第5話

 家の中でスマホに来ているメッセージを確認する。

 友達が少ない私は自分からメッセージを送ることはほとんどないのだが、今日は勇気を振り絞って一緒に遊んだ高橋にメッセージを送った。

 スマホには高橋から返信が来ていた。


 『僕も楽しかった』という短いメッセージと可愛い猫のスタンプだけだったけど、それが高橋らしくて胸の奥が温かくなった。


 高橋のメッセージに返信しようか迷っていると、通知が来た。


『赤井さん!今日の高橋君とのデート上手くいった?』

『もしかして告白までいった?』


 「赤井さん応援し隊」という名前のついたグループラインにはクラスの女子からの質問が来ていた。

 何故か分からないが、一学期の後半辺りからクラスメイトから高橋との仲を応援されるようになっていた。


『今日は連絡先を交換した』


 短く送った私のメッセージにグループ内は勝手に盛り上がっていった。


『えー!連絡先だけ!?』

『てか、連絡先まだだったん――なんでもないです』

『いや、逆に考えるんだ。確実に一歩前進したと』

『そうそう。俺っちも連絡先交換してから付き合うまではあっという間だったから余裕っしょ』

『ここは赤井さんと高橋君を応援するグループです。関係ない人の恋愛話はやめてください』

『ちょ、そんなんひどすぎっしょ。アドバイスじゃんかよ~。でも、俺っちの彼女はかなりチョロかったから参考にならないか~(笑)』


 春川が夏野をグループから退会させました


『え……?』

『退会させられてて草』

『てか、春野さんって夏野の彼女じゃ……』

『あんな男は無視して赤井さんの話に戻りましょう』

『ひえ……』

『夏野から助けてくれって来てるんだけど……』

『無視してください』

『いや、でも……』

『無視してください』

『はい』


 何か有益な情報が得られるかと思ったが、この調子だと今日のグループラインは大した情報を得られそうにない。

 まあ、普段から大したアドバイスをもらった記憶はないけど。

 今日だって、放課後に校門に行こうとした時クラスの皆から必要以上にエールを送られて恥ずかしい思いをした。


 今日は楽しかったな……。思えば、高橋とは高校一年からの付き合いだがまともに遊んだのはこれが初めてだった。


 私と高橋の関係性は高校一年の頃に始まった。


***


 高校一年生の頃の私は目立つ髪色とつり目気味の目から近寄りがたい雰囲気が出ていたらしい。

 人と話すことがあまり得意ではなかったこともあり、気付けばクラス内で孤立していた。


 それでも、孤立することはそこまで嫌ではなかったし、クラスの皆から無視されているわけでもなかったからそこまで気にしていなかった。


 でも、ある時から男子がよく話しかけるようになった。

 どうやら私の容姿は同世代の中でも良い方らしく、男子たちはそんな私の見た目に惹かれてか親切に接してくるようになった。

 孤立していたこともあり、親切にされることが純粋に嬉しかった私は出来るだけ丁寧に相手に接することを意識した。


 その結果、勘違いした男子たちに告白されるようになり、その告白を断り続けているうちに私に関するある噂が流れるようになった。


 それは「赤井双葉はビッチ、男を惑わして楽しんでいる、援助交際している」というものだった。

 その噂を流したのは私に嫉妬したクラスの女子たちだった。

 一度、流れた噂は急速に広まり、再び私は孤立した。孤立するだけならまだよかったが、その日から私はクラスの女子から嫌がらせを受けるようになった。


 クラス内では陰口をいわれ、時には下駄箱にちょっとしたゴミを入れられたり、悪口でいっぱいの手紙を送られたりした。

 これくらい平気、辛くないと自分に言い聞かせながら過ごしているとき、私は段ボールに入っている子猫を見つけた。


 よろしければ拾ってください。と書いてある段ボールの中にいる子猫は弱弱しく泣いていた。その弱弱しい姿がなんとなく今の私と重なって、私はその子猫の世話を始めた。


 世話を始めたと言っても、我が家では飼えないということだったので橋の下でこっそり子猫の世話をした。

 それが正しかったかどうかは分からないが、その子猫の世話をしているときだけが唯一私の心が安らぐ時間だった。


 子猫と出会ってから数日後、クラス内で席替えがあった。その時に隣の席になったのが高橋だった。


 高橋はいい意味で普通だった。

 普通に話しかけてきて、普通に挨拶してくる。

 休み時間は私は一人でただ私の悪口などを聞いている時間でしかなかったが、高橋が隣の席になってから高橋と話すことが多くなっていた。

 話しかけては来るものの、決して深く私の内情には踏み込もうとはしない高橋との距離感は心地よくて、気付けば高橋と会話している間は学校の中にいても心が安らぐ時間になっていた。


