第6話
赤井さんと遊びに行った次の日、僕はいつもより少し早めに登校していた。
その理由は一つ、クラスメイトの赤井さんへの攻撃を牽制するためだ。
昨日は僕が赤井さんを一人にしてしまったことで、赤井さんへのクラスメイトの攻撃が行われた可能性がある。つまり、赤井さんを一人にしなければ赤井さんへの攻撃の手は確実に弱まるはずだ。
そんなことを考えながら教室に入ると、早い時間ではあったものの数人のクラスメイトの姿があった。だが、その生徒たちのほとんどが自習や読書にいそしんでいた。
席に座り、周りの様子を伺う。普段なら、僕が席に座ると誰かが必ずのろけ話をしに来るのだが、今日は誰も来なかった。
だが、クラス内にいる人はちらちらとこちらの様子を気にしていた。
これはどういうことだろうか?
確かに、昨日の昼休み以降は僕へのいじめ(のろけ)は収まっていた。だが、放課後に赤井さんへの集中的ないじめが行われたはずだ。そのきっかけは僕が赤井さんを誘ったこと。そして、今日は僕が赤井さんを遊びに誘った翌日だ。
この、目の前に餌が置かれた状況で空腹の犬たちがその餌に食らいつかないことがあろうか、いや、ない。
それにも関わらず、その犬たちは
深く考え込んでいると、教室に元気な声が響いた。
「ちーっす!お!高橋君いんじゃん!こんな時間に珍しいっしょ」
そう言うとクラスのムードメーカー(バカ)の夏野が僕の席に近づいてきた。
「おはよう」
「おはようっしょ!そうだ!高橋君、昨日の放課後赤井さんとデートしたんだって?どうだ―――」
夏野が何か言おうとした時、クラスメイトたちが夏野の口をふさいだ。
「何やってんだ!その話は赤井さんが来てからするって話だったろ!」
「え?俺っちその話知らないんだけど……」
「いいから!行くよ!」
「ははは……高橋君ごめんね」
夏野と供にクラスメイトは僕の席から離れていった。
そうか……そうだったのか。
夏野に対するクラスメイトの言葉で全て分かった。
何故、餌を前にした犬たちが我慢できていたのか。簡単なことだ。その餌よりも更に極上の餌がすぐに来ると分かっていたからだ。
クラスメイト達は僕と赤井さんの二人がそろってからゆっくりと楽しむつもりだったんだ。
<主人公の回想>
ガラララ
(赤井さんが教室の扉を開ける音)
『くっくっく……ようやく来たなぁ。赤井さん』
『な、なに?』
『ダメだ!赤井さん逃げろおおお!!』
『おっと、黙っててもらおうか』
ガシッ
(クラスメイトの一人が僕を捉える音)
『どういうつもりなの?』
『いや、大したことじゃないの。ただ、恋人もいない赤井さんと高橋君が二人でデート(笑)したって聞いて、お話でも聞こうと思っただけ』
『まさか話せないなんて言うつもりじゃないわよねぇ?』
『別に、ただ高橋と二人でボウリングしてちょっと買い物して帰っただけ』
『へー。楽しかった?』
『……楽しかったけど』
『ふ~ん。高橋は?』
『くっ……楽しかったよ』
僕と赤井さんの返答を聞き、クラスメイト達がニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべている。
『じゃあ、相思相愛じゃ~ん。付き合っちゃえば?』
『そういえば、私~高橋君が去年赤井さんのこと好きって言ってるの聞いたことあるよ』
『まじ?それはもうキスするしかないっしょ!』
『『『キース!キース!キース!!』』』
<<キスをする>>
チュ
(僕が赤井さんの頬にキスをする音)
『『『フ~!!』』』
キッ!
(涙目の赤井さんが僕を睨みつける音)
『気持ち悪い……』
ベチン!
(赤井さんが僕にビンタする音)
その後、僕は赤井さんに嫌われ、無理矢理女子に迫ったキス魔として灰色の青春を送ることになった。
更に、赤井さんはこの一件で男性不信になり生涯独身を貫くことになったとか……。
<<キスをしない>>
『だ、ダメだ!こんなこと良くない!!』
『へ~高橋は赤井さんなんかとキスするのは嫌なんだ』
『じゃあ、やっぱり高橋君は赤井さんを弄んで楽しんでたんだね!』
『いや、それはちが――『違わないよ~。だって、本気なら赤井さんにキスできるはずだもん』……』
『あれ?赤井さん泣いてる?』
『キャハハハ!まじうけるんですけど~。もしかして高橋君が本気で自分のこと好きとか思ってた?』
『残念でした~。高橋君にとって、赤井さんはキスなんてしたくもない相手なんだって~』
ダッ!
