完 ダイエットは続く⁉

 激闘が終わって、キャスレイエットに帰還する。


 夕飯の準備は、済んでいた。誰も箸をつけずに、セリスたちの帰りを待っていたのだ。


「はやく食おうぜ。こちとら酒を飲まずに待っていたんだぜ」

 せっかちなドミニクが、ライカを急かす。


「お待ちください。二人が着替え終わるまでです」


 ライカが行った直後、着替え終えたセリスとテトが戻ってきた。


 ふたりとも、パーティのときに来ていたドレスに身を包んでいる。


「やはり、よくお似合いです」

 二人が席についたのを確認し、ライカは鍋のフタを開けた。


 湯気と共に、食欲をそそる香りが溢れ出す。湯気が晴れると、情熱的な赤い色が飛び込んできて、食欲をそそる。


「ブイヤベース風の海鮮鍋です。シメに飯も放り込んで、リゾットにします」


「うわぁ」と、言葉にならないため息が、口々に漏れ出した。


「では、いただきます」

 ライカの言葉で、全員が箸を伸ばす。


 熱々の具を、セリスはハフハフ言いながら夢中でかき込む。


 トマトの中で魚介と鶏がいいダシを出している。

 確実にうまいはず。

 事実、その場にいる全員が揃って箸を止めず、一心不乱に自分の分を取り分けていた。


 臨月のミチルには、旦那が皿へ注いであげている。


 鍋を囲んで、思い思いに談笑が始まった。


 雷漸拳秘伝のダシは、この笑顔だ。

 この笑顔なくして、鍋は語れない。


 固かったテトの態度も、ようやく軟化した。

 ずっと我慢していたエールで喉を潤す。

 厳密にはアルコールの入ってないただの苦い飲み物だが、それでも待ち焦がれていた苦みだったのだろう。


 実に絵になる表情で飲み干す。

 いつもの調子が戻ってきたようだ。


 具の入れ替えも二度目にさしかかった頃、テトがライカに近づいて、頭を下げる。

「ライカ殿、今日は感謝する」


「ボクは、何もしていませんよ」

 

