【Vacation】

 ニューヨークの空港から、手配していた車に乗り、テニアン島でのほとんど無意味であった聞き取り結果と奇妙な状況証拠を頭の中で整理する。

 最後の重要参考人に会う前に、見つけられる疑問は全てピックアップしておきたかった。



 テニアン島は、観光に訪れるには良さそうな島であり、ノースフィールド飛行場の基地司令もどうやら戦後の緩みきった空気を引き締めることをしてはいないようだった。島の各所で見かける米兵は、完全に遠足気分のように見える。

 そもそも、もはや戦略上の意味がなくなった同島からは段階的な撤退が始まっており、次はどの戦場に送られるのかも分かったもんじゃない以上、最後のバカンスを楽しもうというのが残っている陸軍全体の正直な気持ちなのだろう。

 もし仕事が無かったのなら、青いビーチに風になびく椰子の木、そして、日本軍が建てたジンジャと私も観光を満喫したいところではあるが……。今、双肩に乗っている最終兵器の重さを考えると、とても楽しめる気はしなかった。


 なんというか、いつになっても、どこへいっても頭痛の種は消えないものだな。

 いや、むしろ、正直に言って平時の方が、判断に悩む場面は増えた。

 戦時中なら、敵の作戦や基地に関する情報を集めるだけ――とはいえ、集めた情報を精査し、裏を取ることは簡単ではないが――だったのが、今じゃ、敵の共産圏だけではなく、同じ陣営のはずの味方の監視や動向までも調査しなければならない。

 資本主義、自由主義陣営と言ったところで、各国の思惑は完全に一致しているわけではなく、外交戦略においても完全な協調関係にあるとは言えないからだ。西側に属していながら、経済的な結びつきでは東側を重視する国や、その逆もあり、さらには資金・技術援助を求めて陣営に参加していない第三世界の連中さえも動き回っている。

 良い学校を出ただけの単純な頭の政治家や官僚では、到底処理出来ない程に複雑化された社会。目の前の敵を殺すだけの軍人なんかには、到底任せられない形の――勝ち過ぎても、負け過ぎても核を使われる危険がある――戦争。

 それこそが、今日の冷戦の構図だった。


 案内された司令室で敬礼の後に挨拶をする。

「今回、この問題を担当することになりましたクリスです」

 そう言って右手を差し出すと、両手を広げて歓迎してくれた細身で良く日に焼けた基地司令が、思いっ切りにやけた顔で言った。

「ようこそ、常夏の島へ」

 基地司令はマッカーサーを意識したようなパイプを銜え、半袖の軍服を着崩している、いまいち好きになれそうに無い男だった。そして、その顔から発せられた案の定な台詞にも、苦笑いを浮べてしまう。

 しかし彼は、私の表情の変化を純粋に笑顔とだけ受け取ったのか、がっしりと握手を交わした後、どこか成金趣味の黒椅子に深々と座った。椅子に比して小さめな机の上には、なんの書類も載っていない。否、何個かの写真立てがあり、破壊された日本軍の設備を背後に取られた記念写真、それと、現地女性とのツーショットが飾られている。

「引き上げられた機体はどちらに?」

 ゆるゆると首を振りながら尋ねると、とんでもない返事が能天気な声で返ってきた。

「いや、機体は海中へと戻した。回収していない」

「戻した⁉」

 あんまりな事態に、思わず声を荒げてしまう。

「ああ、ナガサキやヒロシマであったようなゲンバク病にウチの兵士が罹ってはいけないだろう? 事実、内装はただのB-29なのは確認した。。わざわざ、を保管する意味はあるかね?」

 さも当然と言ったその顔に眩暈を覚え、思わず額に手を当ててしまった。

 どうにも、ただの兵隊は無知で困る。規律も悪いし、思考は浅慮で態度は軽薄だ。我々カンパニーの人間とは違い、脂肪頭でも忠実であれば出世が出来てしまうからだろう。

「引き上げ地点は……ええと、どちらでしたっけ?」

 厭きれを隠さない口調で私は尋ねた。

 最早なんの期待も出来なかったが、上司を通して正式に協力を要請してしまった以上、必要最低限の話だけは聞かなければならない。面目を潰した、と、逆恨みされてこちらの調査を邪魔されてはかなわないからだ。

