第10話 凸凹なふたりと出会う その三
心地よい焚き火に手をかざし、ほぼ放心状態のメイベルは、鉄の塊が野営の釜戸で料理するのを見ていた。いや、白銀の全身鎧を纏った騎士が、スープを煮込んでいる後ろ姿を見ていた。が、正解だ。
「もうすぐ肉も焼けるからね」
焚き火で魔鳥の肉を炙っているイーダは、良い笑顔で経過を報告してくる。
「うん……ごめんね。何もできなくて…」
唯一メイベルにできる料理は、
見事に調理経験のないメイベルは、野営の準備をするふたりから火の番を言いつかった。
焚き火にあたって、じっとしていなさいと言われたようなものだ。
「メイベル嬢が動かずとも、我らが致しましょう。お気になさらず」
フルフェイスの兜を外した男は、人好きのする陽気な笑顔で振り返る。
マルカム・ゾイドと名乗った騎士は、テッセラ城塞街の教会へ、聖女候補を送り届けた護衛隊のひとりだった。
無事に任務を達成した騎士の大半は、そのまま神殿騎士に名乗りを上げて残ったが、マルカムは念願の自由騎士の位を願い出て認められた。
自由騎士になるには、神殿から発行される任命証が必要で、高潔な騎士と認められるだけの功績がいる。
遥か西海の島からテッセラ城塞街の神殿まで、無事に聖女を護衛した成果が認められ、マルカムは夢を実現した。
「できましたぞ、皿を用意していただけるかな」
マルカムが出したテーブルに深皿と平皿を並べ、カトラリーも置く。
道中で採集した薬草や茸、保存食の干し肉で調理したスープに喉がなった。
「おー、旨そう」
イーダの食欲は旺盛で、見ていても気持ちが良い。
「食べながらで、すみません。マルカム様は、これからどちらへ行かれるのですか? お国に帰るとか……」
昼間の戦闘は、物凄かった。
メイベルが呆気にとられている間に、すべてが終わったと言ってよい。
兜を取り去ったマルカムは、精悍な見た目通りの誠実さだ。
ぜひとも、同行して欲しい逸材なのだが。。
「我は自由騎士です。心の赴くままに、旅がしたい」
開拓地へ同行してほしい。
その一言が、声にできない。
「ふぅん。それなら、開拓地まで送ってくんない? 」
さらりと言ってのけたイーダに、思わず身体が跳ねた。
恐る恐る顔色を伺うメイベルとは違い、平然と食事を続けるイーダ。
「ほぅ、開拓地ですか。なかなかに行動的なお嬢さまだ。何か込み入った事情でも? 」
事情もなにも、追放された元貴族の庶子だ。
(…そうだった。わたしって罪人だったのに、実感がなくて忘れていた)
誠実そうなイーダや高潔な自由騎士に、親の罪とはいえ、連座で裁かれた罪人だと打ち明けていなかった。
黙っていてもユノン砦に到着すれば、すべては明るみに出る。
メイベルの追放理由を聞いて、ふたりの態度が変わったらと、怖くなった。
貴族街の門衛兵が露骨に対応を変えたように、ふたりが態度を変えたなら、きっと泣く。
確実に心が折れる。それでも、嘘は言えない。
「……ごめんなさい。わたしは、開拓地へ追放された罪人です。最初に言わなくて、申し訳なく思います」
呆気に取られたように、ふたりは動きを止めた。
「父が罪を犯しまして、残った親族が、爵位の降格と開拓地への追放処分を命じられましたが、父の家族や一族は罪が確定する前に絶縁していて、残った庶子のわたしが連座に連なりました。なのでわたしは、なんとしてもユノン砦に行きたいので……すみません」
きちんと頭を下げたメイベルだが、無性に情けなくて顔を上げられない。
「……いやいやいや……謝ることないって……そっか、メイベルは貴族だったんだ」
イーダの声音に嫌悪はなかった。
「…メイベル嬢は、ひとりで? そんな馬鹿な。連座は一族郎等に及ぶ処分です。人数が多い故に、開拓地への追放が決まったであろうに……たった一人で開拓など無謀に過ぎる。いや、滅茶苦茶な処罰と言える」
薄々メイベルも疑問には思っていたが、やはり、たったひとりを開拓地へ追放するのは、とても奇妙な事だったらしい。
「委細承知した。我、マルカム・ゾイドは、自由騎士の称号に誓って、メイベル嬢を庇護すると宣誓する。必ずやユノン砦まで、御身の安全を優先しよう」
「へ? 」
おかしな声が出た。
肝心なところで締まらないのは、きっと父親譲りの性格だ。
「いいね、僕も混ぜて。ついでに領民一号にどう? いいでしょ? 」
