決着!

「そこだ!」

 セリスは一気に攻め立てようとする。


 しかし、それがいけなかった。


「甘い!」

 テトの心を奪い去るように、魔王が息を吹き返す。

 魔王の剣がセリスの肩を舐め取る。


 肩にプラーナを噴き出し、セリスは膝を突く。

 プラーナを抑え込まざるを得ない。

 肩からのプラーナ放出は防げた。

 たが、消費を少しでも抑えたい状況でこれはまずい。


「テトの心を取り戻そうと打って出たようだが、その行為が殺気を呼んだ」


 どうすればいい。どうすれば、テトを呼び戻せる?


 とはいえ、魔王の精神も擦り切れている頃だろう。

 先ほどの攻撃で、セリスを殺そうと思えば殺せたはずなのだ。

 それなのに、力が入りきっていなかった。


 セリスだって同じである。プラーナの消耗も著しい。

 

 これが最後の一撃だ。あと一撃で、全てが決まる。


 プラーナの消費量で言えば、セリスの方が激しい。


「ライカさん、すぐ終わらせますから、待っていて下さい」


「何を抜かすかぁ!」

 ベルナテットが、紫に輝く剣を振り下ろす。


 考えろセリス。今までの修行を思い出せ。

 雷漸拳を信じろ。信じるんだ。


 今のベルナテットは雷漸拳を捨てた状態。

 心を預け切れていない。

 セリスとベルナテットの違いは、そこだけだ。


 自分は、雷漸拳に心を委ねる。


 走馬燈のように、修行に明け暮れた日々を思い出す。


 雷漸拳は、ただの拳法ではなく、ダイエットのための道具でもない。雷漸拳は守りの型だ。そこに活路があるはず。


 もっと思い出せ。まだ何かある。

 

 

 かつて、ライカはルドン卿をどうやって倒した?

 あの剣豪を一撃で倒した技は何だったか?


 

