雨なので部活は中止

烏川 ハル

雨なので部活は中止

   

「残念だね、ハナちゃん」

 憂鬱そうな私に声をかけてきたのは、友人のノリコだった。

 私は机に顔を伏せたまま、口だけを動かして応える。

「梅雨だから仕方ないよ。こればっかりは、どうしようもないからね……」

 一日の授業が終わって、解放感に溢れた教室。目で見なくても、耳から入る音だけでわかる。皆、帰り支度を急いでいるのだろう。

 しょせん、私たちは中学生だ。勉強よりも部活が楽しみ、というのが普通だと思う。でも、その多くが、今日は真っすぐ帰宅するはずだ。

 朝から降り始めた雨が、放課後になっても続いているのだから。


 少しだけ顔を上げて、窓の外に視線を向ける。

 ザーザー降りの上に浮かぶ、分厚い雨雲が視界に入った。そんな灰色の光景を遮るかのように、ノリコがヒョイッと、私の目の前に顔を出す。

「今日のハナちゃん、具合が悪そうだし、ちょうど良かったかもね」

「そう見える?」

「うん。顔色も悪いよ」

「そうかなあ」

 私は、無理に笑ってみせた。


 私とノリコは、陸上部に所属している。

 屋内で出来る運動もあるけれど、体育館や柔道場といった室内施設は、他のクラブが使用中。だから、雨が降ると、うちの陸上部は休みになるのだった。

 そもそも私は、昔から足が速いという自信はあったけれど、特に走るのが好きだったわけではない。中学に上がって陸上部へ入ったのだって、新入生勧誘イベントで声をかけてくれた先輩に一目惚れした、というのが理由だった。

 男子部と女子部で活動が別れていると知ったのは、入部した後のこと。軽くショックだったが、でも同じグラウンドで頑張る姿を見たり見せたり出来るだけで、嬉しかった。幸せだった。


 いつか満を持して、この想いを告白しよう……。

 そう思っていたのだが。


 昨日の帰り道、私は見てしまったのだ。

 他校の生徒――私立女子校の制服を着た女の子――と手を繋いで、仲良さそうに本屋から出てくる先輩の姿を。

 彼の顔に浮かんでいたのは、今まで見たことのない笑顔だった。

 ああ、そうか。「幸せを絵に描いたような」というのは、こういう表情のことなのか……。

 彼を見つめたまま、立ちすくんでしまう私。

 すると先輩は、私の視線に気づいて、照れ笑いを浮かべてみせた。

「やあ、ハナちゃん。ちょっと恥ずかしい姿を見られちゃったかな? どうせ三年はみんな知ってるし、隠すようなことではないけどね……」

 先輩は、恋人を私に紹介してくれた。小学生の頃から親しくしていた間柄であり、中学は別々になってしまったが、それを機に付き合い始めたのだという。

「わあ、お似合いの二人ですね!」

 無理に明るいテンションで、そう返すのが精一杯。

 こうして私の初恋は、気持ちを打ち明けることすら出来ずに、終わりを迎えたのだった。


 だから。

 今日の悪天候は、ちょうど良かったのかもしれない。

 昨日一晩だけでは泣き足りない私にとって、空が代わりに泣いてくれるのは、涙雨と言えるのだろう。

 同時に。

 今日だけは先輩と顔を合わせたくない私にとって、部活を休みにしてくれた雨は、恵みの雨と言えるのだろう。




(「雨なので部活は中止」完)

   

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雨なので部活は中止 烏川 ハル @haru_karasugawa

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