第8話 凸凹なふたりと出会う その一
身体の痛みに目が覚めた。
窓から差し込む朝日に、寝ぼけ
ここは何処だったのか。。
床に寝ているのだと、それは分かる。
「あれ……ん? 」
硬い床で眠った身体が、起きる動作でパキパキ鳴った。
「あ、そうだ。木の上? よね」
とにかく、あちこちが痛い。
下の方から聞こえる馬のいななきに、やっと頭が回り出した。
「いけない。静かにしないと見つかる」
昨夜のように、そっと窓から見下ろせば、ちょうど二頭の騎馬が、王都に向かって走り出す所だった。
一瞬振り返ったクリフと目が合った気はしたが、そのまま街道を行く背中を見送って、胸を撫で下ろす。
「良かった。なんとかなった」
改めて見渡した部屋が、少し様変わりしたような気がした。
なんとなく、広くなっているような。。
「ま、いいか。この部屋って、ずっと使って良いのよね? 」
誰に許可を貰っているのやら。。
「家具……出しておこうかな」
誰が反対するはずもなく、嫌な気配もない。
「よし。出しちゃえ」
背負い鞄からベッドを出した。その足元に、元々部屋にあった木箱を、そっと置き直す。
ついでに換金で手に入れた銀貨の袋を、木箱へ仕舞った。
今更ながら、かなりの量に冷や汗が出た。
母が使っていた鏡付きチェストに衣類を片付け、小テーブルと椅子、お気に入りのソファーも出しておく。
「はぁ、すっきりした」
屋敷で使っていた離れの部屋と、さほど変わらない雰囲気に、ホッと息を吐く。
携帯食で朝ごはんを済ませ、周りに生き物の気配がないか確認した後、メイベルは恐る恐る扉を開けた。
「あ……」
てっきり枝の上に出るかと思われた場所は大木の裏側で、街道から直接に見えない位置だった。
「…よかった。落ちなくて済んだ」
何かに守られているような、安心感に満たされる。
目の前の空間に光が集約して、見慣れた額が現れた。
あわてて差し出した両手で受け止め、ホッと息をつく。
「さぁ、頑張って行こう」
額を収納し、人通りのない道に出て、西へと進路をとった。
快晴で気候も良い。
少々寒いが、旅には最適な季節だ。
しばらくは景色を堪能するように歩いていたが、ふと
「鑑定と、弓が良いかな」
歩調を緩め、街道脇の草や木に絡まる
よく見れば果実の生る木も、あちらこちらに生えていた。
「あ、
メイベルのいた離れの庭にも数本あった果樹が、実をつけている。
母親が生きていた頃。
少しだけ蜂の巣から蜜をもらって、甘酸っぱい実をシロップ煮にしていた。
わずかな量だったので、冬の間、大事に食べた甘味だ。
今から思えば不思議だが、亡き母は人ではないものとよく話をしていた。
庭の隅に巣食っていた蜜蜂とも、会話していた記憶がある。
「収穫していこう」
王都で散財したメイベルとは、別人のような堅実さだ。
鑑定に疲れたらポーチから風見の弓を取り出し、安全を確認して、前方の岩やら倒木を的にする。
最初は、まったく的外れの方向に飛んで行った矢が、夕方近くには当たるようになってきた。
十本中に八本まで的中するようになって、今日の訓練を終える。
(習得の速度は早いのかな…嬉しいけど…)
これも魔道具のお陰かと思いながら、野営できそうな場所を探して歩く。
早く見つけようと焦っていた時、街道の端に蹲っている人影を見つけた。
(んー……大丈夫かな)
相手の心配より自分の身の安全だが、それはチラとも頭にない。
(声を掛けようかな…どうしようかなぁ)
迷いながらも、蹲った人から目を離せなかった。
(よーし。声をかけよう)
ちょうど目の前で立ち止まり、俯いている人の顔を伺う。
膝あたりまでのマントに包まった小柄な人影は、メイベルより年下に思えた。
「あの、だいじょうぶですか? 」
声に反応して上げた顔は、ぼんやりと焦点が合っていない。
