《皇国》海軍広報局公式ラヂオ第3放送室

クレイドル501

第1話 水雷艇とコルベット


 『おしエナッッッッッ!!!!はい、始まりました《皇国》海軍艦政本部の異端児、特務造船研究室がお送りする特別番組へようこそ!司会は特造研所属の船精霊クラバウターたる私、ハクと』


 「お、おしエナッ!…いや待て何だこれは?どういうことだ!?なんで私はこんなところにいるんだ!?」


 『絶賛ポルナレフ状態の我らが天才(笑)ヒロイン、解説の永雫エナ・マトリクス室長によりお送りいたしまーす!』


 『まあ、有り体に言ってしまえば。艦政本部から”少しは国の役に立て”ってことで、市井の皆様方にとってワケワカメな軍隊についての、あんなことなこんなことを赤裸々に解説していただくラジオ番組ですよ』


 「地の分が全く無いのはそう言う事か」


 『Exactlyそのとおりでございます。あ、ちなみにこのお便りの出所を詳しく探ろうとするとSANチェックが入りますのでご注意を。説明する時も、場合によってはこの世界の知識ではない部分まで口が滑ると思いますが、深く考えない様にしてください』


 「なんだそりゃ…と言うか、解説と言ったって、私はそこまで教えるのは得意ではないが…」


 『まあ、口下手かつ意地っ張り系ヒロインですからね。是非もないですね。そんなことだから、チート艦の設計図造っても突っぱねられるんですよ』


 「よーし、喧嘩なら買うぞ」


 『どうどうどうどう。名状し難きバールのようなsomethingは仕舞ってください。茶番も長いとダレるだけですので、さっそくお便りを紹介させていただきましょう!』


 『えー、ペンネーム【えびせんってなんでこんなに止まらないんだろう?】さんからのお便りです。』


 「確かに、一度齧りだすと止まらなくなるな。渋いお茶も欲しくなる」


 『アイスティーしか置いてませんよ、ウチの研究室は。ともかく、お便りの内容ですが、《水雷艇とコルベット違いがよくわからなくて毎日10時間しか眠れません。これらの違いを教えていただけないでしょうか》とのことです。まあ、確かにそうですよね。どっちも小型の水上戦闘艦ですし、ぱっと見そんなに大きな差が無いようにも見えてしまいます。さて、どうですか室長』


 「んん、話の流れからすると現代のコルベットと言う事でいいんだよな?」


 『流石に帆船のコルベットや、パヤオ的タンデム翼機ではないでしょう』


 「じゃあ、一度整理してみるか。まずはコルベットについてだ」


 「コルベット、と言うのは先に言った通りもともとは帆船の一種だ。帆で走る帆走軍艦をサイズ順に並べると、戦列艦、フリゲート、スループ、そしてコルベットとなるが、その中で最も小型の艦だ。最初にこの種別の艦を建造し、コルベットと呼称したのは仏国フランスの連中だな。ん?仏国?どこだ?そr」


 『アイデアロールパンチ!』


 「んぐっ!?………まあ、気にするほどの事でもないか。初期のコルベットは精々12~18mで排水量は40~70トン、甲板に4~8門の前装式大砲を搭載した艦で、主な仕事は沿岸部でのパトロールだ。要は海上保安庁とかの巡視船に近いな。小規模な戦闘には参加するが、流石に大規模なものとなると艦隊を補助する役割を割り振られる」


 『要するに主力艦と正面切って殴り合う艦ではないと言う事ですね』


 「うむ、その通りだ。そして時代は下るにつれて、いったんコルベットと言う艦種は使われない様になっていった。次に、歴史の表舞台に出るのは第二次世界大戦前後の英国海軍だ」


 「1930年代、英国はロンドン海軍軍縮条約の制限を回避できる小型艦を欲し、局地防衛用の沿岸スループであるキングフィッシャー級を建造するが、流石に元の設計が古すぎて性能に限界があった。そこで開発されたのが、フラワー級沿岸スループ、後に改称されフラワー級コルベットと呼称される戦闘艦艇達だ」


 「このフラワー級コルベットは、比較的高速を発揮できる捕鯨船キャッチャーボートの船型を流用した艦だ。排水量は大凡1000トン前後、全長は62mと少し、最高速力は16ktほどを発揮できる」


 『第二次世界大戦期の戦闘艦にしては遅いですね?』


 「このコルベットの任務は本来は沿岸部での哨戒がメインの局地防衛艦だからな、外洋を高速で航行する能力はハナから求められていない。数を揃えることが第一で性能は二の次、信頼性と量産性を両立するため蒸気タービン全盛期の時代に、蒸気レシプロエンジンの一軸推進だ」


 「初期の船団護衛で活躍してはいるが、他に適任が居なかった苦肉の策だっただけのことだ。42隻を沈めているが、逆に31隻ほど沈められているし、より大型のリバー級フリゲートや米国のタコマ級フリゲートが配備されるようになると、外洋航行に向かない本級は船団護衛からは姿を消している」


