いつか王子様が
@aoibunko
全1話
「姫様、王子様が到着なさいましたよ。早くお目覚めください。」ベッドでまどろんでいたわたしを侍女がおこしにきました。いつもはぐずぐずしてなかなか布団を離さないわたしも、王子様の到着ときいてすぐに身を起こしました。
「もうすぐいらっしゃるの?ああお迎えの準備ができていないわ。」
「準備はすべて整えてございますよ。まずは朝食をお召し上がりください。王子様の前でおなかが鳴ってしまうような失礼があってはいけません。」
朝食を終えたわたしはお湯で身を清め、新しいドレスにそでを通しました。部屋の中では侍女たちが、外では屈強な下男たちがばたばたと走り回っています。
「今日の王子様は地球からこられるのですよ。」
「ちきゅう?」
「ええ、この星から遠く離れた宇宙の果てですよ」
わたしは嬉しくなりました。わたしの知らない珍しいお話が聞けるかと思うとわくわくします。
「なにせ、このあたりの惑星ではうちの悪評がたちすぎてましてね。送迎艦の通過すら嫌がることも多くて、おかげで恒星間ワープを繰り返してかなり遠くにお迎えにいかなければならないんでございますよ。」侍女がぶつぶつ言っていましたが、恋の予感と憧れに浮かれるわたしには気になりません。
正装したわたしは、謁見室で王子様の到着を待っていました。しばらくすると部屋の外で騒ぐ声がします。
「王子様、お成り遊ばしました。」
下男の声で謁見室の入り口が開きました。我が国の正装を着せられた地球人の王子が下男たちに羽交い絞めされてずるずると私の前にひっぱってこられました。わたしは優しく、威厳をもってご挨拶しました。
「ようこそ、地球の王子様。わたしは……星の……姫と申します。あなたとお会いできたこと光栄に存じます。」
王子は羽交い絞めする下男にしきりにあらがっていましたが、わたしの挨拶に顔を上げ、ぎょっとした顔をすると、なにやら一生懸命話しはじめました。下男は彼の口をふさぐ器具をとりだしましたが、わたしはそれを止めました。
「王子様と話してみたいの。翻訳機を頂戴。」
それはなりませんと反対する侍女と言い争いになりましたが、わたしの強情が勝ち、翻訳機が差し出されました。さっそく耳につけてみると、聞こえてきたのはおぞましい悪口雑言でした。
「化け物め。おれはお前らの言いなりにはならんぞ」
「いきなりUFOでさらっておいて姫に会うのだから、もう地球には帰れないとはどいうことだ。おれには家族も会社もあるんだ。必ず生きて帰ってやる」
「なにが姫様だ。イグアナみてえな顔と体でおれをしもべにする気か。化け物のくせにおれをバカにしやがって」
わたしは化け物という言葉にひどく悲しくなりました。今日この日のためにわたしは美しく装ってきたのです。壁に掛けられた鏡でわたしはわたしを見ました。侍女たちが苦労して着せてくれたドレスはふんわり広がるスカートにフリルがたくさんついています。胸元には赤い宝石のブローチ。袖からのぞく手には長く鋭く磨きあげられた爪。岩のようにごつごつした首筋に青い石のネックレスをつけ、口元からは白くとがった牙が何本もはみだしています。牙をつたって粘っこいよだれがいくすじもあふれだしていました。わたしは、そこで自分がなすべきことを思い出しました。わたしは羽交い絞めにされている王子に掴みかかると、頭からばりばりと食べてしまいました。
「姫様、今日もよいあんばいで、おつとめが済みましてようございましたね。」
ぐったりベッドにねそべっているわたしを、侍女がマッサージしてくれています。あのあと、血まみれでぼんやりしていたわたしは、下男たちに支えられ、産卵室に移動しました。そこでわたしは部屋から溢れんばかりに大量に卵を産み付け、私室に帰還したのでした。わたしたち種族のほとんどは繁殖機能を持たず、わずかな個体が「産む性」となり、定期的に産卵します。単為生殖であるため交尾は必要ありませんが、遺伝子の弱体化を防ぐため、適宜他の種族を捕食しなければなりません。「産む性」となったわたしは、「姫」と呼ばれて大切にされ、あわれにも姫に捕食される種族は「王子」と呼ばれます。
窓の外には夜空にきらめく星がたくさん見えます。あの星々の向こうから、次にやってくるのはどんな王子様なのでしょう。おやすみなさい、王子様。いつか会える日をわたしは願って眠りにつくのです。
いつか王子様が @aoibunko
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