第8話

 教室を飛び出した僕は屋上に来ていた。

 本当なら立ち入り禁止だが、外に出たかった僕は鍵を開け屋上に出ていた。


「何しているんだろう、僕」


 赤井さんの気持ちが分からない。でも、それ以上に自分の気持ちも分らなくなっていた。

 何で、赤井さんのためにあれだけ必死になっていたんだろうか。普段の僕なら、誰かのために動くにしてももっと周りを見て行動していた気がする。

 でも、今回は自分の赤井さんを守りたいという気持ちを優先させすぎて、赤井さんに迷惑をかけた。

 おまけに、僕の行動が赤井さんのためになっていない、僕の思いは愛じゃないと言われたとき、どうしてあんなに動揺してしまったのだろうか。


「何も分からないなぁ……」


 僕の呟きは誰にも聞かれることなく、宙に消えていくはずだった。


「何が分からないの?」


 だが、その呟きは何故か屋上の入り口に立つ赤井さんの耳に入ったようだった。


「な、何でここに?今は授業中だよ」

「あんな様子の高橋、放っておけないでしょ。先生にもちゃんと許可は貰ってるから」


 そう言うと、赤井さんは僕の隣にやって来た。


「屋上って立ち入り禁止でしょ」

「うん」

「じゃあ、私たちは校則を破った共犯者だね」


 赤井さんはそう言って僕にイタズラな笑みを向けた。


「高橋はさ、何が分からないの?」


 ほんの少しの静寂の後、赤井さんは僕に改めて問いかけてきた。


 『赤井さんの気持ちが分からない』という一言はのどの奥で突っかかって出てこなかった。

 赤井さんの気持ちを知りたい僕がいる一方で、赤井さんが僕をどう思っているのか聞きたくないと思う僕がいた。


「私も分からないこといっぱいあるよ」


 黙り込む僕に向けて、赤井さんは静かに話し出した。


「クラスメイトが何を考えているかとか、高橋が私を遊びに誘ってきた理由とかね。……でも、一番分からないのは高橋が一年の頃に私を助けた理由」


 一年の頃を思い返すように赤井さんはそう言った。

 助けたというほどでもない気がするが、一年の頃に赤井さんの陰口を言うクラスメイトにイラついて反論したことはある。

 でも、あれは赤井さんのことを何も知らない人が好き勝手に赤井さんを悪く言うことが気に入らなかっただけで、赤井さんを助けるつもりがあったわけじゃない。

 実際に、当時の僕は隣の席になるまで赤井さんがどれだけ嫌がらせに苦しまられているか気付いていなかった。


「でも、それは分からなくて当たり前でしょ」


 赤井さんの言葉は僕にとって予想外のものだった。


「他人の気持ちなんて他人に聞かなきゃ分からない。その気持ちだって、他人が嘘を付いちゃえば分からなくなる」


 じゃあ、どうしようもないじゃないか。と思った。


「でも、他人を理解しようとして、その他人を信じることはできる。一年の頃、高橋は噂に惑わされずに私を見てくれた。そして、その私を信じてくれた。結果として、私は救われた。だから、私はあの日から高橋を理解したいと思って高橋を見てきたよ。高橋は家族のために早く帰宅してた。困った人を見つけるとよく助けていた。そして、捨てられた猫を引き取って大事に育ててくれた」


 赤井さんは僕の前に移動すると、僕の顔を真っすぐと見つめてきた。


「だから、私は高橋を信じる。間違っていたら恥ずかしいけど、高橋が悩んでることは私のことでしょ?」

「……どうして分かったの?」

「昨日、今日で様子が普段と違いすぎ。流石に分かるよ。でも、それならよかった」


 赤井さんはそう言うと、嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 どうしてそんな風に笑えるんだ?僕は昨日、今日でたくさん赤井さんに迷惑をかけた。しかも、その行動は僕自身の思いを優先させた自分勝手なものなんだ。