 「フラワー級コルベットの真骨頂と言えるのは戦時における量産性だろう。1939年に発注され1940年から1944年に至るまでの4年間の間にイギリスで140隻、カナダで123隻が建造された。たとえ性能が低くとも、まとまった数を揃えられるのならばそれは長所の為のトレードオフだろう」


 「第二次大戦期のコルベットの特徴をまとめるならば。性能は決して高くないが、安価で建造できる沿岸用対潜戦闘艦と言ったところか」


 「そして大戦が終わり、対潜艦としての一定以上の能力を示したコルベットは。いくつかの国で1000トン未満の対潜護衛艦を指す言葉となった」


 「現代のコルベットは爆雷や魚雷、ミサイルと小口径砲を搭載した沿岸域における戦闘艦として、哨戒任務を任されている。ロシアの1234型小型ミサイル艦ナヌチュカ級や1124型小型対潜艦グリシャ型もコルベットの一種と言って良いだろう」


 『では水雷艇は?』


 「こちらはもっと簡単だ。読んで字のごとく水雷、特に魚型水雷魚雷を主兵装とする小型艦艇の事を指す。主兵装として魚雷を搭載し、敵主力艦を雷撃によって撃破することを目的とする艦だ。ある意味で、そこがコルベットとは明確な違いと言えるかもしれない」


 『コルベットはあくまでも局地防衛用の安価な戦闘艦ですから。わざわざ敵の主力艦に自分から向かっていく事はそうそうない。対して、水雷艇の目的は敵主力艦の積極的な撃破。生まれの時点で、コルベットよりも攻撃的な運用をすることが前提の艦と言うわけですか』


 「だからこそ、水雷艇は概して同時代の主力艦に匹敵するかそれを凌駕する機動性を持つ。このような艦艇が生まれた理由としては、やはり魚雷の開発によるものも大きいだろう」


 『フタエノキワーミー!なあれですね?」


 「(無視)魚雷は言ってしまえば海中を走る対艦爆弾だ。敵艦に命中すれば海面下の艦体を数百㎏の炸薬で吹き飛ばし、直接的な浸水を引き起こす」


 「炸薬量が十数㎏単位の小口径砲をドカスカ打ち込んでも装甲を張った艦は中々沈まないが、魚雷を数発もらえば大抵の艦は沈むものさ」


 「魚雷の開発は海戦史における革命と言えるだろう。何せ、それまで大型艦を撃沈できるのは大型艦による大口径砲の射撃を除けば、衝角を使った体当たりぐらいなものだからな。この兵器の開発によって、小型艦にも大型艦を屠ることが可能な攻撃力を付加することができるようになった」


 「小型艦故に高速かつ軽快、そして量産性にも優れた水雷艇は、軍拡を続ける各国の海軍へと瞬く間に取り込まれていった。無論、小型故に外洋での航海や戦闘は厳しいものではあったが、何も艦隊決戦に殴り込むだけが能じゃない」


 「例えば日清戦争も佳境に入った1895年2月4日から9日にかけて、大日本帝国海軍は黄海海戦において敗北しつつも主力艦を残して威海衛へ逃れた清国の艦隊――北洋水師に、水雷艇による襲撃を敢行した。威海衛の戦いの一場面だな」


 「水雷艇隊は北洋水師の反撃や舵の故障などに見舞われながらも、夜陰に乗じて侵入した湾内で魚雷を次々に発射して暴れまわった。これらの襲撃により、かつては”東洋一の堅艦”と謳われた旗艦たる戦艦『定遠』を大破させ、定遠級に次ぐ有力艦である装甲巡洋艦『来遠』、他にも『威遠』を撃沈し、北洋水師の息の根を止めたのだ」


 『帝国海軍の夜戦キチってこのころからあったんですね…』


 「まあ、この戦いが水雷艇による夜間集団襲撃の有用性を世界に証明した戦いでもあったからな…」


 「ともかく、敵にとって水雷艇は厄介な存在だ。小型である故に発見しづらく、接近を許してしまえば戦艦すらも撃沈する魚雷を容赦なくぶっ放してくる。国力の関係上、どこぞの紅茶狂いの様に大型戦艦を大量に配備できない帝国海軍は、この小さな猟犬に目を付けた」


 「1894年には24隻だった水雷艇は、日露戦争のころまでの大凡24年間に89隻もの水雷艇を配備したほどだ。そして日本海海戦でも積極的に投入し戦果を挙げている」


 「とはいえ、水雷艇の隆盛も長くは続かない」

 

 「1892年の英国では、対岸のフランス海軍に対して危機感を募らせていた」


 「当時の英国はまさしく黄金時代であり、様々な戦艦をそろえた圧倒的な戦力を揃えつつあったが、対岸のフランス海軍はこの戦艦の群れに対し、安価な水雷艇の大群をもってして対抗しようと画策していたからだ」


