第3話

 互いに5フレームまで終わった。

 驚くべきことに赤井さんはここまで全てストライクを取り続けていた。


「高橋、大丈夫?このままじゃ私に負けちゃうんじゃない?」

「ぐ……い、いや勝負はこれからだから!」


 現時点でまだ僕はストライクを一度も取れていない。苦しすぎる。

 気合を入れて6フレーム目に挑む。

 しかし、結果は一投目と二投目合わせて8ピンしか倒せなかった。


「ふふ。この調子なら私の勝ちだね」


 軽く微笑みながら赤井さんは玉を選んでいる。

 楽しそうにボウリングをしている赤井さんは凄く綺麗で、どうして恋人がいないのか不思議になるくらいだった。


「本当、可愛いよなぁ……」


「へ!?」


 可笑しな声を上げた赤井さんが投じた玉は変な方向に飛んで行ってしまった。


「さ、さっき何て……?」


 赤井さんがこちらを振り向いてくる。その笑顔はさっきの自然さとはかけ離れたぎこちないものだった。


 しまった。自然に楽しんでいた赤井さんに可愛いなどと言ってしまっては、必要以上に男女という性別の違いを意識させることになってしまう。

 僕は赤井さんの友達としてここに来ているのだ。

 今日の僕は赤井さんに男であることを意識させてはいけなかった。


「なんでもないよ!ほらほら、次の玉を投げなよ!」

「そ、そう……?なら、いいんだけど」


 だが、男女の違いを不意に意識してしまった僕はあることに気付いた。

 

 スカートの中が見えそう……。


 赤井さんはかなり綺麗なフォームかつダイナミックなフォームで玉を投げている。

 更に、ミニスカートであるため玉を投げる瞬間スカートの中が見えそうになるのだ。


 その時、邪な視線を感じ、後ろを振り向くと数人の男がボーっと赤井さんのことを見ていた。


 これはよくない!!


「赤井さん!」

「え!?」


 赤井さんが玉を投げる瞬間に声を掛ける。

 僕の声に驚いた赤井さんは玉を床に落としてしまった。


「ちょっと、なんのつもり?」


 不機嫌そうな赤井さんにスカートの中が見えそうということを伝える。

 すると赤井さんは顔を真っ赤にしてスカートを抑えた。



 そこから赤井さんはスカートを気にしすぎたせいか、どんどんスコアを落としていった。

 だが、僕もボウリングに集中することができずスコアはいまいち伸びなかった。


~・~・~・


「と、とりあえず、勝負は私の勝ちね」


 結局、序盤の差を埋めきることは出来ず、僕は赤井さんに敗北してしまった。


「そうだね。それで罰ゲームは?」

「私の言うことを一つ聞くっていうのは?」

「まあ、僕に叶えられることならいいよ」


 赤井さんは僕の言葉を聞くと嬉しそうに微笑んだ。

 本当、赤井さんに彼氏がいないことが不思議でしょうがない。


「じゃあ、そろそろ帰ろっか」


 時計を見ればそろそろ日が沈む時間帯だった。


「そうだね」


 終盤は男女の違いを嫌でも意識させられてしまったが、赤井さんも楽しんでくれたと思うし作戦の結果としては中々良かったと思う。


 後は帰るだけ……と赤井さんは思っているだろうが、もう一つ作戦を仕掛ける。


 その作戦こそ「うちら、ずっ友だよ!」作戦である。

 この作戦はお揃いのキーホルダーを買って、うちら、ずっ友だよ!と二人で言うという作戦だ。

 僕は数々のアニメ、漫画を見て友情は恋愛を超越するということを学んだ。

 今の赤井さんに必要なのは恋愛を超越した友情である。そして、そのためにはやはりお揃いのキーホルダーは欠かせないのだ。


 キーホルダーを手にした赤井さんは感動するだろう。

 そして、『高橋がいるなら、まだ無理に恋人を作る必要はないかな』と思うのだ。


 完璧だ。あまりに完璧すぎて笑いが止まらない。

 ふーはっはっはっはっは!!