(赤井さんが教室から飛び出す音)
『赤井さん!』
『高橋も最低だよな~。純粋な女の子を弄んで馬鹿にするなんてな~』
『いや、まじでそれな。男としてまじで軽蔑するわ』
こうして、僕は女子を弄んだクズとして灰色の青春を送ることになった。更に、赤井さんは男性不信になり生涯独身を貫いたとか……。
<回想終わり>
詰んでるじゃないか!!
ま、まずい……。赤井さんがこの教室に入った時が最後、僕と赤井さんの青春は終わる。それどころか赤井さんは人生にまで影響が出てしまう。
何としても赤井さんをこの教室に入れるわけにはいかない。
僕が考え事をしているうちに時間がそれなりに経っていたようで、クラスにもかなりの人が集まってきていた。
そして、遂にその時は来た。
扉が開くと、教室内に特徴的な赤い髪が入ってくる。
その瞬間、クラスメイトの目が怪しく光る。
させない!お前たちの思い通りにさせてたまるか!!
気付けば僕は赤井さんの下に駆け寄っていた。
「赤井さん!ごめん、付いてきて!」
「え……ちょっと!高橋!」
赤井さんの手を掴んで僕は購買に向かった。
~・~・~・~・
「ちょっと!ちょっと高橋!」
赤井さんに呼び止められ足を止める。
「急にどうしたの?もうすぐ朝礼だよ?」
教室に向かおうとする赤井さんの手を掴む。
まだだ、チャイムが鳴るギリギリまで時間を稼がないといけない。
「赤井さん……好きな飲み物なに?」
「はあ?」
赤井さんが何言ってんだこいつという目で僕を見つめてくる。
「今はそんなことどうでもいいでしょ。早く教室戻るよ」
「待って!……飲み物を奢らせて欲しいんだ。昨日は凄く赤井さんと赤井さんのお兄さんに失礼なことをしてしまったから、そのお詫びとして飲み物を奢らせてほしい」
「別にそんなこと気にしなくていいよ」
「いや、でも……」
「いいって。それに、昨日高橋は私にストラップくれたじゃん。あれで十分だよ」
チャイムが鳴るまであと3分くらいだろう。ここから教室までは1分もかからないと考えて、あと2分時間を稼がなくては……。
「なら、純粋に赤井さんの好きな飲み物を教えて欲しいな」
「別に教えてもいいけど、この話は教室でも出来るでしょ。早く、教室に戻ろうよ」
ダメだ……赤井さんは教室で起きる悲劇を全く予測できていない。いっそのこと赤井さんに教室に潜む飢えた犬たちの危険性を伝えるか?
いや、でも赤井さんはもしかするとあの飢えた犬たちと仲良くなれるとまだ信じているのかもしれない。
だとすれば赤井さんは何て優しい人なのだろうか。自身と敵対している人々と分かりあおうとする姿はまさしく聖女だ。
そんな聖女のような赤井さんに人の汚い部分を突きつけることは僕にはできない。
真実を伝えずに赤井さんを引き留めなければいけない。
僕は覚悟を決めた。僕に出せるものを全て使って赤井さんを引き留める覚悟を。
「赤井さん。トイレに付いてきてくれないかな?」
「はあ?……頭、大丈夫?」
赤井さんは一歩後ずさった。
確かに、異性にトイレに付いてきてという男なんて変態か小さい子供しかいない。
「実は昨日の夜にトイレを舞台にしたホラー映画を見たんだ。それで、トイレが怖いから付いてきて欲しいなって……」
「なら、私じゃなくて男の友達に頼みなよ」
「くっ……もう、漏れる。赤井さん、お願いだ!僕のトイレに付き合ってくれ!!」
僕はお腹を押さえ、限界だとアピールする。
その様子を見た赤井さんは遂に観念した。
「あーもう!分かった!ほら、早くいくよ」
「あ、ありがとう……」
赤井さんは顔を赤くしながら、トイレに付き合ってくれた。
僕がトイレから出るころにはチャイムが鳴る直前になっており、僕は赤井さんを飢えた犬たち(クラスメイト)から守ることに成功した。
だが、これは長い長い一日の始まりに過ぎなかった。
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