PRINCESS VIOLENCE~続現踊妖血戦録~

低迷アクション

第1話

PRINCESS VIOLENCE~続現踊妖血戦録~


「“山伏(やまぶし)”班長!目標が連続して2件、その後、どちらも消失を確認…」


市街戦用迷彩に身を包んだ隊員の報告を受け、同装備に身を包む山伏は苦虫を噛み潰した顔を隠さない。


「てこたぁっ、俺達はま~た待機ですか?大将ぉっ?」


M3散弾銃ショートストックを抱えた“八百(やお)”隊員が吠える。


「そーゆう事だ。まぁ、どっちみち人外(じんがい)連中に、支給された散弾と9ミリ弾が

効くとは思えんがな。しかし、これで終わりとは限らん。まだ、夜は長いからな」


そう答える山伏は手元の自動拳銃を見つめる。ここ数年、世間の様々な混乱に乗じて、人ならざるモノが跳梁跋扈の動きを見せ、政府も認めなければいけない事案も発生していた。


これに対し、自衛隊や警察、格闘経験者など、暴力に通じたメンバーを集めて編制された

“退魔班(たいまはん)”が山伏達の部隊だ。何処かの機関が作った人外、要は化け物を

探知できる装置(何処まで信用していいか、非常に疑問だが、実際に現物と対峙してしまうと認めざるをえない)


を用い、日夜、待機と出動を繰り返している。ここに“退治”が発生しないのは、訳がある。

前述の通り、誰かがこちらの確認した目標を先に始末している。一体コイツ、いや、コイツ等は誰なのか?


(どっちにしろ、人じゃねぇなら、狩るまでか)


そう考え、山伏はゆっくりと拳銃をホルスターに戻した…



 「ハイ、袋は大丈夫ですか?ハイ、ありがとうございますー」


店員の元気な対応に苦笑いのような笑みを返す。父親の免許証が無ければ、本来なら、こんな夜更けに、未成年がアルコールを購入するなど出来ないだろう。

自粛生活に伴い、ほとんどの店がシャッターを閉めるなか、24時間営業のドラッグストアが、隣町にあるのは、本当にありがたかった。


晴馬 陽子(はるま ようこ)は、エコバックに入った酒瓶を、その細い腕で抱え込む。まだ、暑い時期が続くが、彼女は決して半袖を着ない。その下にある傷を人目に晒すのを嫌うからだ。


(お父さん、今日は早く寝てくれるといいけど…)


いくら、父子家庭とは言っても、限界がある。もう、考えるのも嫌だ。明日は学校だが、

団地に帰る足取りは非常に遅い。


そんな自分の背中を後押しするように、つつくモノがある。


「えっ、うわわっ?」


振り向いて驚いた。全身真っ黒い拘束服のようなモノを着て、所々、露出している肌から、恐らく大人の女性がすぐ真後ろに立っている。


(うわーっ、えーと、これあれだ。クラスの男子が持ってたエッチな本に出てくるアレだ。多分、SMの人だ。絶対!そう!って、うわわーっ)


よくよく観察してみれば、耳か角みたいな頭の、恐らく突起物?そーゆうデザインの覆面はともかくとして、大きく開いた背中には矢のようなモノが幾本も刺さっていた。


「け、警察、いえ、救急車…」


叫ぶ陽子の胸元に、真っ黒女性の顔が近づく。目元は覆われ、口も猿轡風(いや、お風呂の蓋みたいなマスクをしている?)の女性は犬や猫のように、無言で、鼻をクンクンと揺らす。


「もしかして、お酒欲しいの?」


その言葉に、ピョコンと、飾りだと思った、角?耳が動く。ウンウンと嬉しそうに頷く彼女はその豊満な胸元から紙を出し、こちらに示す。


「えっ、ええっと“おさけくれたら、なんでもします”ええっ、でも、これはなぁ…」


と難色を示す陽子に黒い女性は地面に両手とお尻をチョコンとつけ、犬のお座りのような姿で、こちらを見上げている。何だか、可愛そうになってきた。


「じゃ、じゃぁっ、少しだけだよ…」


そう言いながら、袋から酒を取り出す。すると相手は首を伸ばすように、こちらに顔を近づけ、口元のお風呂の蓋を示してくる。


「は、外すの?」


頷く彼女を見て、ゆっくり手を伸ばし、蓋を外す。丸い空間の中には赤い舌が誘うように、伸び縮みしている様子が映る。


その、生きもののように蠢動する口腔に酒をゆっくり流し込んでいく。バランスのとれた体が痺れたように震えていく。まるで、全身にアルコールが回る感覚を楽しんでいるようだ。もう少し見ていたいが、このままでは父に渡す分がなくなってしまう。


