夢に触れて君を想う

ねさき。

夢に触れて君を想う

 あれは僕が高校三年生だった時の九月十三日。

その日の朝は、日本中が騒然としていた。

駅前では号外が配られ、報道番組ではどの局でもこの世紀の大事件を報じていた。

それもそのはず。

なんと言っても、に『九月二十八日に大震災が起こる夢』を見たのだから――。



 僕も高校に行く準備をしながら、そのニュースに目を奪われていた。

そして僕自身も例に漏れる事なく体験したその夢を思い返してみる。


 その地震は過去に起こったどの地震よりも強力で、最悪で……もちろん、大量に死人も出る事となる。誰かの死や居場所などはそれぞれの夢で変化があるようだが、しかし共通しているのは皆大切な人を失った事。


 そんな異常事態でも、実際には被害を受けた人はいないわけで……学校も会社も、普段と変わることはなかった。

精神的なショックからか、自主的に休む人は多かったけど。


 登校すると、それはまさに異常事態。

朝から無事を確認して抱き合う女子生徒、夢の内容を思い返して泣き出す人、人の夢の内容をしきりに聞いて回る人……。

みんな動揺していて、不安げだった。

ただ僕にはどうしても引っかかっている事があって、そればかりを考えてしまっていた。

それは報道番組で記者が言っていた言葉。


『皆さん夢の中では自分の知っている人しか出て来なかったとのことです。

また、こちらの女性は夢の中で命を助けてもらった初対面の男性にもう一度会いたいとネットで探してみた所、その方は確かに存在し、なんとそれどころか相手側も会いたがっていた……とのことです。

まさに、現実に等しい夢だと言えるでしょう。

……来る二十八日、一体日本はどうなってしまうのでしょうか?』


 きっとこの夢は、予知夢なんだと思う。そんな事はみんな、あの夢を見た者なら分かっていた。

 二十八日に日本全体を巻き込む地震が来る。

……そう言われても誰も疑いようがない程に生々しく、当たり前に命が失われる夢だったから。

だけど一つだけ気になる事がある。

この夢が予知夢なんだとしたら……現実に起こる事なんだとしたら、それはあり得ないはずなんだ。

 僕の夢には "会ったことの無いクラスメイト" が居た。


「なあ木村、お前の夢に "白井しらいみのり" ってクラスメイトが出てこなかったか? ……黒髪の女の子なんだけど……」


 仲のいい友人に質問してみる。返事は予測できているんだけど、それでも。


「そんな奴出てきてないよ。てかこのクラスにいないだろ? いない奴が何で出てくんだよ。普通の夢じゃないんだからさ、知らない人は出て来ないよ」


「……そうだよな……悪い、忘れて」


 僕の一つ前の席で、長い黒髪がよく似合う女の子。

彼女は当たり前に存在していて、それどころかクラスの中心に居た。

誰とでも仲良く接していて、人と人の懸け橋になれるような、そんな優しい人……。

 

 地震が来たのは、四時間目の授業中だった……と思う。

実際には正確な時間は分からない。

地震の直後、とてつもない衝撃と共に、僕は気絶してしまっていたから。

目を覚ました時、この学校で生きていたのは僕と彼女だけだった。

彼女は、自分だって辛いはずなのに、唖然とする僕の手を引いてくれて……『頑張ろう』ってそう言ってくれる強い人だった。

一瞬で消えてしまった見慣れた景色と、積み上げられた見慣れない瓦礫の山。

息が詰まるような脚の痛みに、真っ赤に染まった友達。

どこからだか分からない火の手と家族の安否。

そのどれもが不安で恐ろしくて……その存在だけが、僕を僕のままでいさせてくれた。

その手の温もりだけが、優しく僕を立ち上がらせてくれた


 ——夢から醒めた時、なにがどうなっているのか分からなかった。

僕はとめどなく涙を流していて、胸の痛みは確かで、少しだけ心地よさも抱いていて、なのに君は存在していなかった。

悪い夢を見ただけならよかったんだ、だけどただの夢じゃなかった……じゃあ君はどこへ? 僕の夢は一体なんなんだ?


 なあ、君はどこにいるんだ?


——……


 私には、小さい頃から特別な力があった。

それは、未来の出来事を夢に見る事。つまり、予知夢ってこと。すごいでしょ?