 「いくら堅牢な戦艦であっても、水雷艇の魚雷を受ければ沈み、自慢の巨砲は水雷艇のような小型艦を狙う用途には向かない」


 「そんな時、ヤーロウ式水管ボイラーの生みの親であるアルフレッド・ヤーロウが【究極の水雷艇】として海軍省に提出した艦は天啓と言えるものだった」


 「当時の水雷艇の速度が20kt程度であった時代に、ヤーロウ式水管ボイラーを搭載したこの艦は27ktの速力を発揮した。さらに艦体は水雷艇の2倍に達し、より強力な兵装と優秀な外洋航行能力を持っており、もはや水雷艇の括りには入れられない代物だった。無論、フランス海軍の水雷艇など敵ではない」


 「こうして新しく誕生した艦は、新しい艦種名を付けられたんだ」


 「水雷艇を駆逐する艦。水雷艇駆逐艦トーピード・ボート・デストロイヤーと。今では、単に駆逐艦デストロイヤーと呼ばれてはいるがね」


 『ああ、駆逐艦って元々そういう意味だったんですね』


 「ちなみに、この水雷艇駆逐艦を強力に推し進めたのは時の第三海軍卿、ジョン・アーバスノット・フィッシャー提督だ」


 『うわでた。歩く英国面がこんなところにも』


 「提督については逸話が多すぎて紹介しきれんから割愛する。とにかく、こうしてこの世に生を受けた駆逐艦は、その外洋航行能力を見込まれて魚雷を搭載し、水雷艇に代わって水雷戦隊の主力となるようになった」


 『あれ?それじゃあ水雷艇は?』


 「米国のPTボートや独国Sボート等、各国の海軍から即座に消え去ったというわけではないが、端的に言おう。コルベットとは異なり現代では、水雷艇はほぼ絶滅状態だ!」


 『ウソダドンドコドーン!』


 「何分、水雷艇と言うのはその成立からして魚雷ありきの戦闘艦だからな。対艦ミサイルが実用化された今では、水上艦すら沈めてやるなんて長魚雷を持っているのは潜水艦だけ。現用の水上艦が魚雷を積んでいても、それらは潜水艦を追い払うための短魚雷が精々だ」


 『コルベットと水雷艇…どこで差がついたのか…慢心、環境の違い…』


 「慢心はともかく、生まれた時の環境の違いは言いえて妙かもしれない。方や小型の沿岸域戦闘艦として定義されたコルベットと、魚雷を搭載した高速戦闘艇として定義された水雷艇。コルベットから魚雷をとってもコルベットだが、水雷艇から魚雷を取り上げたら無駄にごついモーターボートだ」


 「さて、此処までの話をまとめてみよう」


 コルベット

 成立の経緯:沿岸域での紹介任務

 用途:沿岸域での哨戒、防衛。場合によっては船団護衛

 現在:1000トン未満の対潜護衛艦の呼称として各国で使用


 水雷艇

 成立の経緯:魚雷を用いた対艦攻撃

 用途:沿岸域での哨戒の他、泊地襲撃など積極的な対艦攻撃

 現在:水上艦対水上艦の戦闘が魚雷から対艦ミサイルへと移行した結果、魚雷を主兵装とした戦闘艦がほぼ絶滅。名称としては消滅も同然。


 「まあ、『はやぶさ型』のようなミサイル艇ならば。魚雷艇が時代に合わせて進化した姿と言えなくもないかもしれない。恐竜の様に、大部分は滅んだが一部は鳥類として進化し生き延びた例の様にな」


 「無論、私が述べた言葉に反論も山の様にあるだろうが、これはあくまでも一人の造船技師が持っている解釈と言う事で勘弁願いたい。ここは齎された疑問に対し、無数にある解の中の一つを投げる場所であり、究極の真理を追い求める場所ではないからな」


 『まあ、そもそもの話。そこを詳しく掘り下げようとすると視聴率急降下待ったなしですからね』


 「海軍の用語の触りだけでも知りたいと言うライト層向けの解説だからな。興味をもってくれたのであれば、各自、図書館なりなんなりで調べてもらえばよろしい。自分で調べた方が覚えるし、何より疑問を自力で解決に導くのは楽しいぞ?」


 『ライト層向けを謳っているわりには5000字超えてるんですがそれは…ってなところでお時間が来てしまいました!今回の放送はここまで!次回の放送は未定ですが、お便りが来て室長の予定が会い次第放送させていただきます。では皆さまご機嫌用ぉー!』


 「………ところで、おしエナってなんなんだ?」


 『教えてエナしつちょーの略ですが?なかなかキャッチーな挨拶でしょう?』


 「考えたヤツのセンスを疑う」


 『HAHAHA!……屋上へ行こうぜ、久しぶりに切れちま』



 【この放送は、「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」《皇国》海軍省艦政本部の提供でお送りいたしました】


 【永雫・マトリクス室長への質問は、作者ツイッター《@L_cradle501》の質問箱へどうぞ】


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