「急に笑わないでよ。ちょっとキモいよ」


 心が折れそうになった。


「ははは……あ、ちょっとあの店よらない?」


 僕が指さしたのはクラスの女子の間で話題となっているお店だった。

 小物やアクセサリーを取り扱っているその店には女子学生がたくさんいて、入った瞬間出たくなった。


「高橋、こういう店好きなの?」

「ま、まあね」


 全く好きじゃない。さっきから女子の視線が僕を突き差している。

 だが、作戦のためなら女子の視線なんて……!!



 たった数分、店の商品を見て回っている赤井さんを待つ時間が永遠の様にも感じられた。

 だが、苦しみを耐え抜いた意味はあった。


 店を出て十数歩程度歩いてから、僕は赤井さんに「忘れ物をした」と伝え、お店に戻っていった。


 赤井さんが手に取って見つめていたある商品を購入する。

 その商品はペアストラップだったため、僕の作戦にもぴったりだった。


 すぐに店を出て、赤井さんの下へ向かう。


 僕はすっかり忘れていた。

 赤井さんという女の子が腹を空かせたハイエナ共にとってどれだけ魅力的な存在かを。


 結論から言えば、赤井さんは知らない男二人に挟まれていた。

 その瞬間、僕の高度な頭脳は最悪な状況を割り出した。


<主人公の回想>


『いーじゃん、一人なんでしょ?俺らと遊ぼうよ』


『連れを待っているので』


『何その連れって?彼氏とか?』


『それは違うけど……』


『じゃあ、いーじゃん!そんな連れ放って俺らと楽しもうよ?なんなら、俺らが君の彼氏になってあげるよー』


『え?彼氏になってくれるんですか?』


『もちろん!じゃあ、こっちおいで』


『で、でも友達が……』


『はあ……君さ、友達の方が大事って言っちゃう系の女子?言っとくけど、それって恋人いない人の負け惜しみだよ?恋人いない人はこの世の敗北者。今、君は勝利者になれるチャンスがある。なのに敗北者でいいの?まあ、別にいいけどさ……負け犬ちゃん』


『……っ。……してください」


『ん?何て?小さくて声聞こえないんだけど?』


『私を勝利者にしてください!!』


『やーだ!君には敗北がお似合いだよ。ま・け・い・ぬ・ちゃん。それに、俺はもう彼女が5人いるしね。顔もスタイルも君より上。今更、道端の犬拾う意味とかないんだわ。はははは!!』


『じゃ、じゃあ……そっちのあなたなら!』


『ごめん、俺女に興味ないんだよねー。でも、情けなく男に縋りつく女って無様だね。クスクス』


『……そんな。……うぅ。恋人が欲しいよぉ』


(赤井さんがその場に崩れ落ち泣き出す)


<回想終わり>


 顔が急速に青ざめていく。

 このままじゃ、赤井さんは男性不信、いや、人間不信になるかもしれない。


 その原因は僕だ。僕が少し目を離してしまったせいで、赤井さんはあの発情期のハイエナに襲われることになり、そして傷つけられることになった。

 一度、失敗してしまったことも忘れ再び僕は赤井さんを傷つけてしまった。


 まだ間に合うだろうか?

 赤井さんの様子を見るに、まだ崩れ落ちていない。なら、間にあうはずだ。


 僕は赤井さんの下へ走り出した。


「赤井さん!!」

「高橋?どうしたの、そんな必死の形相で……きゃあ!?」


 赤井さんをハイエナから隠すように抱きしめる。


「赤井さんに何の用ですか?」


 ハイエナを睨みつける。

 最初は戸惑っていた様子を見せていたが、ハイエナは嫌らしい笑みを浮かべるとその本性を表した。


「君こそ何なの?俺たちはその娘と楽しくお喋りしてたんだけど?」

「僕は赤井さんの友達です」

「友達?なら、どいてくんない?こっちは彼女に大切な話があるの。これからの俺と彼女の人生についてのね」


 やはり、こいつらは赤井さんを付け狙うハイエナだったようだ。

 街中でナンパするような輩に赤井さんは任せられない。


「赤井さんは僕にとってかけがえのない存在です。そんな赤井さんをあなたたちのようなナンパ野郎に任せられません」

「あぅ……」


 僕の腕の中にいた赤井さんが静かになった。どうかしたのだろうか?


 僕の言葉を聞くと、ハイエナたちは顔を上げ笑い出した。

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