「怪我とか、病気ですか? 」
カクっと首が垂れた途端、地の底を這うような唸り声がした。
「ひぃっ」
腰が抜けそうなメイベルは、その場に釘付けだ。
そのうち、また音が響いて。。
「……あの……おなか……すいてます……か」
再び上げた顔が、あまりに虚ろで寒気がした。
慌ててポーチから、昼食で残ったパンを出す。
「良かったら、どうぞ」
彷徨っていた焦点が、パンに集中した途端。もの凄い勢いでかぶりつく。
ビックリしたメイベルは、思わず飲み物も手渡した。
かぶりついては飲み下す勢いが落ち着いた頃。やっと目の前に人がいると気づいた少年は、落ち込んだふうに頭を下げた。
「すみません。その、長い事…食べていなくて。ごめんなさい」
声に申し訳なさが滲んでいて、良い人な気がする。
「いいえ。お腹がすくのは辛いですから」
「はい、辛いです……ぁ」
勢いで返事をした少年が、口をつぐむ。
「いっしょに、野営しましょうか? もう、遅いですし……」
初対面で警戒しないのは危険だが、どうしても放っておけない。
「……ありがとうございます。よろしくお願いします。ぼくは、イーダって言います」
名乗り返す一瞬、偽名にしようか迷った。しかし、未来の領主? たる者、嘘はいけないと思いなおす。
「わたしは……ぁ、メイベル…です」
立ち上がったイーダは、メイベルとさほど変わらない身長だ。
少年らしく筋肉は付いているが、まだまだ成長途上に見える。
つい最近まで冒険者のパーティーに居たというイーダが、野宿に適した場所へ案内してくれた。
あまり街道からは離れず、かと言って見通しの良すぎる場所は避け、適度な岩の陰にテントを張った。
「イーダさんのも、
それほど大きくはない背負い鞄から、一人用のテントが出てきて、メイベルは驚いた。
「中古品です。けっこう入りますけど、時間停止は付いていないので…」
それでも、たくさん持ち歩けるのは便利だ。
「このテントだけど、実は中が個室になっていますから、メイベルさんも休んでください。ぼく、結界士なんです。一晩くらいなら、結界を張れます」
テントを中心に、四方を囲うような模様を描いてゆくイーダ。
完成と同時に、薄い膜が立ち上がった。
「なら、食事を用意しますね。買い置きですけど」
背負い鞄を下ろし、野営セットを出す。
敷物を広げた上に皿をふたつ出して、屋台で買った串焼きとパンを置く。どちらも焼きたて、作りたてだ。
「どうぞ、召し上がれ」
ぶどう酒を水で割って、これも手渡す。
「ありがとう」
焚き火も何もない月明かりの下で、メイベルは自己紹介のような現状報告のような、イーダの話を聞いた。
連合国の冒険者ギルドに属するイーダのパーティーは、ギルドで出会った寄せ集めだった。
共通するのは年齢くらいで、人族と異種族が半々のパーティーだ。
異種族の中でも森狐族はイーダだけ、あとは狼族の男女と
結界士のイーダは後方支援の後ろ、ポーターの扱いでメンバーに組み込まれたが、段々と雑用と拠点の確保が仕事になった。
二年間組んだパーティーが、新しく発見されたダンジョンを目指す事になり、
「結界の魔道具と、安い収納鞄が手に入った途端、クビだと言われて……」
パーティーの積立金から自分の分を貰ったが、どう考えても少なすぎる。それでも多対一の力関係で文句も言えず、拠点の村を離れたらしい。
「王都なら、ぼくにもできる仕事があるのじゃないかって……甘かったですね。携帯食も底をついて、動けなくなっていました」
力なく笑うイーダに、メイベルは尋ねた。
「もし、よろしければ、開拓地に行きませんか? わたし、旅には慣れていないので、同行していただければ、嬉しいです」
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