30話
「いやー、最近の高校生は怖いね。教師に向かって真っ向から喧嘩を売るなんて。でも和田君、そんな子じゃなかったよね?」
さっきとは打って変わり、軽い口調で話しかける。
それを終了の合図だと捉え、俺もまた軽く息を吐いた。
「……ホム子の影響なんですかね、これ。個人的にはこんなことするキャラじゃないって思ってたんですが」
「だとしたらそれは良い影響だよ。君は少し熱さが足りない生徒だから彼女と交流するのはきっとプラスになる。……そしてあの子にもきっと良い影響になるはずだよ」
「俺から何かを学べる程俺が持っている物はないし、あいつがそれ程殊勝な奴とは思いませんよ?」
俺の言葉に森秋先生は首を傾げる。
「そうかな? あの子はちょっと特殊な子だけど特別な子じゃないから。他人から得られることは沢山あるはずだと思うよ。そして君も……。そうやって卑下するような子じゃないと、私が保証しますよ」
薄く笑った教師の顔。俺はそれに背を向け、帰り支度をする。
せめてもの抵抗に、と。
俺は自分が書きあげた報告資料は回収する。
せいぜい資料の無い状態で記憶を頼りに報告書なりなんなりを書けばいい!
……こんな頭の良い人相手には無駄な抵抗なんだろうが。
一歩を踏み出して部屋から出ようとする瞬間、俺は一つ思い出し、あ、と声を掛ける。
「一応聞いておきますが、目的も遂げたことですしあの部室俺に返して「駄目です」……なんでですか?」
「言ったでしょ? 無気力な生徒より悩める生徒を助けてあげたいって。君がどれ程私を疑おうと、そこに偽りは無いってことは信じて欲しいな。彼ならきっと君より熱心に活動するはずだよ」
「……さいですか」
「それともう一つの理由。……こっちの方が重要かな?」
「?」
「今回の事件、誰も死ななかったでしょ? ホームズが関わった割にこの結果、君はどう思うかな?」
「……くだらないジンクスはやっぱくだらないジンクスだった。そうとしか思いませんが、それがどうしたんですか?」
「うん。そう言える人が彼女の傍にいることは、やっぱ彼女の助けになると思うな。……ちなみに、先生としてはそれが彼女の宿命だと思っていたんだよね。名探偵は難事件に巻き込まれるっていう、宿命だってね」
「そういった運命論は信じない類なんですよ、俺。受け入れると頑張ってるのが馬鹿らしく思えるんで。……で、結局何が言いたいんですか?」
「まあ、つまりこれもまたジンクスだってこと。私が今考えた、新しいジンクス」
つまり、と森秋先生は笑って言う。
「『旧校舎のシャーロック・ホームズと和田進一。二人が一緒にいるなら皆が幸せになれる』っていう、新しいジンクスが生まれたってわけだ。実際今回の事件では誰も死んでないでしょ? どう? 良いんじゃない?」
「……そういう事件じゃなかったってだけでしょ。なんの合理性も無いジンクスですよ、それ」
俺は教師の言葉に呆れ、頭を抱える。アホくさいことこの上ない理屈だ。
「でも先生、結構こういうの気にする質の人なんだよね。朝の占いとか気にしちゃうし。だから部室は返さない。君にはこのジンクスが外れるときまであの子と一緒にいてもらうよ」
「……もし外れなかったら?」
俺は恐る恐る聞く。もしかして、という答えを予測した俺に、予測した答えが返って来た。
「そのときはあの子とずっと一緒にいてもらうよ。良かった。これで皆が幸せだ」
「……これで誰かの死を願うってのは人として間違いですよね、きっと」
「間違いだね。そんな道徳に反すること、先生許さないよ」
教師はそう言って、指を横に振る。これ以上なく正しい回答に俺は諦めて「帰ります」と言う他なかったのは言うまでもないだろう。
改めて向けた背に、今度こそ最後の言葉が掛けられた。
「じゃあ、遅くなる前に帰りなさいね」
「……精々遅く帰ってください。では」
情けない負け惜しみを残し、俺は教務室を出た。
外はもう真っ暗で、廊下の灯りがひどく視界を刺激する。
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