【Long Legs】

 合衆国に戻った私は、幾つかの情報を整理すると共に、死んでいたマンハッタン工兵管区の人物の名前を名乗った運送責任者の調査を始めた。

 容姿は整備兵からしっかりと聞き取っている。また、あのプロジェクトそのものが機密性の高いものであった以上、その名前を名乗ることが出来る人間は限られていたことも調査を容易にしてくれた。

 そもそも、が、であってはならないのだ。明確に、それが積まれていた痕跡が残っていなくてはおかしい。なのに、海中から引き揚げられた機体に際し、あの基地司令は特別なものではないと明言した。

 つまり、最初から爆撃機にはということだ。

 誰かが、何所かで最終兵器を盗み出した。

 重巡には原子爆弾三発分の材料は積まれていたので、盗み出されたのはそれ以降ということになる。

 疑わしいのは、原爆の補助部品を運んだ輸送機及び、墜落したB-29の搭乗員。

 年齢、背丈、そして、整備兵が覚えていた言葉の癖から出身を北部と推察し、容疑者を絞っていく。

 戦死していたものも少なくはなかったが、当時その場所に居てはならない人物を割り出すまでに掛かった時間は短かった。



 車はニューヨーク郊外のあるマンションへと向かっている。

 そこには、かつてロスアラモスに勤めていた物理学者の一人が住んでいる。アイルランド系アメリカ人。現在では高校で教鞭をとっており、勤務態度は真面目で優秀。同居人なし、未婚。

 ひとり暮らしなら、まあ、少しは気が楽だ。もしもの時に、巻き込まれる犠牲者は少なくなる。

 胸の銃を確認してから車を降りる。

 そこは、かつては国家プロジェクトに関わったものが住んでいるとは思えないような、ごくありふれたマンションだった。


 呼び鈴を鳴らすと、無防備にも彼は確認もせずにドアを開けた。

 資料には四十三歳とあるが、頭髪には白いものが混じり、五十代後半もしくは六十代の老人のようにも見える。小柄で丸顔、大きな眼鏡をした、いかにも学者然とした男だった。

「はじめまして、少し宜しいですかな?」

「はい、どちらさまで?」

 意外と人懐こい笑みを向けられたが、勤めて無感情に私は告げた。

「三発目の原子爆弾の行方を調査しているものです」

 最初は否認すると思っていたので、反応を確認しようと思っての一言だった。隠し事がある場合、人は特徴的な反応を示す。子供ほど分かりやすいものでなくとも、その些細な兆候は完全に消せるものではない。スパイとして培った目でそれを見極めるつもりだった。

 だが――。

 予想と違い、彼はまるで古い友人に会えたような親しげな笑みを浮かべ、私に向かって陽気に尋ねてきた。

「ようやく気付いたのですね?」

 人差し指と中指で眉間を押さえ、渋くなる顔をなんとか押さえつつ、私は話し続けた。

「貴方の行為は、国家に対する重大な背信に当たります。御同行いただけますか?」

 彼の顔で分かった。まともじゃないと。

 この手の犯罪者や思想家は扱い難い。精神に問題があり、自分が悪事を働いていると言う自覚が無いからだ。国家を揺るがす危機といっても他人事で、あくまでも自分自身の実力の証明――腕試し――や、独自の哲学に基づく確信犯であって、周囲の大多数の人間を人間と思っていない。

 おそらく、三発目の原子爆弾もどこかの組織や国家ではなく、彼、もしくは彼等の――本人達は芸術と考えている犯罪行為のために使う気なのだろう。

 そのために多くの合衆国市民が死ぬなんてことは、あってはならないことだ。

 とっとと身柄を確保し、拷問でもしてあらましを吐かせるに限る。

「同行? 僕が? そちらがではなく?」

「なぜ私が貴方に同行する必要があるので?」

 不思議そうな顔で尋ねてきた彼に、いつでも懐から拳銃を抜ける体勢のままで訊き返す。

 すると、彼は、くっくく、と、本当に可笑しそうに笑って、こっそりと耳打ちしてきた。

「三発目の原子爆弾がどこにあるのかには、興味が無いので?」



 彼に案内されたのはニューヨークの地下鉄の一角だった。古ぼけた鉄のドアを開け、ドブネズミを追うように錆びたレールの上を歩くこと十分。

 両開きの大きなドアを開けると、急に光が溢れた。

 眩しさに目を細めた数秒後。

 目が慣れた私の前には、丸みを帯びた巨大な爆弾が、転車台に似た大きな円形の台の中央に鎮座していた。

「プルトニウム型だったのか……」

 鉄道設備から電気を盗っているのか、照明や、幾つかの専門機器が周囲に乱雑に配置されている。おそらく、原子爆弾のメンテナンス用の機材だろう。それらの機材を操作しているのは、十名ほどの影のような灰色の男達だった。

「これが爆発すればどうなる?」

「貴方の予想通りですよ。ナガサキと全く同じ範囲が消し飛びます。合衆国の経済は麻痺するでしょうね。そして、短くは無い期間、世界のリーダーに戻ることは出来ないでしょう」

「自分の言っていることが分かっているのか?」

 天気の話でもしているかのような彼の声に苛立ちを覚え、私は非難の色を隠さずに詰め寄った。

「もちろん」

 しかし彼は平然としたものであった。

 話にならない。

 視線を彼から外し、改めて原子爆弾へと移す。

 なぜ、こんな大きなものを人知れずにこの場所へ運ぶことが果たして出来たのだろうか? 人の途絶えることの無いニューヨークの地下鉄の一角だぞ?