自分や周りの人に重大な危険が迫る前に、私はそれを夢の中で先に知ることができる。それは一か月前だったり、三日前だったり……あんまり決まってない。

重要なのは、私がずいぶんこの力に助けられている事と、"予知の結果は変えられる"という事実。

小さい頃は、まだあんまり自分の力が分かっていなくて、せっかく予知できても未来を変える事が出来ずに大火傷を負ってしまった事もある。

だけど今はほとんどの予知の結果を変える事ができるようになったし、おかげさまで私は今まで危険な事から逃げて生きて来れている。

友達や家族の事を助ける事もできた。

未来の変え方? 気を付ける事、ただそれだけ。

……簡単に聞こえるけど、意外と難しいんだよ?

予知した危険が自分一人で完結できればいいんだけど、ほとんどの場合そうじゃないから、いろんな人に気を付けてもらう必要がある。


 例えば、友達が交通事故に巻き込まれる予知を見たとして


「交通事故に巻き込まれる予知を見たから、気を付けてね」


 なんて突然言われてあなたは信じられる? ……私なら信じられないかな。

それにたとえ信じてくれたとしても、事故そのものを無くさないと、別の人が犠牲になってしまったりする。

思ってる以上に、運命ってのは複雑に絡み合っていて、丁寧にほどかないと、思いもよらない方向に発展してしまったりするんだ。

因果律いんがりつ……っていうのかな? 

とにかく、簡単ではないんだ……だけどそれでも変えることはできる。

私にはそれで十分……だった。

そう……だった。


 ある時から、少しだけ予知の内容が変わり始めた。

まず最初は、高校一年生の時の予知夢だ。

授業中に、別のクラスの授業で使っていた野球ボールが窓ガラスを突き破ってすごい速度で私に向かってきた……所を、後ろの席の須藤すどうくんが私に覆いかぶさるように壁になって助けてくれた。

そして私に一言


「白井さん大丈夫!?」


 これが初めて、内容の予知だった。

私は無傷で済んだけど、割れた窓ガラスで大きく顔を傷つけてしまった友達や、助けてくれた須藤くんも肩を強く打ってしまったから、私は未来を変える事にした。


 次はそれから四ヶ月後

教室に大きなスズメバチが入ってきて、私をかばった須藤くんが刺されてしまった。

須藤くんは刺された左腕を押さえながら言う。


「白井さん大丈夫? 刺されてない?」


……私は未来を変えた。


 次はそれから三週間後

友達と四人で映画を見に来ていた日の予知夢。

私は背伸びして慣れない高いヒールなんて履いていってしまったものだから……案の定、階段を踏み外してしまった。

……気づいたら私は須藤くんに包まれていて、須藤くんは頭から血を流していた。


「白井さん……大丈夫?」


と弱々しい声で言うあなたを見て……私は未来を変えた。


 次は二年生になった日

教室で、私の頭の上の蛍光灯が突然外れて降ってきた。

その瞬間思い切り左腕を後ろに引っ張られて、蛍光灯は私の目の前で粉々になった。腕を引っ張ったのは須藤くん。

助けてくれたのに、強く腕を引っ張られた私は肩を脱臼してしまって……それを見て


「ごめんね……」


と言う須藤くんの表情に私は耐えられなくて…………未来を変える事にした。


 それからも何度も何度も、須藤くんは私を助けてくれた。

ほんとに、笑っちゃうくらいいっつも助けてくれるんだよ。

そんな人に、興味を抱くのなんて当然でしょ?

……違う、私は初めてあなたに助けられた日からもう惹かれてた。

 私はたくさん話しかけたし、少しだけ予知の力でズルをして、同じクラスになれるようにしたりもした。

そのおかげで、ずいぶん須藤くんとは仲良くなれた。

三年生になる頃には、二人っきりで会うようになって。

よく、私の飼っている犬の散歩や、水族館なんかに出かけた……特に犬の散歩は毎週日曜日の日課みたいだった。

須藤くんが私の家の近くの公園まで来てくれて、私の飼っているトイプードルの『みり』もあなたによく懐いていたから、きっと周りから見た私たちは恋人同士に見えたと思うな。

 毎週日曜日が、楽しみで楽しみで仕方なかった。

あなたとの距離が少しずつ縮まる度に、私は胸の中がさわさわと羽根で撫でられたようにむず痒くて、くすぐったくて、心地良くて。

だけど幸せは長くは続かないって本当なんだね……。

私は予知の力で未来を観れる分、もしかしたらもっと短いのかも。


 あの日、あの予知夢を見た。

日本全土を巻き込む、大震災。日付は2ヶ月後。

今回の予知夢では助けは現れない。そりゃあそうだ、あなたは死んでしまっていたから。

あなただけじゃない、私の家族も、友達も。

私は全ての人を救うために、走り回った。

そして毎晩、少しだけ変わる未来を夢に見る。


 何度も……何度も……何度も。


まずは家族を救えた。次は多くの友達。

大怪我を負ってしまった人もいるけど、命だけはある。

次は先生達。近所の人達。

だけどどうして? あなただけが救われない、あなただけが……!

