第7話

 僕の学校には授業と授業の間に10分間の休憩時間が存在する。その休憩時間は教室に移動や次の授業の準備に使われるが、移動が無い限り10分のうち半分以上の時間がほとんどの生徒にとって暇な時間となる。

 そして、その僅かな暇な時間はクラスメイト達が僕と赤井さんを問い詰めるには十分すぎる時間になるのだ。


「じゃあ、今日の授業はここまで」


 チャイムが鳴り、一限目の英語が終わる。

 すぐに動かなければ一瞬でやられる!


「赤井さん、飲み物買いにいこう!」

「遠慮しとく」

「なら、屋上に行こう!」

「屋上は立ち入り禁止でしょ?」

「なら、トイレに!」

「休憩時間中にはトイレにもたくさん人がいるでしょ」


 僕の誘いを赤井さんは全て躱した。

 更に、赤井さんは席から立ちあがった。


「どこ行くの?」

「どこでもいいでしょ」

「僕もついて行く」

「だめ」


 赤井さんはそっけなくそう言うと、僕に背を向けた。

 一人でどこかへ行こうとする赤井さんの腕を僕は掴んだ。


「放してよ」

「僕もついて行く」

「だめだって言ってるじゃん。時間ないから早く放して」

「赤井さんを守りたいんだ!」

「何からよ」


 赤井さんはやっぱり自分が狙われていることに気付いていないようだった。


「それは……言えないけど、でも!この世の中には赤井さんが知らないだけでたくさんの危険があるんだ!」

「私にとって、今日の高橋が一番危険な気がするんだけど……」

「なっ……!?むしろ僕は赤井さんを守ろうとしているんだよ!」

「トイレに付いてこいとか、無理矢理私についてこようとしているところとか、凄く怪しいよ?」

「ぐはっ」


 突きつけられた事実は僕の胸に突き刺さった。


「君を守るとか、ストーカーの言い訳みたいだし……」

「げふっ」

「正直、気持ち悪い」

「……」


 ふっ……燃え尽きたぜ。


 椅子に座り、項垂れる。赤井さんの腕を掴んでいた手は力なく垂れさがった。

 1ラウンドKO。ろくに防御も反撃もできないまま僕は赤井さんの正論と言う名のパンチの前に力尽きた。


「はあ……。何か悩んでることがあるならいつでも相談に乗るし、力になるから」


 優しく僕に声を掛ける赤井さんの姿は神のように見えた。


「じゃあ、赤井さんについていって―「それはだめ」……」


 もうだめだ……。

 所詮僕に赤井さんを守ることなどできなかったんだ。


 これで僕と赤井さんの青春は、終わりか……。


「諦めるなっしょおおお!!」


 絶望が僕の心を覆い、僕が青春を諦めかけたその時、僕の耳に夏野の声が響いた。


「諦めたらそこで終わりっしょ。高橋君が何を抱えているか俺には分からないけど、高橋君の強い思いは伝わって来たっしょ!ここで動かなきゃ高橋君はきっと一生後悔するっしょ……。立て!立つんだショー!!っしょ!」

「な、夏野……」


 僕はこのクラスには敵しかいないと思い込んでいた。でも、いたんだ……。僕を応援してくれる人はこのクラスにもいたんだ。


「早く行くっしょ。今なら、まだ間に合う」


 夏野の言う通り赤井さんはまだ教室から出ていなかった。


「夏野、ありがとう」


 夏野に感謝の言葉を伝え、再び立ち上がる。


 もう迷わない。赤井さんに拒絶されても、僕は赤井さんを守り抜く!!


