第4話

「ははははは!!……あー、おかしい。お前の妹、めっちゃいい友達持ってんな」

「いやーそれな。街中で妹見かけたと思ったらこんな面白いことになるなんてな」


 ……え?妹?


「い、妹って……どういうことですか?」


「あー、悪い悪い。俺は赤井一。そこで君の腕の中にいる女の子の兄だ」

「俺はこいつの友達。こいつが妹見つけたって言うからちょっと話しかけてただけなんだよ。ごめんな、紛らわしいことしちまって」


 どうやら僕は勘違いをしていたらしく、赤井さんに話しかけていたのは赤井さんの知り合いだったようだ。

 その後、赤井さんのお兄さんからは「今度、家に来いよ」というお誘いを受けた後、お別れした。


「高橋、そろそろ離れて……」


 赤井さんに言われて慌てて離れる。


 やらかしたぁ!!

 勘違いして赤井さんのお兄さんに失礼なこと言っちゃったし、赤井さんを無理矢理抱きしめちゃったし……赤井さん、怒ってるよな。


 恐る恐る赤井さんの顔を覗き込むとその顔は真っ赤に染まっていた。


 はい。終わりました。

 クラスの皆にからかわれる元凶となっただけでなく、兄妹の楽しい会話を邪魔し、セクハラをしてきた男。こんな男を誰が友達だと思うでしょうか?

 赤井さんのメンタルケアをしようとした僕が、誰よりも赤井さんのメンタルを不安定にしてました。ごめんなさい。


 赤井さんへの罪悪感でいっぱいになりながらも、僕は最後に赤井さんに購入したペアストラップを渡すことにした。


「本当にごめん。……後、これ。よかったら、赤井さんが一緒にいたい人と使ってほしい」


 本当なら、僕と赤井さんでずっ友になる予定だった。でも、ここまで赤井さんを怒らせた僕にそんなことを言う資格なんてない。


「え?これって……」


 これ以上、彼女を傷つけるわけには行かないと思った僕は、「じゃあね」と言って僕は赤井さんに背を向けた。


「待って!」


 だが、帰ろうとする僕を赤井さんは呼び止めた。

 その手には開封したペアストラップがあった。


「これ、私と高橋で使いたいな」


 顔を赤くしながら、赤井さんはペアストラップの片方を僕に差し出す。

 でも、それを僕が受け取ることはできない。

 きっと赤井さんは友達が少ないから、消去法で虐められ仲間の僕を友達として選んでくれたのだろう。

 でも、赤井さんを傷つけてしまった僕よりもいい人はたくさんいる。


「ごめん。僕にはそれを受け取る資格なんてないよ。それに、赤井さんならもっといい人がいっぱい――「高橋がいい」……」


「私は、高橋がいい」


 顔を少し赤らめながらも僕の目を見て赤井さんははっきりとそう言った。


 嬉しかった。こんな僕を選んでくれることが。

 でも、赤井さんを傷つけた僕が本当に赤井さんのずっ友でいていいのかという不安はそれ以上だった。


「罰ゲーム」


 俯いて何も言えずにいる僕に、赤井さんから救いの手が差し伸べられる。


「高橋がこれを受け取るのが罰ゲーム。何を気にしてるのか分かんないけど、私は高橋がいい」


「本当に……僕でいいの?」


「高橋じゃなきゃ嫌だ。言ってくれたじゃん。私を幸せにするって……なら、最後まで隣で見ててよ」


 こみあげてくるものを必死に抑え込み、赤井さんが差し出してきたストラップを受け取る。


「ありがとう。僕、赤井さんに相応しい男になれるように頑張るよ」

「うん。だから、これからもよろしく」


 夕日に照らされた赤井さんの笑顔は凄く可愛かった。


 そ、そうだ……!一度は頓挫した「うちら、ずっ友だよ!」作戦だが、この雰囲気ならいける!


