打ち方始め!」
鉛玉が火炎と硝煙とともに吐き出され、敵軍の前列をまばらに薙ぎ払う。後列の兵が歩み出て戦列を再構成する中、マスケット銃の再装填が始まる。
マスケット銃の装填は、太鼓の音に合わせ順繰りに行われる。1で撃鉄を半分上げる。2で銃を身体の前に抱くように構える。3で点火薬を火皿に流し……
下士官は遅れてる兵を殴りどやし、指揮官は全員がなんかいい感じにやったのを確認してから再び斉射の号令をかける。
2斉射を受けながら進撃していた敵軍が停止する。命中率の悪いマスケット銃であっても、ほぼ必中の距離。
戦列歩兵の戦闘は、棒立ちになり横隊を組んだ歩兵達の銃の撃ち合いだ。斉射で敵前列を撃ち倒す。後列の兵が進み出て列を保つ。これを繰り返し、敵が列を保てなくなった所で銃剣突撃を行い、敗走させるという流れだ。マスケット銃の命中率は低いため、彼我の距離が遠ければ命中弾が減り、互いに損害が減り長時間戦線が保たれる。逆に近ければ互いの損害は増大し、早期に決着がつく。
敵は至近距離での撃ち合いを選んだ。たちまち両軍の前線は壊滅するだろう。しかし後方で控える第2陣が彼らの屍を乗り越え、戦線を突破する算段であろう。数の暴力である。
それを即座に見抜いた第1大隊の指揮官は、なんかいい感じに装填中の兵達に慌てて命令を下す。
「3歩後退を3回!」
彼らの歩兵操典では、1歩は3フィートと教育されている。つまり3歩後退を3回とは
彼らがたくさん後退した後間一髪、敵軍の斉射が始まった。味方の兵がぱらぱらと倒れるが、たくさん距離を空けたおかげで被害は軽微。元の距離で撃たれた場合、たくさんの兵が死んでいた事だろう。
師団はぐいぐいと押し上げてくる敵軍に対し、じりじりと後退しながらなんとか耐える。銃撃による被害を抑えるこの戦法はしかし、戦線を大きく押し込まれる事を意味する。丘へと追い込まれた師団。高低差の上では最も有利な、しかし一度頂上から退けば追い落とされる側に転落する地形。
「師団長、突撃の許可を!」
第1、第2旅団長の副官が師団長に直訴に来ていた。このまま退き続ければ丘から追い落とされるのは自明。されど踏みとどまれば射撃戦ですり潰されるのも自明。ならば高低差を利用した突撃の衝力で以て敵前列を粉砕し、逆転を狙おうというのだろう。
「……ダメだ」
師団長はしかし、希望的観測を切り捨てる。敵軍は
「じきに援軍が来る。それまで耐えよ」
「敵の勢いは凄まじく、多少の援軍では焼け石に水です!援軍の規模は……!?」
副官達は縋るように問う。師団長の決意は固い。なれば彼らの仕事は、朗報を持ち帰り兵の士気を保つ事だ。多少の援軍では兵達は納得せず、士気は崩壊し潰走が始まる事だろう。
「援軍の規模は……」
副官達が固唾を飲む。
「たくさんだ……!」
******
補足:本来なら○単位編成と言ったら師団内の連隊の数を数えます。つまり4単位では師団内に2個旅団が所属し、旅団内に2個連隊が所属、合計4個連隊あるよという事になります。話を単純化するためにこの話では旅団を"最大の戦術単位"としています。
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