 こちらの態度の変化を察したのか、若干不機嫌になった基地指令は、ごちゃごちゃした引き出しから汚れた地図を引っ張り出し、机の上に広げ、赤い×印を指さした。

「ここだよ」

 しかし、その指し示された位置は――。

「うん? この機体はどこへ向かっていたのですか?」

「硫黄島さ。そこで一日待機し、翌日に東京湾上へ三発目を投下する予定だった」

「航路から外れていませんか?」

 機体が発見された地点は、硫黄島でも東京でもなく、九州……いや、台湾方面? に、向かっているように思われる。

 だが、基地指令は煩がる顔で――どこか人を馬鹿にしたような調子も混ぜながら、おどけたように答えた。

「風に流されたか、機体トラブルで引き返そうとした結果だろう。当時は戦争を遂行していたのでね。例え、予定が狂うことはよくあることだ」

 危機感の無い言い草が腹立たしかったが、義務は果たしたので、こちらとしても無能な人間と会話する時間がもったいない。

「そうですか。ありがとうございます」


 基地指令からの情報調査を諦めた私は、もう一人の重要人物――出撃の日の整備兵から話を聞いてみることにした。

 ここに来るまでの事前調査によって、相当の重量のある原子爆弾を海中から回収できる大きさの船は、当該海域へ近付いていないことが分かっている。

 そして、不自然なほどあっさりと救援部隊が機体の回収を諦めていることも。

 後者は、日本の降伏による影響も多分にあるものとは考えられたが、あれだけ機密性に配慮したマンハッタン計画の産物に対して、上からなにも言ってこなかったことが信じられなかった。

 そもそもが、。共産主義社会への警告となるべき兵器である以上、一発たりとも合衆国の管理外に置かれることはあってはならないことであった。


 基地の憲兵MPにジープで整備兵の元まで案内してもらっていると、のどかとしか見えなかった島の本当の姿の一部が目に入ってきた。

 島の所々にまだ砲台があり、しかし、それらは米軍が設置したものではないのか、野晒しで錆び始めていた。薬莢やコンクリートの弾痕も、当時の戦闘を偲ばせている。

「この島はこれからどうなるのだろうな」

 誰に対した言葉でもなかったが、運転手の若い兵隊が律儀に答えてくれた。

「さあ? 独立するほどの規模はありませんし、合衆国のコモンウェルスとなるのでは?」

 ふと、ごく最近独立したフィリピンが頭を過ぎり――。

「そうだな」

 と、私は微かに笑った。


 目当ての整備兵は、港湾で通信設備の点検をしているようだった。

 配電盤を弄っている彼の斜め後ろに立ち、簡単な挨拶を済ませた後、さっきのこともあるのでできるだけ簡単な質問をした。

「三発目の原子爆弾を積んだのはキミか?」

「いえ、違います」

「違う?」

 軽いジャブとしての質問だったのに、いきなりの否定の言葉に呆気に取られてしまう。この基地は一体どうなっていたんだ?

 戸惑う私を他所に、彼は話し続けた。

「確か、これは難しい兵器だからと言うことで……なんだったかな? あの、ナントカ工区から直接来た兵隊達が載せていきましたよ」

 それを聞いてようやく合点が言った私は、ほんの僅かに安心して返事をした。

「ああ、そうか……ありがとう」

 それは、多分、マンハッタン工兵管区のことだろう。原子爆弾の製造は彼等が行い、あの投下された二発の場合も付き添っていたと言う話だから、三発目もそうしていたのだろう。それに、三発目は先の二発とは多少事情が違っている。

 原爆を投下するための補助部品や、複数の種類の異なる信管――東京への核攻撃に際し、どのような形で行うのか最終段階まで揉めていた為――といった、通常の部品だけが先に航空機で到着していた。

 組み立ての人員と原爆本体は、他の二発と同様にあの重巡が運んでいるのだが、完成品を運んだそれまでとは、少し事情が違っているのも不思議ではない。

 しかし、では、なぜそのことが報告として上がってこなかったんだ……?

「運送責任者の名前は覚えているかい?」

「はい、ええと、確か……」

 彼が教えてくれた名前に私は苦笑いを浮べ、丁寧にお礼を述べてからその場を後にした。


 謎の答えは、どうやらまだ遠いらしい。

 彼がその時間にそこにいれるはずは無いのだから。


 整備兵から告げられた人物の名は、投下された二発の原子爆弾の運搬に携わったひとりのもので……。

 彼は原子爆弾をテニアン島で降ろした後もなぜか運搬を行った重巡に乗り続け、フィリピン海で戦死している人物だった。

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