Basis36. 身体作り

 放課後。早速玲先輩の特訓が始まったのだが……


「じゃあこの学園をとりあえず3周してね」

「……これ関係あるんですか?」

「基礎体力は大事だよ? はーい走った走った!」


 私はなぜか学園の周囲を走らされていた。照葉学園の敷地面積はとても広く、1周およそ4kmはあるらしい。さらに、平坦な道ではなく激しい起伏のあるタフな道のりだ。故に、陸上部の長距離ランナーが練習として走るようなコースだという。


 かくいう私は中学時代は運動系の部活に入っておらず、お世辞にも体力があるとは言えない。そんな私がこんな道を走らされればどうなるかは日の目を見るよりも明らかで。


「ほら止まらないの! キツくても足を前に出していくんだよ!」

「ゼェ……」


 スタート地点からおよそ半分のところまで来た。玲先輩はまだピンピンしているが、私としては既に限界が近い。動きの反動でなんとか足が前に出ているといった感じで、ここからペースを上げろと言われれば間違いなく足が爆発する。


 こうして満身創痍のままに1周を走り終えると、今度は筋トレが始まった。


「はぁ……はぁ……これ本当に魔術に関係あるんですか?」

「はーい文句言わない腰上げる!」

「ひぃぃ!」


 魔術における特訓と聞くと、もう少し幻想的というか何というか、ふわっとしたものを想像していた。しかし蓋を開けてみれば、ただの基礎体力をつける特訓になっている。玲先輩の檄に促されるように身体に鞭を打つが、どうしても今の特訓に魔術的な意味を見いだすことができないでいた。


「はーいお疲れ」

「あ、ありがとうございます……」


 玲先輩からスポーツドリンクを貰い、一気に喉の奥へと流し込む。


「生き返る……! あの玲先輩、この特訓に何の意味があるんですか?」

魔術適正ニトロナイズ色適正カラーナイズ色適正カラーナイズを後天的に上げることは難しいけど魔術適性はできる。この違いは何だと思う?」


 違い、か。適正と銘打たれているのだから何も違いはないと思うが……


「分からないです」

「スポーツで例えるなら、魔術適正ニトロナイズは『基礎体力』、色適正カラーナイズは『スポーツの才能』ってところ。スポーツにはいろんな競技があるけど……たとえば野球を例にするなら、投手としてはダメだけどバッターとしては天性の才を持つ人がいるとするね。このセンスに関しては後からどうにかするってのは無理があるでしょ?」

「まぁ……」

「当然センスだけで言えばプロアマ問わずいいものを持っている人はたくさんいる。でも、プロのスポーツ選手はアマチュアと比較したら基礎体力はバッチリ仕上がってる。魔術でも同じことが言えるわけ。魔術はスポーツとは違って先天的に魔術適正ニトロナイズが高い人間がいるけれど、当然鍛えればある程度のものにはできるってところよ」


 魔術適正ニトロナイズは基礎体力、ということか。だが、そうなってくると今の行為の意味はますます謎になってしまう。


「なら尚のこと今の特訓って関係ないような……」

「関係大ありだよ? 魔術は魔素を利用した技術。魔素は大気中に存在する。私たちはそれを取り入れて魔術を行使する」

「あ……」

「何が言いたいか分かった?」

「……肺活量を上げることがそのまま魔術適正ニトロナイズの向上に繋がる」

「その通り」


 玲先輩は親指を突き立てた。今までのランニングはその意味があったのか……!


「魔術適性は『取り込んだ魔素をどれだけ効率的に使えるか』を表したもの。でも、『一度にたくさんの魔素を取り込める』なら話は別。それが実質的に魔術適正にプラスの補正をかけてくれるからね。でも今までの華凜ちゃんだと、魔術の発動を魔装に頼りすぎていたから、『基底』に到達するような魔術、すなわち大量の魔素を利用する魔術を使えば当然ノックバックも激しくなる」

「……」

「単に魔術を発動するだけなら今でも問題ないわ。でも、継続して戦い続けるという意味では今の華凜ちゃんの力では足りない」

「……分かりました。玲先輩はちゃんと私のことを考えてたんですね」

「当たり前じゃない、華凜ちゃんは私の妹ですから」

「……まだ言うんですかそれ」


 お互いに顔を見合わせて笑う。特訓という曖昧な言葉でごまかしていたが、私が目指すべき方針というものが何となく見えてきた気がする。私の魔術適正ニトロナイズの向上、それは基礎体力の向上とそのままリンクしているということ。それを理解することができれば自分のものにすることも難しくはないだろう。


「……特訓を再開しましょう」

「やる気になった?」

「ええ」


 こうして日が沈むまで私と玲先輩は特訓を続けた。そして翌朝。


「……意外と身体が軽い」


 登校前に敷地の周りを走っておこうと朝早くに目を覚ましたが、私の身体はかなり軽い。あれだけの運動をいきなりしてしまえばその反動で筋肉痛にでもなるかと思ったが、そうでも無かったらしい。あるいは『演算式・調色トナー・ドライバー』が寝ている間に治癒魔術でもかけていたのか。


 寮の外に出ると、キラキラとした陽光が私を出迎える。ランニングには絶好の天気だ。軽くストレッチをすると、地面を蹴って外周を走る。


 昨日走ったときよりもペース配分の仕方が分かるので息絶え絶えということにはならなかったが、それでも1周を走りきるとなると身体がヘトヘトになるのは請け合いだ。帰ったらシャワーを浴びてから朝食を食べようとそんなことを考えていると、ちょうど向かいから同じように走ってくる人影が見えた。それは私にとってとても意外な人物であった。


「(……アイビーさん?)」


 目元こそサングラスで覆われているが、フードからこぼれた特徴的な赤い髪と、サングラス越しでも分かる美形は間違いなくアイビーのものだと言える。一瞬ですれ違ってしまったので声をかけることすらできなかったが、魔術の名家と呼ばれているらしいキネマゼンタ家の人間が朝からランニングをしているという事実そのものが私にとっては驚きをもって迎えられた。


 私もうかうかしていられない。そんな決意を胸に抱いて私は地を蹴る足のスピードを早めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白の世界の観測者~転移した私にこの世界を破壊しろというのは流石に無理がないですか?~ 黒埼ナギサ @Nagisa_kurosaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