「はいっ、ここまで」


途中で止められた酒が名残惜しいのか、陽子の足元に、顔をこすり付けてくる彼女の姿は、犬や猫のようで可愛い。何かよくわからないが、非常によろしくない感情が自分の中に

芽生えてくるのを感じる。


足もとで、もどかしそうに、のたくる彼女の頭にゆっくりと靴を乗せる。


「お酒もっと欲しい?」


お尻の尻尾(入れてる?生えてる?)を振って答える様子に悦びを感じつつ、言い含めるように囁く。


「なら、言う事聞かなきゃね?」…



 「そうすると、香山さん、本日で相談を終わりにすると…?」


市内オフィスビル最上階の一室で“檜山 恭二(ひやま きょうじ)”は顧客からの突然の

終了依頼に首を傾げた。確か、彼は妻を亡くした痛みから立ち治れず、ここを利用した。


もう少し絶望を感じてくれれば良質の“餌”になる事が出来たモノを、少し惜しい気持ちは否めない。


「わかりました。香山さん、まぁ、こちらとしては貴方が元気になる事が、第一目標ですから!嬉しいです。これからは、辛い経験を忘れ、新しい人生を…と言いたい所ですが、最後に、貴方が立ち直ったキッカケをですね。教えて頂きたいんですよ。今後の参考も含めてね」


直接会う事が難しい昨今、檜山のカウンセリングは全て、リモートを採用している。モニター越しの応対にもようやく慣れてきている自身がいる。


そのPC画面からもわかるほどに回復した香山の表情は非常に穏やかだ。


「はい、ある出来事がキッカケで、人…そう、人です…彼に言われたんです。いつまでも情けない姿を見せてちゃ駄目だって。だから、辛い経験もしっかりと胸に留め、生きていこうと思いまして!」


終始、穏やかな様子の香山とのリモート面談を終え、PCの電源を切る。昨今、頻発する天災に流行り病、檜山達の棲息、生存条件はだいぶ、整備されたモノになってきていると言える。


同胞達には、それぞれの領分を決めさせ、この町で食事と快楽を与えてきた。人の心を先読みする能力を活かし、メンタリストとしての身分は人間社会に、だいぶ融通の効くモノとなってきている。恐れるモノなどないと言えるが…不安はよぎる。


「死蝶と大口、どちらも連絡はなし…何かあったのか?」


側近の仲間達から連絡はない。人に人ならざるモノを倒す事は難しい。ましてや、今の人間共は、それ所ではないだろう。考えられるとすれば…


「人に味方する奴がいる?」


いや、我等は人の定めたモノに背くモノ、自身の欲求以外と動く事など…あり得ないと

思いつつ、手を打っておく必要性を感じ、彼は、目を閉じ、仲間への通信を送る事にする。一種のテレパスや先読みの能力、昔の人々は彼の事を“サトリ”と呼んだ…



 父親はしばらく入院する事に決まった。陽子の生活はだいぶ楽になった。でも、夜に

お酒を買いに行く事は止めない。何故なら…


「クロ、クロォッ~何処~?」


暗闇の中から、こちらに走る音が聞こえる。後ろを見れば、両手を地面にピッタリつけ、首を上げた真っ黒女性(真っ黒なのでクロと名付けた)のクロが傍に来ている。


こちらに頬ずりしようとする顔を足で止め、息の荒い口元の蓋を外してやる。


「ハイッ、今日のお酒、あっ、いっけない、少し零れたかも…」


流し込んでやる酒を自分の足元に垂らす。チョコンと角耳を動かし、不思議そうに首を傾げたクロを見下ろし、少し意地の悪い語調で促す。


「舐めてよ」


合点がいったように頷く彼女は陽子の足元に顔を埋める。舌が地面を舐める音に合わせ、背中に刺さった矢が揺れる。それにもだいぶ慣れた。


お酒を少し飲ますだけで、どんな願いも叶えてくれる。数回の餌付けでそれを実感している。

きっと、これは神様がくれた最高の友達、いや、ペットかもしれない。自分が可笑しい?

狂ってる?どうでもいい。狂ったような現実が跋扈する現在では、何があっても良いと思う。


地面を賢明に舐めるクロの顎に靴先を差し入れ、こちらを見上げさせる。

黒一色にポコンと開いた赤い咥内に酒を流し込む。少しえづく彼女を楽しそうに見た

陽子は目を細め、呟く。


「じゃぁ、今夜は何して遊ぼうか?」…



 「ハイ!動かないでー、ヨーカイにーちゃん、ようやく見つけたぜ?」


今夜はレンタルショップに言ってⅮVⅮを2本借りる。そんな楽しみを、自身が見る

映像に出てくるような迷彩兵隊野郎達に囲まれた、竹使いの鬼“タケ”はため息をつきながら、振り返る。


「えっ、おたく等、もしかして撮影?今流行りのSNS関係ですか?」


散弾銃を構えた隊員の八百が笑い、山伏が油断なく9ミリ拳銃を構えながら、タケに近づいていく。


「お前の反応が微弱すぎるから、見つけるのに苦労した。さて、何者か、色々と聞きたい事がある。ご同行願おうか?」


「えっ、いや、まぁ、別に良いですけど…でも、今のタイミング悪い、非常に悪い」


タケが杞憂するのはレンタルショップの営業時間ではない。兵隊達の後ろから感じる気配が濃厚だ。やがて、それは悲鳴と怒号、銃声に始まり、山伏の無線端末からの叫び声で現実のモノとなった。