私はまた何度も未来を変える。


 何度も……何度も……何度でもっ——。


 やっと、見つけた。

 ……あなたが生きる未来で生きていたのは、私とあなただけだった。

 

 そこで、気づいてしまった。

あなたは、助けてしまうんだ。

自分よりも人を大事にしてしまう人だから。

自分が生きることよりも他人を優先してしまう人なんだ。

それが今回だけは憎らしくて、悔しくて……。


 だけど、仕方がない。もう嫌って程分かってる、それがあなただ。私の好きなあなただ。

私にはあと一つだけ、世界とあなたを救う方法が残ってる。

日本中の全ての人に私の予知夢の力を分け与える事で、震災に気をつけてもらう。

もちろんそんなこと今まで経験なんて無いけど、もうこの力との付き合いは長いんだ。

なんとなく分かる、できるって。

……そしてそれをすれば、私がどうなってしまうのかも。

きっと、消えてしまう。

私の予知夢の力は、私そのもの。それを分け与えてしまうのは、つまり自分自身を分け与えてしまう事。

私の存在はなかったものとして、世界が書き換えられる。


 ……それでもいい。あなたを守るためなら。


 私だけが知ってる、人を助けてばかりのバカで優しいヒーローを、誰か一人ぐらい助けてあげないとね。

 

 あーあ、ほんとにもう、しょうがないなぁ……。



——……


 世間は夢の話で溢れていた。

予知夢説、パラレルワールドの記憶説、集団催眠説に新型催眠兵器の実験説。

たくさんの考察が世に溢れかえっていたけど、大方の人々が夢の通りに地震が来ると思っていた。

大金を叩いて頑丈な地下シェルターをつくる人や、そもそも日本を脱出する人が続出し、日本は空前絶後のパニック状態だった。

不幸中の幸いは、全ての人が等しく地震を疑似経験していたことだろう。

自分が生き残る事だけを考える人は少なかった。

地下シェルターを作った人は惜しげも無くそれを近所の人と共有したし、会社を辞める事や休む事を咎める人はいなかった。

心配された物質の買い占めもなく、皆譲り合って、協力し合っていた。


 そんな中、来る九月二十八日。


 その日は特例で、最低限に必要なものだけを残して、全ての仕事は停止。もちろん学校もなかった。

ほとんどの国民が事前避難をしていた。 

そして、夢で見たように大震災が起こる。

観測史上最大の震度を記録した。

建物や経済への被害は甚大で、怪我を負ってしまった人も少なくなかったが、驚くことに死者はいなかった。


 それから三ヶ月。

地震により倒壊してしまった校舎の代わりに、プレハブで作られた仮校舎で学校は再開した。

日本は多大なダメージを受けたが、それでもあの夢が世界に与えた影響は大きく、何故だか少しだけ日本はいい方向に向かっているような気さえしている。

たぶんみんなわかっているんだと思う。僕らは助けられたんだ。誰かに。

新しい教室で笑い合うクラスメイト達を見ているとそんな風に思うんだ。


「なあ、須藤」


「ん?」


 クラスメイトの田中だった。普段はたまに話す程度だけど、一体何の様だろう?