「しかし、なぜ、これが……こんな場所に? 誰にも知られずに?」

「いや、これは、合衆国の科学者にとっては公然の秘密なのだよ」

 私の疑問に答えたのは彼ではなく、機械を操作していた灰色の男――、癖のある黒髪の中年男性だった。

 機械の操作盤からはなれ、私達の方へと近寄ってきている。

 日系人? ……いや、混血なのかもしれないが、どちらかといえばボヘミア風というか、イタリア系のような雰囲気もあり、それなりの格好をすればモテそうな男だった。

「ロンドンにおいて十一人の第一級の科学者によりある会議が発足されたのは知っているかね?」

「……いえ、いつの話ですか?」

「いや、知らなくて当然なのだ。気にしないでくれ。政治とは完全に切り離された、科学者達のための会議だからね。その一回目の会合の結果、アメリカ合衆国は核兵器使用の咎を負うべきとの決議が満場一致で可決され、それ以来、この兵器はここで眠っている」

「起きることはあるのか?」

 黒髪の男は、さも当然と言った顔で答えた。

「もちろん。合衆国が最初の核を使用した以上、核の管理に不備があった場合は、その責を負うべきだ」

「しかし、今や英国やソ連にも核兵器が……」

「単純に所持そのものを言っているわけではないのだよ。兵器として理論を組んだ責任が合衆国にはある。最終兵器を、抑止力として量産した責任がね。世界のナンバーワンを自負するなら、そこには責任が伴うのは当然だろう?」

 返すべき言葉を見つけられずに私が口を閉ざすと、黒髪の男は僅かに同情するように声色を変えて話し続けた。

「ひとつ誤解してほしくないのだが……。我々は、合衆国民であり、決して合衆国に敵対する側の人間の集団ではないのだよ」

 この事態を引き起こしておいてなにを、と、非難の視線を向ければ、黒髪の男は毅然とした態度で告げた。

「核戦争を防ぐための最終安全装置がこの三発目の原子爆弾なのだよ。抑止論は、あくまで抑止論だ。最初の一発が使われた後、星を滅ぼすだけの報復は。また、最初の一発をこの国が撃つというなら、それを阻止する」

「しかし――」

「キミは賢く、良い軍人だ。このまま帰るべき義務がある。違うかね?」

 私の反論を遮った彼は――、いや、彼だけではなく、他にも何人かの、まるで背景のような男達の手には銃が握られており、真っ直ぐに私を照準していた。

 殺気は感じなかった。彼等にとっては、私の殺害でさえも原子爆弾の管理維持作業の一環……ただのいつもの作業なのだろう。

「ひとつだけ伺ってもよろしいですか?」

 どうぞ、とでも言いたいのか、右手で促される。

「これは一体誰が計画したことですか?」

「ロスアラモスにいた、軍人以外の全ての人間で決めたことだ」

 はふ、と、息が漏れる。

 なるほど、道理でこれまで気付かれなかったことだ。

「……そうですか」

 民意とは――いや、為政者にとっては手段という認識だった科学者達は、どうやら利用されるだけの存在ではなかったらしい。

 それなりの人員を揃えればここを制圧することは可能かもしれないが、その際に起爆される可能性もあるし、例え無事に制圧できたとしても解体を防ぐための仕掛けが施されている蓋然性が高い。

 情報収集は続けつつも、当面、手を出さないことがベストとはいえないまでもベターな判断だろう。

 ここで私に出来ることは、最早なにも無い。


 最初に訪ね、そして、私をここに連れてきた物理教師の後に続いて来た道を逆に辿り始める。

「……そういえば、この原子爆弾のコードネームを君は知っているかい?」

 振り返ると、とても冷たい彼らの目が、日の当たる世界へと再び戻る私に、真っ直ぐに注がれていた。

「いえ……」

 確かに、他の二発にもコードネームがあったので、これにもあってもおかしくはない。事実、開発中止となったガンバレル方式の原子爆弾にも『痩せた男』の名前がついていたというし。

「『Long Legs』さ。『チビ』と『太っちょ』の後に控えていたのが、彼とは、ずいぶんと皮肉が利いていると思わないかね?」

 彼が笑うので、少しだけ私も笑った。

「とんだが居たものですね」

「そうでもないさ、は人類と地球のだろうからね。今も見守っているよ。……最後の一通の手紙ラブレターが届くまではね」

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Long-Legs 一条 灯夜 @touya-itijyou

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