ほとりまぢか

黒心

第1話

面倒な、億劫な日々を抜け出した空田は冬の池の辺にぽつんと立っていた。

本来空田は周りから見て優秀すぎるほどのセールスマンだった、誰よりも先に先頭に立って皆の教本となり後に続かせた。会社の上司からは若くして早々に課長部長に選ばれるほど目覚ましい活躍をした。

私生活を覗けば華美ではない服装でありながら道ゆく人の目に留まらせる天啓の才能があり、一度包丁を手に取れば舌の肥えた老若男女は喉を唸らせる。


優秀。空田はその一言で全てを済ませられてきた、仲間や親友すら優秀なで終わってしまいそれ以降の彼の特徴は出てこない。クセある人物は一長一短の特別を持っているのに、といつも空田は思っていた。

空田の敵はいなかったのか、いや居れなかった。長しか持たない者の周りに集まるのは不思議と似通った連中だった、必ずと言っていいほど空田の敵を勝手に潰し回る、ある意味空田は愛されていた。


しかし彼にその事が届く事がない。微弱でありながら雄大な彼の感性は人生を損していると捉えられる、空田は池の辺りで自らの全を見返した。込み上がってくる感情は喜びではなく後悔だった、空田は自分を何一つ長調に見る事ができなかった、常日頃から優秀と呼ばれ続けた彼の身には、既に心の起伏が丸い球体になっていながら核が存在しないすっからかんな状態になっており、他人を観て自分を視る悦びを失っていた。


池のほとりに手を掛けた、冷たい水は何度も触ってきたはずなのに、空田はそこに悲しみを抱えた。いっぺんに体ごと水に浸かる。暖かい風呂に入ってきた空田の体には冬の冷たすぎる水がこびり付いた、霜焼けになりそうな体を手で支えながら空は全身を水に入れた。流れ出すように涙が溢れ池に溶けていく、熱あつすぎるの核が心にできる。しばらく。体は冷えに冷え切り外に出た。

静かだ、冬の夜空のもとに空田は思った。壊れた時計の針を眺めて歩き出し、くしゃみをした。

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ほとりまぢか 黒心 @seishei

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