第9話 凸凹なふたりと出会う その二
爽やかな朝がきた。
屋敷にいた時より、何倍もさわやかな朝だ。
(わぁー! 最高っ。もうー、ビックリした)
メイベルが上機嫌なのも頷ける。
イーダが持っていたのは、トイレとシャワーの付いた個室が、四部屋あるテントだった。
内部設備は魔道具らしく、驚きの使い易さで二度びっくりだ。
イーダが自立する時、装備一式を譲ってくれた先輩に感謝しかない。
「おはよう、メイベル」
「ぁ、おはよう、イーダ」
昨夜の取り決めで、ふたりは敬語をやめた。
あまり礼儀正しい会話は、貴族の子女に見えるらしく、狙われやすい。
これから行く開拓地は危険地帯だ。気をつけても、弱い者は狙われるのがお約束だ。
テントを片付けて、野営シートを広げる。
皿に出したのは、野菜や薄切り肉を挟んだパンを六個。もちろんイーダは四個で。。
大きめのマグカップにミルクとハチミツのタブレットを入れ、お湯の魔法式カードを乗せる。
カードの中央を三回突つけば、熱い蜂蜜ミルクの出来上がりだ。
夕べテントの部屋に入ってから荷物を整理した時に、買い漁った食品の中から見つけた。
急いで王都を脱出して、何を買ったのか確認できなかったのが痛い。
初秋といっても、さすがに昨夜は冷えた。
「これ、冒険者ギルド経由で仕入れた商店しか、売ってないヤツだ」
嬉しそうにマグを傾けるイーダ。
熱くて甘くて、とっても美味しい。
「イーダって、何才? わたしは十五よ」
チラと上目遣いに考えるイーダは、そのまま首を傾げた。
「たぶん…同じくらい? ぼくって孤児だから、はっきりしないんだ」
慌てるメイベルに笑って手を振ってくる。
「いやいや、ぼくみたいな孤児はいっぱいいるよ。気にしないで。だいたい冒険者や兵士の子供って、孤児になりやすいし……異種族の子は、特にね」
なんともない顔で軽く流すが、どれほど孤児が多くとも、傷つかない筈はない。
「…ごめん、無神経だった。気をつける」
「うん。メイベルは優しいね」
優しいのはイーダだと言いかけて、やめた。
人と親しく会話した事もないメイベルが、適切な言葉を知っているとは思えなかった。
「さぁ行きますか。メイベル」
「うん」
今日の朝食も美味しかった。
さっさと片付けて、王城の使者にもらった簡単な地図を広げる。
この街道を徒歩で三日くらい西へ行くと、テッサラ城塞街に着く。
五十年前まで、開拓地の最前線だった砦街だ。
近郊に植物系の魔物が湧くダンジョンがあり、その収益で大きな街に発展したと、イーダが教えてくれた。
「確か、ナントカって言う伯爵家が領主だよ。人族の街だから、異種族は砦の中に入れない。でも、砦の外に街がある。ぁ、砦街の中に聖女の塔があって、聖教会とは別の人族国の教会の聖女を、育てる場所があるって」
連合国なのに、人族国のアスラットは異種族を同等と見ない。
山脈を挟んだ南のタイランド王国が人族至上主義の大国で、同調している節があった。
「依頼で行った事があるのは、ベラッセ村だったか……狩人の獣人が住んでいる小さな村だったと思う。まだ、パーティーを組んでいた時だよ」
地図では、開拓地のあるユノン砦の手前に、ベラッセ村がある。
テッセラ城塞街から五日行った先に、
ユノン砦とベラッセ村の間が、五日。
いま居る場所から開拓地に到着するまで、半月以上かかるだろう。
旅慣れないメイベルなら、倍以上かかってもおかしくはない。
「遠いね……」
ちょっと心が折れそうになった。
「まずは歩こう。一歩が重なれば、いつかは開拓地に着ける」
とても前向きなイーダに思わず笑って、ちょっぴり泣きそうになる。
「…うん。ソダネ」
無駄に悩むより歩こう。歩けば歩くだけ、開拓地に近づく。
今はひとりじゃない。。
昨日と同じに、鑑定と弓の練習を繰り返しながら行く。
もうすぐ昼食にしようかと思う頃、不穏な気配に肌が粟立った。
気配察知のできるイーダも立ち止まり、周囲を伺う。
「…まずい……かも」
前に出たイーダが、胸の前で両手を打ち、続けて二拍した手を広げた。
「動かないで、メイベル。陣を描けないから、結界の範囲が狭いんだ」
完全に囲まれていた。
わらわらと現れたのは、薄汚れた男たち。。
前後左右から詰め寄る全員が武器を構え、嫌な笑い方をする。
「上玉の餓鬼どもだ。久しぶりだぜ」
正面から、見上げるような男が近づいてきた。
はち切れそうな皮服の上下に、くっきりと筋肉が浮き上がる。
「どっちも傷つけるな。価値を下げるなよ。あー、小僧はちっとばかし、躾けなきゃなぁ」
拳が思い切りイーダに振り下ろされ、男の方が悲鳴を上げた。
「! てめぇっ」
殴りつけた手を抱え込み、飛び退って声を枯らす。
「気をつけろ、こいつ結界士だ! 」
間合いを空けて武器を構え直す者に、メイベルは恐怖しか無い。
「メイベル、聞いて」
声を抑えたイーダに、メイベルは慄く顔を向けた。
「やつらの攻撃は僕が防ぐ。けど、こっちからの攻撃は、メイベルの弓しか無い……やれるか? 」
(やれるか? 演れるか…ちがぁう、殺れない! 殺れないけど…)
怖い。とてつもなく怖いけど。。
「……やってみる」
手の中でじっとりと汗が滲む。
風見の弓を構えて、息が上がった。
「初めから連射して。当てなくても良いから、僕が止めるまで、頑張って続けて」
連射する。
その言葉だけが、頭の中を占めた。
「…当たったら、ごめんなさい」
おかしな宣言に、イーダはクスリと吹き出した。
弓を構え、弦を引く。。
一度矢を放てば、後は惰性に従って無心に射かけ続ける。
悲鳴を上げそうな心に、ふわりと穏やかな
透明な矢を避けたり弾き返したり、たまには腕や皮鎧を掠めたりと、賊の包囲を崩してゆく。
「メイベル! 」
急に腕を引かれて正気に返った。
目に映ったのは、剣を振り上げる賊の顔だ。
ゆっくりと、刃が頭をめがけて落ちてくる。
「ぃやっ」
一瞬だった。
ブワリと風が起こった途端、目の前に鉄の壁が立ち塞がり、鋭い金属音と悲鳴が響く。
「
金属の壁が、喋った。
「は…ほぇ? 」
驚くより呆気にとられて、おかしな返事になる。
「メイベル、こっち」
イーダに引きずられ、メイベルは道の端へ下がった。
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