第2話
昼以降は僕らへのいじめは完全になりを潜めていた。おかげでゆっくりと赤井さんメンタルケア計画を練ることが出来た。
「赤井さん。先に外行って待ってるね」
「う、うん」
赤井さんに声を掛け、僕は素早く校門に向かった。
だが、僕はここでもっとよく考えるべきだった。
クラスに一人残された獲物をハイエナどもが見逃すはずがなかったのだ。
「赤井さ……ん?」
校門に向かってくる赤井さんの様子が何だか可笑しい。
顔を伏せてこっちに来ているため、表情は分からないが、その顔色は真っ赤になっている。
「赤井さん!まさか、皆に何かされたの!?」
「な、なんでもない!」
クラスメイトにされたことを思い出したのか、赤井さんは更に顔を赤くして首を横に振った。
「それより早くいこ!」
赤井さんの反応からして何かあったことは間違いないのだろうが、追及する前に赤井さんは僕の手を引いて学校から離れていった。
~・~・~・~・
「赤井さん……もし「た、高橋は休日は普段何してんの?」……ああ、休日は家でのんびりしていることが多いかな」
「そうなんだ」
「それより、さっきのことなん「じゃ、じゃあ!今度、一緒に遊び行かない?」……え?あ、うん。いいよ」
さっきから僕は何とかして赤井さんから僕がいなくなった後に何があったのか聞こうとしているが、赤井さんは何度もそれを遮ってきた。
もしかすると、赤井さんにとってクラスで起きたこと思い出したくないほど辛いことなのかもしれない……。
ならば、ここは僕なりにクラスで起きたことを考えてみよう。
<主人公の回想>
『赤井さん。俺らはこれから恋人とデートなんだよね~。それで?赤井さんは放課後は何するの?』
『私は……『おいおい、聞いてやんなよ!恋人とデートの俺たちと違って赤井さんは付き合ってもいない男とお出かけに行くんだぜ』……』
『え~?付き合ってもいない人とお出かけ行くの?それって遊びってやつ?赤井さんそこに愛あるの~?』
『あるわけないじゃん!だって!……恋人じゃないんだから!!プークスクス』
『え~?愛のない青春なんて私なら絶対無理~。てか、赤井さんと出かけに行く男も可哀そうだよね~。だって、赤井さんに弄ばれてるってことでしょ?』
『違う違う。今回のお出かけって誘ったの男の方かららしいよ。だ・か・ら、弄ばれてるのは赤井さんで~す!!キャハハハ!!』
『じゃあ、遊ばれてることにも気付かずに浮かれて遊びに行こうとしてるってこと?何それ、まじ滑稽~!プププ!』
『『『愛!ない!愛!ない!恋人い!ない!付き合え!ない!フゥー!!!』』』
『……っ!!』
(目に涙を浮かべた赤井さんがクラスを飛び出す)
<回想終わり>
急速に僕の顔が青ざめていく。
なんてことだ……赤井さんが苦しめられることになった元凶は僕じゃないか……。
真相を確かめるべく、赤井さんに声を掛けようとして……やめた。
ちょっと待て……。もし、これが本当だったら確かにこの一件は赤井さんにとって思い出したくない出来事になる。
それを今回の事件の元凶である僕がほじくり返すことができようか?いや、できない……!!
むしろ、赤井さんは今回の一件で僕に怒りをぶつけてもいいくらいだ。それなのに、彼女はこうして何も言わずに僕に付き合ってくれている。
「高橋!顔青いよ!?大丈夫?」
おまけに僕のことを心配してくれるなんて……なんていい人なんだ。
思わず、僕の目からは涙が流れていた。
「え!?ちょっと、どうしたの?本当に大丈夫……?」
心配そうに僕の顔を覗き込む赤井さんに「大丈夫」と伝える。
それと同時に、僕の心に強い使命感が芽生えた。
「赤井さん……!僕、必ず君を幸せにするから……!!」
「え!?あ……は!?」
「もしかすると、僕を信用できないかもしれない。でも、必ず……必ず君が幸せだって胸を張ってクラスメイトに自慢できるようにするから!」
「あ……う……は、はぃ……」
顔を真っ赤にしながらも赤井さんは頷いてくれた。
赤井さんを幸せにしてみせる。恋人の有無が幸せかどうかに必ずしも繋がるわけではないことをあの醜い万年発情期共に見せつけてやる……!!
