【自称】シャーロック・ホームズの結論
一応、本小説はこれにて終わりです。
何か良いトリックを考えてから、続きを書く予定です
これまでお読みいただきありがとうございました。
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────そうして事件は解決された。このような事件に立ち会え、名探偵の名推理を間近で堪能出来たことは俺の人生においても最大級の幸福だろう。故にこの物語は敬愛する名探偵シャーロック・ホームズに捧ぐ』……なんだこれ? 先日の事件の概要……だったはずなんだが」
いつもの放課後。
レトロな装いをした一室で男がパソコンを前に呆れた様子で文章を読み上げた。画面には確かに憶えのある、しかし書いた憶えの無い文章が連なっていた。
「ああ、君が書いていた備忘録とでいうべき事件に関する記録を読んでね。あまりに味気もなく私に対する賞賛も足りなかったので書き換えておいたよ。感謝してくれたまえ」
「そりゃただ流れを書いたメモ帳みたいなもんだか……ら……って、ちょっと待て」
「うん? どうしたんだい?」
どうしたんだい? どころじゃない。進一は顔を青くして呟く。
「……これ、俺のパソコンなんだがどうやってパスワード突破したんだ?」
「はっはっは! …………」
「なんか言えよ!」
突破されたのか⁉ 結構複雑に設定してたんだぞ⁉
進一はたじろぎ、他に何か荒らされてはいないかとパソコンのデータを片っ端から確認しはじめる。
そんな彼を横目に、ホームズは優雅に椅子を揺らす。
「安心したまえ。『学習教材』という項目のファイルはあまり手を触れていないよ」
「見たのか⁉ わざわざそれを口にするってことは分かって言ってるんだよな⁉ てかあまりってなんだよ‼」
「どうも君は巨乳好きらしいね。ちなみに私はFカップだよ?」
「だからどうした⁉ てかやっぱ見てんじゃねえか‼」
最悪だ……。進一はそう言葉を漏らしてへたっと座る。そこにタイミング良く差し出された紅茶を啜るとホームズが質問をした。
「実際、なんのために記録していたんだい? それは先日の事件だろう?」
ああ、と言ってから、
「森秋先生に提出する用、兼、文化祭で発行する部誌のネタにと思ってな。真面目な活動実績残さなきゃ潰れるだろ?」
「成程ね。だが丁度良かったじゃないか! 文芸部の部誌ならば小説辺りが相場だろう。幸い私が改変したものもジャンルは同じだ。これで問題解決だね」
「そもそもなんでお前がいなかった場面のことがこんな詳細に書いてあるんだよ……」
「森秋教諭の場所かい? そこは完全に計算だけで書いたが……まあこんなところじゃないかい? 今の君には手に負えない相手だと思うよ、彼女は」
「……そうかよ。知ってたんなら止めろよ」
「そう拗ねないでくれ、進一君。あくまで『今』だ。これから経験をつんでいけばいい。それに、あそこで追いつけなかった時点で我々に勝ち目は無かった。それは君とて自覚していただろう?」
「先に待機してる場所行っていても白を切られる。見失ってしまっては証拠が無い。知っちゃいたが、だからって黙ったままいるのは好みじゃない」
「そういう好戦的な性格、私は好きだよ」
「……女子に言われたにしてはあまりに嬉しさを感じないな」
「むっ! その発言は私のような美少女に向かって無礼じゃないかね?」
「そう思われたくないなら普段の態度から気を遣ってくれ……ホム子」
「そういう君も、今度は追いつけるようしっかり鍛えてくれたまえよ……ワトソン君」
そこで一旦の会話は終わりだ。互いが軽く不本意な名を呼び合った後、両者はそれぞれ自分の行動を開始する。
男は取り出した本を読み、女は謎の薬品を混ぜ合う実験を。
それがこの場の日常風景。すっかり慣れてしまった、存外過ごしやすい緩やかな時間だ。
紙のめくる音と陶器がぶつかる高音。そして遠くから聞こえる運動部の掛け声。
そんな音をBGMに思い思いの時間を浪費していると機械混じりのノイズが先走った校内放送が聞こえた。
蛍の光。
今日の終わりを報せる音が、やっと二人を現実に引き戻す。
「…………」
帰り支度は慣れたものだ。
手早く持ち込んだ私物を鞄に放り、ふと外を見た。
オレンジ色の陽光をバックに彼女がいる。
待っていた、なんてわけじゃない。進一とホームズの帰り道は別物だし、一緒に買える程仲良くはない。
だから進一は頭に疑問符を浮かべてどうしたのだろうかと首を傾げた。
そして問いかける。
普段とは違う、落ち着いた品のある声でホームズは問いかける。
「──解ったかい?」と。
今聞くか、と疑問に思う反面、今だからか、と。
何気ないこの瞬間だからこそなのだろうな、と悟る。
なんせ大した問題じゃないのだから、何時でも良いのだ。
何についてだ? なんて返しはしない。きっとアレのことだろう。ただ一言返す。
「……ああ」と。
進一は先日聞いた言葉を思い出す。ホームズが言った、ある種の真理を。
「────物事を単純に見ろ。……確かお前はそう言ったよな?」
言う通りだ。
こんな問題は考えるまでも無い単純なことでしかないのだ。
事実は小説よりも奇なり。だが真実とは存外想像より呆気ないものである。
「……お前が言ったことは全て真実だったという前提に立ったとき、ならお前の正体はこれ以上なく単純だ。……ホームズシリーズを読んだことが無い。素直に名前を名乗っている」
「そして私は私だ。そうだろ?」
「ああ。確かにお前はお前なんだろうな」
息を吐く。呆れた果てた息が。あまりにも考え過ぎた、自分に対する呆れだ。
嘘をついていないと彼女は言う。
なら話は簡単じゃないか。
正直者が自分のことをシャーロック・ホームズだと自称しているのだ。
ならば正直者の名前は……
「────お前の名前はシャーロック・ホームズ。かの名探偵と偶然にも同じ名を持って……」
俺の言葉に、彼女は笑顔を見せる。
「────偶然にもかの名探偵と同じく、名探偵をしてるってだけだ」
「正解だ!」
呆れるぐらい明るいコールが誰もいない旧校舎に響いた。
嫌になるほど自信満々で、腹が立つほど見透かされた振る舞いを見せるホームズ。
そんな彼女だが、不思議と嫌いになれなかったようで彼は今もここにいる。
これはそんな物語だ。
想像より呆気ない真実を解き明かす、シャーロック・ホームズを自称した名探偵の、案外楽しい現実の物語だ。
【自称】シャーロック・ホームズの事件簿 榊 八千代 @sakaki8000
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