 そうだ。ライカは何もしていない。

 全部、自力で解決したのだ。

 それでいいじゃないか。


 シメには米を入れてリゾットを振る舞い、鍋の中味はキレイになくなった。


 どれくらいの時間が経っただろう。酒を飲んでいた組は、酒も気持ちよく回ったのか、ソファで突っ伏している。


 デザート片手に、ライカはセリスの姿を探す。


 セリスは一人、バルコニーにあるテーブル席で涼んでいるようだ。


 バルコニーでセリスと二人きりとなり、デザートを差し出した。


「お待たせしました。手作りのチョコレートケーキです」

 一際、セリスの瞳が輝きを増す。

 遠慮のないフォークが、チョコレートの壁を崩した。


「ありがとうございます。わたし、幸せです」


 カフェオレとチョコケーキを堪能して、セリスは満面の笑みを浮かべる。


 こうして、賑やかな夜が更けていった。


 二人はもう、ダイエットをする心配はない。


「わたし、聖女としての勤めを果たしたでしょうか?」

「十分すぎるくらいです。あなたは見事に武具を着こなし、こうして世界も救えた。あなたにしか、できなかったんですよ」

「わたし、ライカさんと出会えて、幸せです」


 セリスの言葉は、僅かに熱を帯びていた。

 言霊というのだろうか、特別なプラーナが籠もっている。


 それがどういう意味を持つか分からないほど、ライカは鈍くない。


「……ライカさん、これからもずっと」

「そこまでです」


 ライカは、セリスのセリフを遮った。


「あなたは務めを果たした。ボクは、故郷に帰ろうかと思います」

 セリスが、少し寂しそうな顔になる。


「ボクは、あくまでも客人です。いつまでも居座るわけには」

「ライカさんは、ここにいていいんですよ」

「セリスさん」

「だって、ライカさんはわたしのお友達じゃないですか」


 まるで太陽みたいな人だ。

 聖女であることも頷ける。

 けれど、それ以上に彼女は誰よりも人間らしい。


 ああ、だからこの人に惹かれたんだな、と、ライカは感じた。


「テトさんだって、ずっとここで働けることになったんです。ライカさんも、この地でずっと修業なさってもいいんです」


「ありがとうセリスさん」


 ライカとセリスが話していると、ドミニクが呼びに来る。

「おーい! ミチル嬢が産気づいたって!」


 ミチル出産の報を聞き、ライカはウーイックの治療院へ。





 あれから、武具は元の場所へ封印された。


 二つのビキニアーマーは、仲良く揃って像に掛けられている。


 自然界の力が元に戻った以上、もう必要はないかもしれない。

 魔王のプラーナにあてられても、魔物が暴れ出す予兆もなかった。

 ウーイックのプラーナが安定した今、もう二度と封印が解かれることはないだろう。


 セリスとテトのダイエットは、これで終わったかに思えた。


 しかし、終わってなどいない。むしろ、これからが始まりだったのである。


「はひ、はひ」

「えっほ、えっほ」


 屋敷の外れにある広場にて、競歩で争う影二つ。

 お互いにブルマー姿の二人は、競い合うようにウォーキングで汗を流す。


「負けないのだ」と、テトがセリスを追い抜く。


「わわ、わたしだって負けないです!」


 セリスが、テトを抜き返す。


 実をいうと、セリスとテトの両名は、少し体重が戻った。


 ライカの心遣いもあったが、緊張の糸が切れたかのように、すっかり二人は自堕落になってしまったらしい。


 今はそれでいいと思っていた。

 あれだけの激闘を繰り広げたのだ。

 誰が彼女たちを責められるというのか。


 しかし、またダイエットの依頼を受けるとは予想外だった。

 もう終わりだと思っていたが。


「お二人とも、もう世界を憂う必要はありません。世界は自力で傷を癒し、また命が芽吹くことでしょう。だから、お二方がやせる必要はないのです。太ってしまったって、いいじゃないですか」


 ライカは二人に告げる。


 事実、雷漸拳のレクチャーがまだ活かされていて、リバウンドといっても大した増加は見られない。一ヶ月くらいで武具を装着できるくらいには戻るだろう。


「違うのだ。これは女同士のプライドの戦いであって」

「そうなんです! 理屈じゃないんです!」


 二人からすると、どうも事情が違うようだ。

 何らかの目的があって、独自にダイエットを開始したのである。


 それだけでは不安だというので、ライカに申し出てきたのだ。


「というわけで、今後もご指導お願いします」


 セリスたちにダイエットの指導を再び頼まれたときは、何事かと思った。


 自分はもう、お役御免だと思っていたのに。


「いったい、何なんでしょうね」


 赤ん坊を抱きかかえるミチルに、尋ねてみる。


「バカね、あんたとまだ一緒にいたいからに決まってるでしょ」


 面と向かって言われて、ライカは赤面しながら息を詰まらせた。


「ちょっと、そんな冗談は。ボクはそこまで、有用な人間ではありませんよ」


 セリスもテトも、ライカの力など借りなくてもいいだろうに。

 自力でダイエットできる方法は、すべて伝授したはずだ。あとは体調管理くらいだろう。


「それは、あんたが決めることじゃないわ。あんたがそう思ってても、二人にとってあんたは頼れる人だわ」


 ミチルの言葉を受けて、ライカは混乱した。

 何なんだろう?

 自分はただの修行僧で、そこまで二人に好意を持たれる理由なんてあっただろうか。


 セリスとテトはこちらに視線を送って、また加速する。


「張り切るのだセリス様。でないと、あのドレスを着るのは私になるぞ」

 テトがセリスを追い抜く。


「わたしですっ! ライカさんと社交界で踊るのは、わ、わたしですぅ!」

 セリスが抜き返す。


 互いに追い越し追い越されながら、二人が言い争っている。


 グラウンドの中央には、高級なドレスが。

 二人のうち、どちらかやせた方が着る予定だ。


 二人がどうしてこれを着ようと争っているのか、ライカには分からない。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝説の武具のサイズが合いません⁉ 魔王復活までに、聖女をダイエットさせろ! 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