「ありがとう、イーダ。マルカム様。ありがと…ございます」
変わらない態度に加え、頼もしい言葉をもらった。
これ以上はない、幸運だ。
「しっかり食べて、明日に備えましょうぞ」
言葉通り、男性ふたりの食欲にメイベルは目をむいた。
視線を逸らせば少し離れた場所で、マルカムの愛馬ランディも飼い葉の食事中だった。
灰茶の逞しい軍馬は盗賊を蹴散らした強者で、その反面メイベルを気遣う優しさがある。
笑いながらの食事は楽しく。メイベルの心から、憂いを叩き出してくれた。
「おやすみ、メイベル嬢。良い夢を」
「しっかり眠れよ、メイベル」
「おやすみなさい」
*****
メイベルがテントに入って、しばらくの時が流れた。
焚き火を挟んだマルカムの顔から、人懐こい表情が剥げ落ちる。
「…そろそろ良かろう。メイベル嬢も休んだ頃合いだ……イーダ、おぬしは何奴だ。目の配り、足運び、気配の薄さ……ただの冒険者ではあるまい。仇なす者であるなら、容赦はできぬぞ。だいたい、あのテントは何だ? 最高クラスの司令官でも所持できんだろう」
マルカムの威圧が高まる中、イーダはケロリと笑って見せた。
「おっかねぇなぁ、大将。あんまり俺を苛めると、メイベルに言いつけるぞ? 」
見ようによっては尊大な態度で、イーダは足を組んだ。
「あんたに見抜かれるなんて業腹だけど、俺ってば、死んだ事になってんだよなぁ」
不貞腐れて仰向いたイーダが、疲れたため息を吐いた。
「毎日毎日、暗殺の指令だぜ? ほんっと、嫌になるってぇの……こちとら殺人道具じゃ無いって、言いたいわけぇ……」
軽率な仕草で言い放ち、一転して膝を抱えたイーダから、落ち込んだ空気が漂い出す。
「最後にしようって、最高ランクの冒険者を殺ったのよ。ほんと、クソみたいな奴だった……んで、便利な魔道具を頂いた後に、大怪我かまして死んだって設定よ……堅気に混じって真っ当に生きたかったけど、うまくいかなくてな……なんだか、生きる事すら面倒くさくなっちまって……」
ますます元気が抜けたイーダの背中から、ドヨドヨした後ろ向きな気配まで這い出し始めた。
「あの場所で餓死するも良し、もしも奇跡が起こって、お節介な奴にでも助けられたらって……ぁはっ……メイベルに救われちまったがな」
笑っているのに、泣き叫んでいるような顔を上げる。
「だからさ、怪しさ満載の俺を気遣ってくれたあの子に、俺のすべてをやろうと思った。それだけだよ。あぁー、なんか情けねぇ。俺って、裏では名の通った
大仰に嘆くイーダを視界から外し、マルカムは鼻で笑った。
「まぁ、それが真実なら良いとしよう。
*****
日常になりそうな風景だった。
巨漢のマルカムが鍋をかき回し、フライパンを振る小柄なイーダがベーコンを炒める。
体格差が半端ない凸凹なふたりを見て、心が穏やかに凪いだ。
メイベルは串に刺したパンを、焚き火で炙っていた。
料理の経験はないが、これくらいならできる。
「おっし。できたよ、メイベル」
並べた平皿に、こんもりと盛り上がったベーコンの山。
「…ぁはは」
起き抜けの胃が痛くなりそうな量だ。
「神の御心に感謝して、いただきますぞ」
深皿から溢れそうな具沢山スープを、笑顔のマルカムがテーブルに置いた。
「……はい」
賑やかで平和な朝の食卓。
(食べきれるかな? ぅぅ…食べる前から、胃が痛いかも……)
自信はないが、ヨシっと気合いをいれる。
マルカムの作ったスープは、優しい味がした。
イーダの焼いたベーコンは、あちこち焦げていたがものすごく美味しい。
もりもり頬張るイーダに、綺麗な所作でフォークを使うマルカム。朝の爽やかな風が渡る食卓で、メイベルの強張っていた心が、ゆるりとほぐれていった。
もう、大丈夫。
きっと、良い方へ向かう。
王都に残してきた父は心配だが、この先はきっとうまく行く。
なんやかやと賑やかな食事風景を眺め、メイベルは微笑んだ。
(大丈夫。きっと、ユノン砦に辿り着ける。きっと)
この朝。希望に満たされたメイベルの旅が、始まった。
ーー 了 ーー
取り残されたので仕方なく、開拓地へ追放されます。 桜泉 @ousenn
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