「あの夢の話しなんだけどさ、お前知ってる? もうだいぶん期間開いたから話してもいいかなーと思って」


「なに?」


「いやさ、別に大したことじゃないんだけどさ、あの夢で須藤だけなんだってよ。全員の夢の中で必ず死んでるの」


「……え?」


「あ、いや! 気悪くしたならごめん! ……おれはただ、お前運気とか落ちてんじゃないのかなって心配になってさ。気を付けろよ?」


「あ、……ああ、ありがとう」


 その話を聞いて、何故だか僕は胸騒ぎを感じていた。

自分だけが死んでいたことに?……違う。

その日から、何か忘れているような違和感が拭えなくなっていた。

前の席に座る田中の後ろ姿を見て、こんなに黒板が見え辛かったか? と違和感を覚えた。

教室の隅で枯れてしまった花瓶に生けられた花を見て、もっと綺麗に咲いていたような気がした。

休み時間の黒板はもっと落書きだらけだったような気がするし、音楽室のピアノには誰か座っていた気がする。

図書室で初めて借りたはずの本は、何故か先の展開が分かってしまって読むのを辞めてしまった。

姉が借りてきた新作の映画のラストシーンを観た時、それを友達と三人で映画館で見た事を急に思い出して、一緒に見た誰かが隣りで泣いていた姿がぼんやりと浮かんだ。

 だけどその感覚に答えは出せずに、日々は過ぎていった——。



 日曜日、僕は犬の散歩を毎週の日課にしている。


 「みり! 行くよ、おいで」


 愛犬のみりと、少し遠くの公園まで行くのがお決まりの散歩コース。

公園で一息つこうと休んでいると、いつも大人しいみりが、どこかに行きたげに力強くリードを引っ張る。普段と違う愛犬の行動に、僕は戸惑いながらも従ってみる。


「みり、どうしたんだよ」


 連れて行かれた先には一輪の真っ白な花。

その根元は円状に雑草が生えていない。

まるで一度掘り返して植えたように。だけど、そんな後は無いのが不自然だった。

ボーッとしていると、みりがその花を掘り返さんばかりに一心不乱に掘り始めた。


「わわわ! ちょ、ダメだってみり!」


 慌てて止めるが、時すでに遅し。一輪の花は見事に掘り返されてしまった。


「うわぁ……これまずいよなぁ、明らかに手入れされてる花っぽいし……植え直すか」


 そう思い、地面にしゃがみ込んだ時に、地中に何かあるのに気づく。


「手紙……?」


 それを手にした時、胸騒ぎが止まらなくなった。ドクドクと鼓動が脈打つ音が聴こえる。何故だか汗をかいていて、その手紙から目を離せない。


 僕は誘導されるかのように、それを開いてしまった。




『  拝啓、須藤くん


 ちょっとだけ因果律って奴に抵抗してみました。

もしかしたら見つけてもらえるかもなーぐらいの無駄な抵抗だけど。

見つけてもらったとしても、きっとあなたは一体何のことだかわからないよね、ごめんごめん。

でも一つだけ……いや、二つかな? どうしても伝えたかった事があるんだ。

 まず一つ目……私怒ってるよ? あなたが自分の事よりも、人の事助けてばっかりで。仕方ないってのは分かってるんだけど……。

でもこれからのあなたの為に言っておきたい事があるんだ。

優しいあなただからこそ、きっと分かってくれる。

あのね……あなたの気づきは百の命を救えるし、あなたの学びは千の命を救える。

あなたの言葉は万の命を救って、あなたの文字は、億の命を救うよ。

そしてあなたが繋ぐ未来は、無限の命を救う事になる。

だからあなたは、まず自分を助けてあげるべきなんだ。

……あなたも大切な一人なんだから、もっと自分の事も大事にしてあげてね?


 それと二つ目。あなたに嘘ついてるみたいで、踏み出せなかった。

だって私だけしかあなたのかっこよさ知らないんだもん。理由が伝えられないと薄っぺらいって思われるんじゃないかって……。

はは、意味わかんないよね。

でも言わせてね。


 あなたは、すごい人。自分よりも他人を守れるような強い人。人の事をよく見ていてくれる優しい人。世界で一番素敵な人。

私はそれを、よく知ってる。あなたでも知らないあなたの姿を私は知ってる。

何度も何度も、私を守ってくれてありがとう。

 

私に恋心をくれてありがとう。


あなたが、大好きでした。


さようなら。


                             白井 みのり  』





 その手紙を読み終わった僕は、溢れ出る涙を止める事ができなかった。

出所のわからない喪失感が胸を締め付けているのに、僕には君が誰だかわからない。

それが、悲しくて仕方なかった。


ただ何故だか、言わなくちゃいけないと思ったんだ。


宛先すら分からないこの気持ちを、せめて声に出して。


ここに、残したかったんだ。




「僕も君がっ……好きだった……! 大好きでしたっ……!」




その叫びはどこに届く事もなく、空に溶けていった。

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