Long-Legs

一条 灯夜

【Summer】

 部長からラングレーへの呼び出しがあったのは、煩いほどに蝉の鳴く七月のことだった。

 極東から本部への突然の呼び出しに私は驚いたものの――日系アメリカ人の容姿を利用し、現地に溶け込んでいた私にとって、その呼び出しは正体が露見する危険を孕んでいる――、呼ばれた理由には幾つかの心当たりがあり、おそらくインドシナ戦争における対日情報操作を協議するための会議であると予想していた。


 第二次世界大戦の終わりを派手に演出したというのに、少なからぬ日本陸軍の軍人が、祖国の敗戦後にベトミン軍に合流していたからだ。トーキョー裁判において、少なからぬ日本人を見せしめのために――事後法や矛盾を力で捻じ伏せるインチキな方法に依って――処刑したが、それが一部の反動勢力を先鋭化させている。

 ベトナム戦争に関する世論は、今のところ西側諸国においては抑えられているものの、左翼活動家以外の市民にも厭戦の機運が広まっており、綱渡りの状況が続いていた。

 それだけではなく、科学者を中心に原爆使用や所持そのものを非難する意見が少なからずあり、対応を誤れば第一次世界大戦後に日本に奪われ、世界大戦に参戦してまで取り戻した極東の利権を、関係各国の赤化という最悪の状態で再び合衆国が失う恐れがある。


 だが、本部到着後に警備兵に案内されたのは、会議室などではなく、部長個人のオフィスであり、そこには鷲鼻の部長ただ独りがデスクに座って葉巻を吹かしていた。

 をしている私と違い、軍服をカッチリと着こなした肥満体型、五十年配の白人男性。

 部屋に入り敬礼を行うと、警備兵はそのままドアから退出した。必然的に、私と部長の二人だけがこの部屋に残される。

 しかし、部長はすぐには口を開かず――、しばらく後に椅子から立ち上がると、コツコツと靴音を立てながら、接客用のソファーの方へと移動し、私にもそこへ座ることを掌で促してきた。

「非常に、よくやっている」

 なんの前置きもなくそう告げられ、最初は意味が分からずに戸惑ってしまった。

「キミの極東での活動は、合衆国にとって非常に有益なものとなっている」

「ありがとうございます」

 私はそう答えたものの、内心困惑していた。というのも、部長の顔は賛辞の言葉と同程度には笑っていなかったせいである。

「そこで、キミにある任務を頼みたい」

 ……来た。と、思った。

 意見の具申を求められないのであれば、私がこのの本部へと呼ばれた理由は、より危険な場所――例えば、激戦地のカオバンやベトミン軍の拠点潜入など――での諜報活動を命令されるはずだ。持ち上げたのはそのためだったのだろう。

 しかし……。

「行き先はテニアンの飛行場だ」

「テニアン?」

「知らないのかね?」

「いえ、そういうわけでは……」

 テニアン島は、米軍に籍を置く人間にとっては、ブラックジョークのネタとして現在では割とポピュラーな島だった。テニアンの飛行場から、あのいかれた名前の爆撃機が飛び立ち、原爆を投下したのだから。


 おそらく、大統領や補佐官達にまともな頭の人間は居なかったのだろう。

 あの意味の無い最終兵器の使用を正当化するために、どれだけの機密費を使い、どれほどの人間を買収と甘言で抱き込み、いくつの日本軍の悪行を水増しさせたことか……。

 不意に漏れかけた溜息を飲み込む。

 日系人だからではない、アメリカで生まれた以上、私は生粋のアメリカ人である。だからこその溜息だ。

 部長も同じ気持ちだったのか、特に私の態度を注意せず、苦笑いを浮べて資料を手渡してきた。

 一読し、内容を頭に入れ、紙の束を部長に返す。

 いかなる場合であっても、証拠を持ち歩く趣味は私には無い。必要なことは頭の中に仕舞いこむ。それが、一般的なスパイの習性でもある。おいそれと第三者に明かすことが出来るような任務なら、そもそもスパイは必要ない。

 事実――。

 現時点では、事故なのか事件なのかは分からない。しかし、事態そのものが非常にデリケートで、高度に政治的な問題であった。

「なぜ、このが今まで放置されてきたのですか?」

 当然の疑問を口にするが、部長から返って来たのは、少し苛立ったような早口の声であった。

「引き上げが終わるまで、そこにあると思われていたのだ。パイロットの生存者は無かったし、基地整備兵は確かに積んだと言っていた。回収は……しかしながら、当時の技術では深海の機体を引き上げることは出来なかったのだ。予算も限られていた。なので、その存在そのものを秘匿した」

「日本軍が回収した可能性は?」

 無言で首を振られてしまう。

 まあ、もし日本が回収していたのなら、降伏条件はもう少し違ったのもになっていただろう。それほどまでに重要な代物だ。


 渡された資料には、三発目の原子爆弾を積んだB-29が、墜落し海中に没していたこと。今年になって秘密裏に引き上げられたその機体から、忽然と原子爆弾が消えていたことが記されていた。


 回収した組織がどこなのかは不明。

 しかしながら、対共産主義との火種が世界各地に燻っている――あるいは一部燃え拡がり、冷戦が熱戦へと変わり始めている今日、その一発がいつ最終戦争を引き起こしても不思議ではなかった……。

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