第2話

 オレンジジュースばかり飲んでいる。

 薬は水か白湯で飲まなければいけないということは知っている。オレンジジュースで薬を飲むと薬の成分の吸収が阻害されてしまい、効果が弱くなってしまうのだそうだ。だからこそ私は薬をオレンジジュースで飲むのだ。

 うつ病と診断されて数ヶ月。始まりは上司からの「最近岡田さん元気ないけど、大丈夫?」だった。確かによく眠れなかったし、仕事でミスも多く出て、常に憂鬱な気分だった。ミスが増えたので辛くて目の前の線路に飛び込みそうになったこともある。けれど前からそういうところはあったし、仕事はたしかに忙しいけれどやめたいわけではなかった。それなのに産業医との面談を組まされた挙げ句、ついた病名は「重度のうつ状態」。休職3ヶ月のドクターストップを下されたのは私としては全くの想定外だった。

 死にたいのなんか、今に始まったことじゃない。

 そう思ったが正直に言うと余計に休職期間を延ばされると思ったので言わなかった。私は病気なんかじゃない。こんな狂った世の中じゃ誰だって死にたいことなんかあるでしょ。だから薬をオレンジジュースで飲んでいる。子供みたいな反抗だった。実際にこの薬の成分がオレンジジュースで阻害されているのかは知らない。調べて違ったら何もかもにがっくりしてそれこそ死んでしまいそうだから調べない。けれどそうしていたら、オレンジジュースそのものがなんだか好きになってきた。

 暇を持て余して友達と買い物しまくったりどっかにでかけていたのも最初の数週間で飽きた。元来出不精な私は特にやりたいこともなかったし、それより仕事に3ヶ月も携われないということの方に心理的な圧迫を感じてしまっている。これなら休職しない方がずっと健康な気がする。ということもさんざん訴えているのだが全然聞き入れてもらえない。

「まじで信じらんない。イカれてるよあのヤブ医者。早く私を会社に戻して」

「とか言ってるから無理なんだろうな〜〜」

「ふざけ。お前だって私が会社人間なの知ってるじゃんよ」

「いやそりゃな?それが原因で別れてっからな?」

 どこぞの通信教育の教材の売り文句みたい、と言えそうなお決まりの全裸寝タバコポーズでセフレはケラケラと笑った。

「ねーちょっとそこでタバコやめてってば。何度言わせんの」

「えーいいじゃん」

「八つ裂きにされたいのか」

「さっきまでめちゃくちゃにされてたのはあんただけどね?」

「……お前なんておっぱいがきれいじゃなければセフレなんてやってないんだからな」

「ハイハイ。私なんて遊びなのね!おっぱいだけが目当てなのね!この鬼畜外道!……これでいいですかわかりません」

「いいから服着なよ」

「ハイ」

 このふざけた女が私のセフレ、もとい元恋人で、まあとうの昔に恋人関係は(私のワーカーホリックが原因で)解消している。……のだが、悔しいが身体付きが好みすぎて未だに身体関係だけ続いている。

「まーさ、こんな感じでしばらく適当に遊んでるしかないでしょ。楽しみなよ。オレンジジュースだって好きになったんでしょ」

「マコはそういうタイプだからいいけどー」

「ちげえわ。そもそも何でそんなに自分が病気なんが嫌なんよ」

 セフレは九州の女なのでたまに博多弁が混じる。

「だってなんか」

 誰にともなく最悪なことを言いそうで言い淀んでもこのセフレはそれを見逃さない。

「無意識に見下してたから?働いてない人は生きてる価値がないって」

「……」

「いやまあ別にあんたがそう思ってるのは何も思わないけどね、他の人に言うのはやめなさいよ?喧嘩になるから」

「……」

「私だけにしておきなさい」

 そうだ、誰にもなにも、私は今このおかしな繊細で心優しいセフレその人に最悪な発言を見透かされたのだ。

「……ごめん。マコのことディスったつもりはない」

「いや知ってるよ。知ってるけどその認知は結局自分のこと苦しめると思うわ」

「ごめん」

「ええて。……もう一戦する?」

「ドサクサに紛れるな。休ませてくれ」


 結局どこぞの通信教育の教材の売り文句みたいな展開でもう一戦したのだが、私の人生はどこまでも通信教育の教材の売り文句やどこかの三文小説みたいに薄っぺらいのだろうか。嫌になってしまう。できればオレンジジュースぐらいは人生でオリジナリティのあるアイデンティティでありたいんだけど。

 二回目を終えて一回目と同じ動きでオレンジジュースを飲みに台所に立った私にセフレは満足げな顔で「ちゃんとソレで水分と養分取っとけよ、あと虫歯には気を付けろ〜」と言って颯爽と去っていった。このあとバイトがあるらしい。バンドマンの気力と体力はどうなっているんだろう、養分っていうか今は焼肉が食いてえよ。

「疲れたなあ」

 疲れてしまったし、疲れて独り言まで吐いてしまった。何に疲れたのかはもうよく分からない。どうせなら一緒に焼肉を食べに行っても良かったかもしれないなと思った。

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「オレンジジュースばかり飲んでいる」 なとり @natoringo

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