「赤井さん!」

「はい」


 意を決して、赤井さんに声をかける。赤井さんもどこか緊張した面持ちだった。


「僕ら、ずっ友だよ!」

「私も……は?」


 こ、怖い……。

 何故か分からないが、さっきまでの笑顔が嘘のように赤井さんは不機嫌になってしまった。


「赤井さん……やっぱり、このペアストラップ僕とじゃない方が――「だめ」はい」


 僕の積み上げてきた悪行に怒っているのかと思ったが、そういうわけでもないようだし、お手上げ状態だった。

 帰り道を二人で並んで歩く。


「それじゃ、私の家この辺りだから」

「そっか。それじゃ、またね」


 別れの言葉を告げたが、赤井さんはその場から動こうとしなかった。

 何でだろう?と首をかしげていると、赤井さんはため息をついてから携帯を取り出した。


「連絡先」

「え?」

「連絡先交換しよ。また、遊びに行きたいし」

「うん。いいよ」


 

 連絡先を交換し、「またね」と告げて、僕と赤井さんはお別れした。

 帰り道、一人で歩いているときに今日の赤井さんと過ごした時間を思い返す。


 ボウリングを楽しむ赤井さん、アクセサリーや小物を見て目を輝かせている赤井さん、少し恥ずかしそうにしている赤井さん、そして、最後に僕に笑顔を見せてくれた赤井さん。


 その全てが可愛くて、思い返すだけで顔が熱くなっていく感覚があった。


「あー、やばい。恋人欲しいかも……」


 小さく呟いた後にすぐ首を振る。

 僕は赤井さんの戦友として赤井さんに友達との幸せを提供しなくてはならない。

 それに、赤井さんと僕じゃあまりに釣り合わない。


 でも、クラスで恋人がいないのは僕と赤井さんだけというのは本当に偶然なのだろうか。

 もし、物語のように恋人のいない僕と赤井さんが互いに意識しあい、恋人になればそれはきっと必然で……。


「運命だったりするのかな」


「何いってんの?中二病?夜空を見上げて運命~とかキモいからやめた方がいいよ」


 振り向くとそこには髪を横で束ねた近所の中学校の制服を着た女子が立っていた。てか、妹だった。


「そうだとしてもキモいとか言わないで欲しいな」

「いや、言わなきゃお兄ちゃん治んないじゃん。お兄ちゃんが高校生にもなって中二病とか恥ずかしいから本当にやめてよね」


 ぐうの音もでないとはまさしくこのことだろう。

 急にさっきまで考えていたことが恥ずかしくなってきた。


 そうだ。僕と赤井さんに恋人がいないのは本当にたまたまなのだ。それを運命だと勘違いして赤井さんに告白しフラれるところだった。


「ありがとう。妹よ。やっぱり、お前は僕にとって欠かせない存在だよ」

「あー、はいはい。シスコン乙。そんなことより、私部活で疲れたから甘いもの食べたいな」

「仕方ないなぁ。じゃあ、そこのコンビニ寄って帰ろう」

「ありがとう!お兄ちゃん大好き」


 「僕も大好きだ」と言おうとした時には既に妹は僕を無視してコンビニに向かっていた。

 ため息を吐きながら、僕も妹に続きコンビニに向かおうとした時、僕のスマホがピコンという音を鳴らした。

 スマホを見ると、赤井さんからのメッセージが送られてきていた。


『今日はありがとう 楽しかった』


 という簡単なメッセージの後ろには可愛い猫のスタンプがあった。


 すぐに『こちらこそありがとう。凄く楽しかった』というメッセージと太った猫のスタンプを送る。


 簡単なやり取りではあったが、凄く嬉しかった。

 今日で僕は赤井さんを何度も怒らせてしまったと思うが、赤井さんはそれを許し、更には楽しかったと言ってくれた。

 こんなにも素敵な赤井さんが幸せになれるようこれからも頑張っていこうと思えた。


「お兄ちゃん!早く来てよ」


 妹に呼ばれ、僕は急いでコンビニへ向かった。

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