「赤井さん!やっぱり僕もついていくよ」

「いや、だめだって」

「嫌だ。僕は赤井さんを守り抜くと決めたんだ。例え、それを赤井さんが拒絶したとしても僕は赤井さんを幸せにするし、守り抜くんだ!!」


 気付けばクラスメイト全員が僕と赤井さんの方を見ていた。だが、それでいい。

 これは宣戦布告だ。僕はクラスメイトの攻撃から赤井さんを守り抜くという意志表示なのだ。


「な……こ、こんなところで何いってるのよ」

「赤井さん、お願いだ」


 赤井さんの肩を掴み、真っすぐと赤井さんの顔を見つめる。

 赤井さんの顔は真っ赤になっていた。


「うぅ……で、でも……」


 赤井さんは迷っている。これなら押し切れるかもしれない。

 更に赤井さんに詰め寄ろうとした時、水を差すように横から声を掛けられた。


「おい。高橋、赤井、先生、教室に入りたいんだけど……いいか?」


 先生がそう言った直後に二限目の授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。


「はい!どうぞ!!」

「お、おう……ありがとうな」


 元々僕のミッションは赤井さんを休み時間の間守り抜くことだ。それが達成できたなら十分だろう。

 僕は未だに顔を赤くして動けなくなっている赤井さんを連れて、自分の席に戻っていった。


~・~・~・~・


「よーし、今日の授業はここまで。じゃあ、お疲れさん」


 二限目終了のチャイムが鳴り響き、先生が教室から出て行った。

 それと同時に赤井さんは素早く席から立ち、教室から出て行こうとしていた。だが、それを簡単に逃す僕ではない。


「赤井さん!僕もついていくよ!」

「い、いや……本当にいいから」


 よく見ると、赤井さんは顔を赤くして何かを我慢しているようだった。


「赤井さんどうしたの?何か我慢しているように見えるけど……」

「何でもないから!早くそこどいて!」


 赤井さんは何かを焦っているようだった。もしかすると、痺れを切らしたクラスメイトの誰かが赤井さんを呼びだしたのかもしれない。だとすれば、なおさら赤井さんを一人にするわけにはいかない。


「赤井さん、そんなに僕は信用ないかな?僕は赤井さんを守りたいだけなんだ。何か隠してるなら話して欲しい」

「……らい」

「え?何て言ったの?」

「お手洗い行きたいの……」


 目に涙を浮かべて僕を睨めつけながら赤井さんはそう言った。


「なんだトイレ我慢してただけなんだね。それなら早く行こう」


 僕はそう言って赤井さんと供にトイレへと歩みを進めようとする。


「……え?ついてくるの?」

「当たり前でしょ?」


 その一言で教室が凍り付いた。


「……フォーメーションΩよ!急ぎなさい!!」

「「「サー!イエス・サー!!」」」


 一人の女子が叫ぶと、クラスメイトの男子が僕の四肢を取り押さえに来た。


「くっ!や、やめろ!」


 更に、クラスの女子たちは赤井さんを守る様に僕と赤井さんの間に移動していた。


「赤井さん!大丈夫?」

「早く行って!!」

「私たちなら大丈夫。刺し違えてでもあの男は抑えるから」


「あ、うん。ありがとう」


 そう言うと赤井さんは教室から出て行った。

 ま、まずい……!このままでは一人になった赤井さんが襲われてしまう!


「くそ!放せ!」

「残念だわ、高橋君。貴方にフォーメーションΩを使いたくはなかった。けれど、行き過ぎた愛情は時に人を傷つける。貴方に私たちが真の愛を教えてあげる」


 次の瞬間、僕の顔にゴーグルのようなものが付けられる。そして僕の視界にはたくさんのカップルの姿があった。

 付き合いたててどことなくぎこちなさを感じさせながらも、互いが互いを思いやって幸せそうな笑顔を見せるカップルたち。

 相手のことを知り尽くしていて、相手が望むものを簡単に用意しあえるカップルたち。


 全てのカップルが互いに思いあい、思いやっていた。


「それが愛よ。相手の思いを受け止め、自分の思いを受け止めてもらう。高橋君、今のあなたは本当に赤井さんの思いを受け止めようとしているのかしら?」


 赤井さんの思いを……受け止める。

 確かに、僕はさっきから赤井さんの思いを無視して自分の思いを優先していた。

 赤井さんを助けたいという思いも、僕のエゴなのかもしれない。もしかすると、僕の行為は何も赤井さんのためになっていないのかもしれない……。


「高橋、高橋!」


 顔を上げると、いつの間にか僕の顔からゴーグルは外されており、視界には僕の顔を心配そうにのぞき込む赤井さんの姿があった。


「大丈夫?」


 不意に昨日の別れ際を思い出す。

 僕には赤井さんが突然不機嫌になった理由が分からなかった。今日だって、赤井さんがトイレに行きたがっていることに気付けなかった。


 今だって、昨日からずっと迷惑をかけている僕を赤井さんがこんなにも心配してくれる理由が分からない。

 僕には赤井さんの気持ちが分からない。


「ちょっと、高橋本当に大丈夫?」


 僕は赤井さんの気持ちを理解できずに自分勝手に赤井さんに迷惑をかけた。


 『お前の行動に愛はない』


 そう言われた気分だった。そして、そのことにどうしようもないくらい動揺している自分がいた。

 赤井さんの顔を見るのが怖かった。赤井さんに迷惑だと思われることが恐ろしかった。



 だから、僕は逃げた。

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