 でも、私に嫉妬している女子たちはそのことさえも気に入らないようだった。

 高橋が冴えない男子だったということもあったのだろう。私と高橋はクラス内でもトップカーストに位置する女子たちに目をつけられた。


「高橋さ~。最近、赤井と仲いいみたいだけど赤井のこと好きなの?」


 とうとうこの時が来たか。と思った。

 以前にも私に話しかけてくれる男子はいたが、女子たちのこの質問でその男子は徹底的にからかわれ、馬鹿にされ、私の下から離れていった。

 これで高橋との会話も終わりか。そう思っていると、高橋は何でもないように返事を返した。


「そうだよ」


 高橋の返事は私の予想とは違っていた。


「へぇ……まあ、赤井さん見た目だけはいいもんね。噂の件もあるし、お金払ったら高橋みたいな冴えないやつでもヤらせてもらえると思った?」

「え~何それ。高橋がっつきすぎじゃね?ちょーキモいんですけど」


 女子たちは先に高橋を潰しに来たみたいだった。

 私のせいで高橋が傷つけられていると思うと胸が痛かった。


「赤井さんは……僕の話を聞いてくれる。挨拶を返せば必ず返してくれる。おまけに家族思いだ」


 高橋は立ち上がって喋りだした。

 

「泣いている子どもに話しかけていた。捨て猫を橋の下で毎日世話をしていた。君らが馬鹿にして笑いものにしている赤井さんは凄く優しい人間だと僕は思う。噂が本当かどうかは分からない。でも、少なくとも僕は人の陰口や悪口で毎日盛り上がっている人たちより、赤井さんの方が好きだね」


 高橋は言い終わると席に座って昼ご飯を食べ始めた。


 クラスの皆が唖然としていた。

 中には苦虫を噛み潰したような顔をしている人たちもいた。


「はは……!キモ!どんだけ赤井さんのこと好きなの?そんなに赤井さんのこと知ってるとかストーカーなんじゃない!?」

「そ、そうだよね!高橋キモすぎなんですけどー!」


 それからもトップカーストの女子たちは高橋の悪口を言っていたけど、高橋はそんなこと気にすることなく昼ご飯を食べ、机に突っ伏して昼寝を開始していた。


 その日の放課後、私は帰り道を歩いている高橋に声を掛けた。


「高橋、その、今日はありがとう」

「別にいいよ」


 高橋は歩きながらそう言った。


「高橋さ……橋の下のやつとか見てたの?」

「あー、ごめん」


 高橋は気まずそうにそう答えた。

 その反応を見て本当に見られていたんだと分かり、少し恥ずかしかった。


「あのさ……あの子猫うちで飼っていいかな?」


 ふと、高橋がそう言った。


「いいよ」


「ありがとう」


 その後は二人で橋の下に行った。

 そこで子猫が高橋に懐いていたところを見て、高橋もこの子猫の様子を見に来ていたんだろうなと思った。


 その次の日から、クラスの人が少しずつ私に話しかけるようになった。そして、噂もいつの間にか収まっていた。

 後からクラスの人たちから、高橋が何やら動いてくれたという話を聞いた。だから、結果として私は高橋のおかげで普通の学校生活を送れるようになった。


 二年生になってからは、以前より高橋と話せなくなって寂しく感じるときも何度かあった。

 でも、高橋と隣の席になってまた話せるようになった。……なったんだけど、高橋の顔を見ると顔が熱くなってしまい以前の様に上手くしゃべれないのだ。


 そして、いつの間にかクラスで恋人がいないのは私と高橋だけになっていた。それからは毎日のように、「赤井さん応援し隊」を名乗るクラスメイトの恋人はいいぞという話を私と高橋は聞かされるようになった。

 「赤井さん応援し隊」曰く、これにより高橋は彼女が欲しくなる。そうなった時、真っ先に思いつく相手は他でもない同じ境遇の赤井さんだけだ。とのことだった。


 その作戦のせいか知らないが、私は高橋の「彼女、欲しい」という言葉を屋上で耳にした。

 チャンスだと思って、行動しようと思った時、高橋からデートに誘われた。


 もしかしたら告白もしてもらえるかもと思ったが、残念ながら連絡先の交換で終わってしまった。



 あの日、高橋は私のことを「好きだ」と言った。

 それが恋愛的な意味での好きではないということくらい分かっている。


 でも、私は高橋に恋愛的な意味で「好きだ」と言って欲しい。

 自分でもらしくないと思うが、助けてくれたあの日から私のことをちゃんと見てくれる高橋が私の運命の人だと思ってしまう。


 都合が良すぎると自分でも思う。

 でも、クラスで恋人がいないのが私と高橋だけになることが本当に偶然だろうか?

 私はこれを偶然だと思いたくない。


 私は、これが運命だと信じたい。

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