「こちら、エコー6!班長、すぐに合流されたし、今までのモノとは比べ物にならない反応…てか、目の前にいます。巨大な、巨大な“鬼”がぁあああっ」


通信は雑音で途切れる。タケが何か言う前に山伏が頷き、全員が騒音に向かって走り出した…



 「嘘っ、何っ、これ‥‥」


突然の爆発と逃げ出す人々に陽子は驚く。彼女の握るリードに引かれ、後ろから四つん這いで歩く(今日のお願いは“散歩”だった)クロは小首を傾げる。


目の前に“狂いすぎた現実”が展開されていた。逃げ惑う人々、中には兵隊姿の人もいる。それをまとめて覆い潰す、巨大な足の上には赤黒い醜悪な怪物の姿があった。


怪物の頭には巨大な2本の角が生え、絵物語に出てくる鬼の姿だ。鬼なら誰かが退治してくれる。桃太郎?そんなモノいない。自衛隊?さっき踏まれてた。どうしよう、どうすれば…


「嫌だよ…」


今、ここで全てが終わるのは嫌だ。確かにあんまりいい人生じゃない。父親は酷かった。友達だって少ない。でも、これからだ。やっと楽しくなってきたのに…狂っててもいい。どんなでもいいから、こんなモノに踏みつぶされて終わりたくない。


震える自分の足元に後ろから追いついたクロが角耳をこすりつける動作で気づく。


「そ、そうだ、クロ!お願い!あー、でもお酒がない、ハハ、どうしよう?わ、わかった。ちょっと待ってて、すぐにお酒買ってくるから。でも、でも、もし、クロがいなくなったら?


せっかく、仲良く、懐いてくれたのに…ハハ、どうしよう…ホントに‥」


いつの間にか涙がこぼれる。気づかない内に、足元に跪く彼女が大切な存在になっていたらしい。考えてみれば酷い事ばっかり、やらせたり、してきたのにだ。

自分勝手な自分がホントに嫌になる。でも、でも…


不意に視界が黒一色になり、自分の頬をザラついた舌が静かに這う。立ち上がったクロが自分を抱きすくめ、顔を舐めている。その優しい舌遣いを感じながら、自分の父親が常日頃から酒を飲むため、周りの人に酒の匂いがするとからかわれていた事を思い出していく。


やがて、舌で涙を拭き終わったクロがこちらをジッと見つめていた。いつもの動作だ。再び、涙が零れるのをどうにか抑え、訊ねる。


「お、お願い聞いてくれるの?」


ゆっくり彼女は頷いた…



 「不味いな、あれは“後鬼(ごき)”ですよ、兵隊さん」


「ゴキブリぃっ?それは何すか、ヨーカイさん!」


「昔、生駒山に棲み、人間を苦しめた鬼だ。八百、少しは本を読め!」


「しっかし、あれはキツイな。正直…余程、でけー竹でもねぇと…」


呟くタケの顔が、巨大な鬼に向かって、駆ける黒い影を捉えた時、ニヤリと歪む。


「いや、こりゃ、問題ないな」…



 飛びかかる人間大の同胞を見た時、後鬼はその巨大な手を一気に振り下ろした。その下で潰れる感触を感じる事なく、激烈な痛みと共に自身の手が二つに開かれた事に咆哮した。


すぐに繰り出す片腕に飛び乗った黒い影は、背中に付けた、いや、刺さった矢を抜き、こちらに投げてくる。眼前に迫ったそれが自身の片目を潰す音で一気に記憶が蘇る。


そうだ。コイツを自分は知っている。まだ、人と自分達、そして神が共生していた時、

人を見放し、戦を始めた神に対し、人に味方した者、その背や体にいくつもの矢を、手傷を受け、それでも、なお戦った狂戦の姫君、同胞なんかじゃない、奴は…



 「“戦踊姫(せんようき)”日本では、秋田県の伝承にある酒飲みの鬼、三吉鬼の元とも言われているが…とにかく、コイツは驚いたな…」


崩れ落ちる後鬼をビル内から見つめ、檜山は呟く。敵情を知るとは言え、とんでもないモノを出現させたようだ。


だが、これで、倒すべき相手はわかった。まだ、駒はある。これからいくらでも…


そう考える檜山の眼前を、硬質ガラスを突き破った、一本の竹槍が飛び過ぎていく。

オフィスの真ん中に刺さったそれを見詰め、彼は自嘲気味に呟いた。


「警告か…なるほど、これは、ゆめゆめ忘れぬようにせねば」‥‥



 「クロ…?」


崩れ落ちる鬼の上げる煙が陽子の全身を包む。戦いは終わったのだ。素人の彼女でも容易にわかる結果だ。でも、クロは無事?まだ、色々お願いしたい事、いや、一緒にいたいのに…彼女を探そうと動き出す背中に何かがコツコツ当たる。同時にいつもの荒い息使い、犬のような呼吸音が響いてくる。


陽子は笑い、振り向く。勿論、相手が好きなこの言葉は忘れない。


「お酒!買いに行こっか」…(終)

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