「じゃあ、赤井さんついてきて!」
「あ……」
赤井さんの手を掴み、僕は当初の予定通り赤井さんメンタルケア計画を開始するのだった。
~・~・~・~・
僕らが来たのはカラオケ、ボウリング、卓球などなど様々な遊びが出来る大型アミューズメント施設だ。
ここで実行するのは、「恋人よりも友達と遊ぶ方が楽しくね?」作戦である。
恋人といるとなんだかんだ気を遣っちゃうけど、友達には気を遣わなくて楽という言葉を僕は中学生の頃に聞いたことがある。
つまり、赤井さんに対して恋人よりも友達と遊ぶ方が楽しいと思わせることで、赤井さんのメンタルケアを図ろうという作戦である。
「よし!それじゃ、まずはボウリングをしよう!!」
「う、うん」
平日でありながらも、放課後であるせいか、ボウリング場には多くの学生がいた。
「私、ボウリング初めてかも……」
「そうなの?赤井さん可愛いし、優しいから友達とか彼……いや、友達とかと来てるかと思ってたよ」
危ない危ない……赤井さんは彼氏がいなくて苦しんでいることを忘れていた。
「何で友達って二回言ったの?……まあ、2年になって最初の頃に誘われたことはあるんだけどね」
赤井さんが遊びに誘われていたとは知らなかった。
だが、クラス内に美少女がいれば仲良くしようとすることは普通の流れなのかもしれない。
「じゃあ、なんで遊びに行かなかったの?」
「それは、高橋が……」
「僕が?」
僕が何かしたのだろうか?
2年になって最初の頃といえば僕は仕事が忙しかった両親の代わりに家事を手伝っていたから早く家に帰ることが多かった。
だから、遊びに誘われても行けなくてクラスにはあまり溶け込めていなかったんだけど……。
「な、なんでもない!」
顔を赤くして赤井さんはボウリングの玉を取りに行った。
怒らせてしまっただろうか?
もしかして、四月頃の僕は知らず知らずのうちに彼女を傷つけてしまっていたのかもしれない。
とりあえず、後で謝ろう。そして、お詫びとして赤井さんのメンタルケアに尽力しよう。
決意を固め、僕も玉を選びに行った。
「それじゃ、僕から先に投げるね」
基本に忠実なフォームで玉を投げる。ストライクは取れなかったが、8ピン倒すことができた。
久々にしては中々いい結果な気がする。
「意外と上手いね。じゃあ、次は私の番ね」
「初めてなんだよね?投げ方とか簡単に教えようか?」
僕の申し出に首を横に振って、赤井さんは玉を投じた。
初めてとは思えないほどきれいなフォームから放たれた玉はピンを一つ残らず倒した。
「やった!」
ストライクを取った赤井さんは嬉しそうに胸の前で小さくガッツポーズしていた。
「ねえ……折角だし、勝負しない?」
赤井さんは挑戦的な笑みで僕を見ている。
あれだけ綺麗なフォーム……正直、危険だ。勝負となる以上、全力でやることは当たり前である。だが、全力でやった結果初心者に負けるというのはあまりに僕の精神的ダメージが大きい。
「いや、今回は赤井さんも初めてだし純粋に楽しもう――「負けるのが怖いんだ?」……」
「初心者に負けるのが怖いんだ?」
落ち着け。これは赤井さんの挑発だ。
冷静に考えるんだ。僕は経験者、赤井さんは初心者。だが、フォームは赤井さんの方が綺麗。
ん?別に問題ないんじゃないか?
フォームが綺麗で一投目がストライクだったというだけで僕は赤井さんを恐れすぎではないのだろうか?
所詮、赤井さんは初心者。ボウリング歴三回の僕にはどうあがいても経験で勝ることはない。それに、一投目がストライクだったとはいえたまたまの可能性が高い。
つまり、僕が赤井さんに負けるわけがない。
それに、挑発されて黙ったままでいては男が廃る。
「そこまで言うならいいよ」
「じゃあ、負けたら罰ゲームね」
「なっ!?」
「どうしたの?もしかしてビビってる?」
やるじゃないか、赤井さん。
罰ゲームという言葉で僕を揺さぶる。遊び慣れている人たちが使う高等技術だ。
だが、僕にそんな技は通用しない。
「構わないよ。じゃあ、やろうか」
こうして、僕と赤井さんの運命を掛けたゲームが始まった。
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