 溢れ出てくる思いは声になって、僕の口から放たれた。


「僕は!赤井さんの気持ちを考えずに昨日、今日でたくさん赤井さんに迷惑をかけた!一年の頃だって、僕は赤井さんの気持ちなんて考えてない。ただ、僕が嫌だったから反論しただけだ!僕は自分勝手に行動して、それで赤井さんを巻き込んでるだけなんだよ……。なのに、何でそんな笑えるんだ。……分からないよ。僕には赤井さんの気持ちが分からない」


 最後の方は俯きながらで声も小さくなったけど、僕は赤井さんに赤井さんの気持ちを聞いてしまった。

 赤井さんはどんな顔をしているだろうか。怖くて、僕は赤井さんの顔を見ることができなかった。


「知りたいの?なら、教えてあげる」


 赤井さんそう言うと、僕に近づいてきた。


「顔、上げて」


 赤井さんに言われ恐る恐る顔を上げた瞬間、唇に何かが当たり視界には赤井さんの閉じた目が入った。


「……これが私の気持ち」


 一歩後ろに下がった赤井さんは顔を赤くしていた。


 いくら僕でも分かる。さっき赤井さんがしたのはキスというやつだ。そして、日本ではキスとは愛するものにする特別なものである。


「あ、え……本当に?」

「うん。私は高橋が好き」

「で、でも、僕は赤井さんに迷惑をかけたし、昨日だって「ずっ友だよ」って言って赤井さんを怒らせちゃったし……」

「あれは、高橋が告白してくれるのかと思ったの……」


 赤井さんは恥ずかしそうにそっぽを向いてそう言った。


「で、でも!今日は赤井さんがトイレに行きたがってるのに気付けなかったし、おまけに、僕はトイレについて行こうするような変態だよ!」

「でも、それは私のことを思ってくれてたからでしょ?まあ、変態だとは思ったけど……」


 赤井さんは僕が好き。それは昨日の段階で僕が都合が良すぎるということで切り捨てた可能性だ。

 そんなことがあっていいのか……?


「あ、赤井さん。もしかして、クラスで恋人がいないのが僕と赤井さんだけだからそれを気にしてるの?」


 思い立った可能性はそれだった。


「違うよ。本当に高橋が好き。じゃなきゃ、キスなんてできないでしょ」


 確かにその通りだ。もしかして、別の高橋かとも思ったが赤井さんがキスをしたのは正真正銘僕だ。

 つまり、赤井さんは本当に僕が好きなのだ。


「ねえ、高橋はどうなの?高橋は私のこと好き?」


 赤井さんに言われて、考える。


 僕がどうして赤井さんのことをあんなにも気にかけていたのか。

 どうして、赤井さんのことにあんなに必死になっていたのか。


 赤井さんの思いを聞いて、どうしようもないほど喜んでいる自分がいるのは何故なのか。



 その答えは、僕にとって赤井さんが大切な人だからだ。




~・~・~・~・


 赤井さんと思いを伝えあった直後の昼休み。

 僕はいつもの様に自分の席でお弁当を食べていた。


 すると、今日も僕の周りにクラスメイトたちがやってくる。


「高橋、彼女はいいぜ」

「お前も彼女作ればいいのになぁ」


 隣の席をチラッと見れば、赤井さんの周りでも同じような会話が繰り広げられていた。


 このクラスで恋人がいないのは僕と赤井さんだけらしい。

 だから、きっちりと宣言しないといけない。


「「僕(私)、恋人できたから」」


 僕と赤井さんの言葉を聞き、クラスに静寂が走る。

 その直後にクラスが揺れるほどの歓声が沸き上がった。



 バカ騒ぎしているクラスメイト達を見てため息をつく。


 あの後、赤井さんに聞いたがクラスメイト達は全員赤井さんを応援していたらしい。

 だから、僕がいじめられていると思っていたのは全て勘違いだったわけだ。

 でも、その勘違いがあったから僕は赤井さんの気持ちを知ることができた。僕自身の気持ちを知ることができた。


 結果として、クラスに恋人がいないのが僕と赤井さんだけだったから僕と赤井さんは結ばれたと言っていいのかもしれない。


 だから、この話の終わりの一文はこれしかない。


 このクラスで恋人がいないのは僕と赤井さんだけだった。

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このクラスで恋人がいないのは僕と赤井さんだけらしい わだち @cbaseball7

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