 セリスが刹那の刻を、一撃に賭けた。


 ぬるり、と身体が動く。

 まるで自分ではないみたいに。

 自分が何をすべきかは、武具が教えてくれる。


 気がつけば、斬撃を受け流していた。

 ゼロ距離で回避し、剣の軌道を逸らす。剣を犠牲にして。


「武器を失ったお主など、妾の敵では」

「それはどうでしょう?」


 プラーナの総量で劣っているなら、これしかない。

 セリスはそう思った。




電光パンチフングル・プヌグス!」

 セリスは、テトのみぞおちにカウンターパンチを見舞う。




 それが最初に教わった打撃だ。



「なあ⁉」

 今までのセリスではありえない動きに、魔王が戦慄する。


 ダイエット一ヶ月前、手すりを拭くように手を動かして、打ち込んだのを思い出す。

 その時は自分も、雷漸拳を信じ切れていなかった。

 今は違う。雷漸拳が自分を導いてくれている。


 セリスは両手を交差させた。

 かつて、ルドン卿を倒したライカのように。

 自分とライカをシンクロさせた。


 雷漸拳は守りの型だ。そして攻撃は最大の防御なり。


「無駄だ。打撃は魔王武具によって吸収され――」



「ぬん!」

 体内にある全てのプラーナを、一気に魔王の中へと注ぎ込んだ。



 ドスン、という激しい轟音が鳴り響く。


 魔王の身体が、プラーナの放出によって弾き飛ばされる。

 派手にテーブルへと突っ込んだ。


 体内のプラーナに直接作用する雷漸拳に、ヨロイは無意味。


「ハア、ハア、ハア……」


 セリスは息を荒くした。

 もう一滴のプラーナも残っていない。

 手の感覚もマヒしている。

 全身に力が入らない。

 指がブルブルと震えている。


「まだ、だ!」

 魔王が、ガレキの中から這い出てきた。

「我に打撃を打ち込んだ程度で、いい気になるでないわ!」

 セリスを指差し、魔王ベルナテット怒号を上げる。


 反撃をしようにも、セリスはもう力を使い果たしていた。

 このままでは。


「もう大丈夫です、セリスさん」

「うむ。見事なり聖女殿」


 隣に、ライカとカメリエが駆けつける。


「ここまで来てまだ立ち上がるとは、魔王もしぶといのう!」


「いえ、勝負ありです」

 だが、ライカは余裕の表情を浮かべた。


「バカな⁉ 妾はまだダメージらしいダメージなんぞ負って……な、なんだこれは!?」

 魔王の身体に、異変が起き始める。

 武具が維持し切れていない。

 今にも金具が外れようとしている。


「ああっ!」


 とうとう、武具のパーツが飛び散った。


 武具から解放されたテトが、糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちる。


「ほれっ!」


 魔法による体移動で、カメリエがテトの身体をふわりと抱きかかえた。


『バカな。まさか、武具の拘束が解けるとは』

 魔王武具そのものが、言葉を発する。


「雷漸拳は、体内に直接作用する技を持っています。セリスさんに潜む聖女としてのプラーナが、あなたのプラーナに直接ダメージを与えたことによって、あなたは力を保持できなくなったのです」


 プラーナの流れを変えて、邪悪なプラーナだけを放出したのだ。


 テトが雷漸拳を習っていたから、為せる技である。


『なら、今度は聖女の身体をいただくとしよう!』



 魔王武具の次なる標的は、セリスのようだ。



「やらせません!」

 意識を集中させ、再び剣から刀身を生み出す。

 セリスの剣が、魔王の武具を斬りつけた。


 テトから離れた以上、もう容赦はしない。


『ぬうわあああああっ!』


 切り裂かれた箇所から、黒いプラーナが溢れ出した。

 魔王武具が、勢いを失っていく。


 武具は、プラーナの結晶体だ。

 同じプラーナ同士によって攻撃できる。


 やがて、武具は全てのプラーナを吐き出した。

 単なる布きれと化して、魔王武具は床に落ちる。


 魔王城からプラーナが放たれた。


 氷漬けのようになっていた極寒のウーイックに、プラーナが降り注ぐ。

 魔王が吸い上げていたエネルギーが、土地や魔物たちへと戻っていった。


 ずっと感じていた寒気も収まる。


「勝った……?」


 布に近づいていくが、魔王武具は反応を見せない。


「はい。セリスさんの勝利です」


 ライカの言葉を受け、セリスは剣を落とした。

 全身の力が抜け、倒れ込む。


 とっさに、ライカがセリスを支えてくれた。


「見て下さい」

 ライカに促され、外を見る。


 まだ完全とは言わないが、ウーイックに緑が戻ったように思えた。


 魔王の暴走が収まったのだ。

 これでもう、魔王領は安心できるだろう。


「わたし、勝ったんですね」

「はい。テトさんも無事です。あなたは見事、魔王を撃ち倒したのです」


 ライカの腕に抱かれながら、ようやくセリスは勝利を確信する。


「あの、セリス様」

「テトさん! 気がついたんですね?」


 カメリエの手の中で、テトが目を覚ます。


「セリスお嬢様、この度は、ご無礼を」

「いいんです。幸い、被害は出ていません」


 魔物や森も、無事である。

 魔物たちも穏やかであり、人を襲う気配はない。


「疲れましたね。これから何をしたいですか?」


「お腹いっぱい食べたいです」

 正直に言う。今だけは、ただの空腹を抱えた少女に戻りたい。


「帰りましょうテトさん」

 セリスが、テトの手を取ろうとした。


 しかし、テトは手を握り返そうとはしない。

 まだ、自分がしでかしたことに責任を感じているのだろう。

「私は魔王の子孫、これ以上聖女様の施しを受けるわけには」


「そんなの、放棄すればいいじゃないですか」


「え?」

 テトがセリスに視線を向けた。


「魔王の驚異は去りました。魔物さんだって、もう魔王に従う必要もないんです」


 ライカも、セリスの言葉にうなずいている。


「魔物たちは、魔王に強制的に従っていただけです。魔王さえいなくなれば、彼らも安心してすごせます。あなたは魔王になる必要はない。ただのテトさんに戻っていいんですよ」


 うつむいていたテトが、顔を上げた。


「私は、あの場所にいていいのでしょうか?」

「はい。一緒に帰りましょう。テトさん」

「セリス様、ありがとうございます」

 



 こうして、魔王の脅威は去った。

 魔物たちに見送られながら、テトは魔王の領土を離れる。



 魔王領に、テトはずっと手を振っていた。

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