epilogue

「なんだよ、ちゃんとあったんじゃねえか、海。」


「地図に載ってるんだから、そりゃあるだろ。」


「地図を作った人は嘘なんてついてなかったわけだね。」


「つくわけないけどな。お前らは伊能忠敬の偉大さを知ったほうがいい。」


「歩くだけなら俺にもできるっつーの。」


「伊能忠敬はただ歩いてたわけじゃないよ健。」


「でも意外と、健みたいなやつだったのかもな。」


「俺みたいなやつって?」


「無茶苦茶な奴、そんでもって自分の欲求に素直。」


「かもね、地図を作った理由ももしかしたら『どんな形か知りたくね?』みたいな意味の分からない疑問がきっかけかもしれない。」


「ありえるな。『地図とか、歩いて作れそうじゃねーか?』みたいなこと言いだして部下を巻き込んだに違いない。今の俺たちみたいに。」


「なんだ?巻き込まれたのが不満なのか?」


「いや、そんなことはない。」


「うん、僕も。今ここにいる自分を後悔してない。」


「康太いいこと言うじゃねーか。俺もいつだって後悔してない、和田に卵投げたときも、卒業式の日も、めぐみを月に返した日も。」


「『めぐみ』って誰だ?」


「まさか芹沢さんのこと?何があったの?」


「あれ、言ってなかったっけ?結婚するのが決まったんだよ。」


「え?本当に?いつ?」


「いつとかは、まだ決まってないな。」


「どうしてだ?プロポーズはもうしたんだろう?」


「この展開、僕には身に覚えがあるね。まだプロポーズしてないでしょ?」


「まだしてない。今日する。」


「健は『決まった』という言葉の意味を調べたほうがいい。てか、そんなことで高校教師が務まるのか?お前まさか国語の先生じゃないよな?」


「いや、そのまさかだよ。健は文学部文学科だからね。」


「健の生徒のことが心配でならない。」


「うるせーな!どうせオッケーされるから一緒だよ。」


「ちなみになんだけど、いま芹沢さんと付き合ってるの?」


「いいや、まだ友達だけど連絡は取りあってる。」


「健のいい返事がもらえるという自信の源が一体どこなのか俺は知りたい。」


「その謎を解くカギは、きっとアマゾンの密林にもなさそうだね。」


「おおげさだなー。」


「優斗はいまどこで何してるのかな?たどり着いたからには、優斗も連れてこなきゃ。」


「音信不通だからな。偶然巡り合えるのを祈るしかない。」


「いいや、祈らなくたって会えるさ。」


「何を根拠に。」


「そんなもんねーよ。でも会えるさ、そんな気がする。」


「健がそう言うなら、きっとそうなのかもね。」


「俺もなぜか、今の一言で巡り合えるような気がしてきた。」


「俺への信頼が厚いなお前ら。」


「信頼はしてても、信用はしてないけどね。」


「右に同じく。」


「褒めるか貶すかどっちかにしろよな。」


「案外さ、この海の近くで僕らのことを待ってたりしないかな?」


「しないだろ、優斗は海外に行ったんだぞ?」


「海外かー。探しに行くにはちっとばかし遠いな。」


「そうだね、海でさえこんなに遠かったのに。さらにその先ともなったら想像もつかない。」


「歩いていくわけじゃないんだ、大丈夫さ。」


「優斗も変わったんだろうな。僕らのことわかるかなあ?」


「優斗が俺たちのことをわからない可能性はある。」


「きっとわかるさ。」


「そうだね、そうだといいな。」


「てか、腹減らねーか?飯食おうぜ?」


「あそこに見えるカフェに行ってみない?健と忠がよければだけど。」


「異議なし。」


「俺もカフェでいいぜ。」


僕らは立ち上がって歩き出す。


「きっと海を眺めながら飲むコーヒーは格別だよ。」


「間違いない。健はコーヒー飲めるのか?」


「飲めねーよ、何がいいんだあんな泥水。」


「全国各地のコーヒー好きが立ち上がってお前のことを殴りに来そうな言い方だな。」


「じゃあ、健は紅茶でものみなよ。」


「そうする。」


健がカフェの扉を開ける。からん、という鈴の音が鳴った。カウンターにいた店員が会釈する。僕らはそれを見て笑う。店員も僕らのことを見て驚いていた。


なんだ、十五年ぶりでもちゃんとわかるじゃないか。






おわり。

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この先に海があるとしたら さすらい @C2H5_O_5H2C

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