第6話
仕事の帰りのニューヨークの地下鉄。
仕事が長引いてしまったため、いつもよりかなり遅い時間の帰宅だ。
僕は、地下鉄の中でiPhoneをなんとなく開いた。
「ねぇ、隣に座っても良いかしら?」
如何にもキャリアウーマンって感じの女性が僕に話しかけてきた。
「どうぞ。」
「ふふふ。ありがとう。」
女性は、僕の隣に座ると足を組んだ。短くタイトなスーツだったから太ももが露わになる。僕は、その太ももを見ないようにした。
「……わかるでしょ?誘惑してるのよ?」
「確かにナンパにしては、随分と積極的すぎるね。」
「そう。私、肉食系なの。愛にも食欲にもいつも満たされなくて常に飢えてるの。」
「それは大変だ。なら僕は、草食系かな?」
「こんなに美人が誘ってるのに?」
「他の人を当たってくれるかな。」
「それは無理よ。だって今の地下鉄の車両には、貴方と私しかいないのよ?」
「なら、次の駅で他の男性を探しなよ。君くらいの美人なら誰でもOKするさ。」
「無理よ。もうお腹空きすぎて上の口も下の口も限界なの。」
そう言うと女性の目が、黄色く光った。
この人、ミュータントか!
そう悟った時には既に女性は僕の膝の上にまだかり、短くタイトなスーツスカートから太ももが露わとなり、太ももの間から触手の様な物が出ていた。
「ふう……。セクシーを通り越して、ちょっとグロテスク過ぎじゃないかな?」
「気にしてるのよ?これは尻尾じゃなくて、私の子宮。次の駅に着くまで楽しませてもらうわ。上の口からは美味しく食べてあげる。子宮からは、貴方の精子を吸い取ってあげるわ。」
「僕は、ゴムをつけてきちんと避妊するタイプなんだ。」
「あら、中出しのセックスには興味ない?」
「ないね。誠実が売りだから。」
「なら私がリードしてあげるわ。」
逃れる為には……戦うしかない。僕は、ゆっくりと右手を首に当てて背骨を取り出そうとした。
毎回そうだけれども、痛いし疲れるから、嫌なんだよなぁ。
目を瞑り、深呼吸する。全身の血流が巡り、血圧が一気に高まり、体温が上がる。一気に背骨を抜こうとした瞬間だった。
物凄い光が目の前を突き抜けたかと思ったら僕の膝の上から女性の姿がなくなっていた。物凄い悲鳴が聞こえ、その声の方を見ると、女性は緑色の血を流してうずくまっていた。
「大丈夫ですか?!」
反対側から見たことの無い制服姿の白人赤髪の青年が、見たことの無いの銃を構えて駆け寄ってきた。
「あ、大丈夫です。」
「それは良かった!……って、貴方、その目!」
「……え?」
僕の目は、ミュータントの目となっていた為、きっと血走り青く光っているだろう。
「まさか……貴方もミュータントだったなんて。」
「安心してくれ。僕は誰にも危害は加えないし、誰ともつるむ気も関わっていくつもりのないミュータントだ。」
「う……嘘だ!ミュータントは突然変異!人間の本能や欲求が強い!捕食機能がセーブ出来るなんて前例は聞いたことがない!」
「じゃあ新しいタイプのミュータントに出会えたか、これは君の妄想って事で、僕の事は忘れてくれ。」
僕が、立ち上がろうとした瞬間、青年はミュータントの女を撃ち殺した。そして僕に銃を向ける。
「僕を助けてくれたと正義のヒーローだと思ったのに。そうじゃないのかい?」
「あぁ。正義のヒーローさ。僕は、パワーレンジャー。」
「あの五色のヒーロー番組の?」
「そうさ!ヒーローだからミュータントは見逃せない。僕達の基地までご同行願おうか?」
「ヒーローのご同行にしては随分と物騒だな。ミュータントにも色んなタイプがいるが、ヒーローにも色んなタイプがいるんだな。」
「そうだね。だってそうだろ?人造人間や改造人間なら、肉体は変わっても、脳の手術をされていない限り、人間としての本能が保たれてる。だから、彼等はヒーローにもなれるし、国も容認して彼等を放置しているんだ。でもミュータントは違う。生物学的かつ、遺伝子レベルなんだ。xx接触とxy接触レベルの話なんだよ。」
「君は、正しくテキストや教科書の様な思考と人生のヒーローだね。まだテレビのパワーレンジャーの方がユーモアがあってジョークも聞くよ。」
「テレビだからね。これはリアルだ!一瞬の気の緩みが未来の平和を脅かすんだ!」
「なら、君は今、僕の平和を脅かさしているよ。」
「世界の平和の為だ!」
本当の“正義”とは、なんだ?
ただ、生きている。
なぜそれすらも受け入れてもらえない?
「そうだな。生きていてもNASAやFBIもやっぱり変わらないんだろ?君たち“人間”にとって、ミュータントは、“実験対象”か“人類の敵”……か。」
もうすぐ駅に着く。
逃げた所で、“人間”にも“ミュータント”にも追われる。
このパワーレンジャーの青年を今殺したとしても、同じ思考と人生は変わらない。
またしても絶望と空虚感に襲われる。
もし、ミュータントが本当に、人より欲求が強いのなら、僕は、逆だ。
生きていればいる程、食欲も睡眠欲も欲求も亡くなっていく。
消えたくても消えられない。
いや、もしかしたら“消えたい”という“自己承認欲求”なのか。
これが、僕の“生きる”なのかもしれない。
駅に着いた時だった。
電車の扉が開くと
「おまわりさん!こっちです!」
聞き覚えのある声がした。
「?!タイシ?!」
そこにはタイシと警察がいた。
そして、女性ミュータントの死体と血は砂となり消えていた。
警官達は、パワーレンジャーの彼に銃を向ける。
「ハロウィンは、とっくに終わったんだ!そのコスプレでニューヨークの地下鉄に乗るなんて、なかなか痛すぎるぜ?」
「どーゆう事なんだ?」
「俺達はそーゆう関係なんだ。パートナーが帰っくるのが遅いから浮気調査アプリで彼わを追跡したら、地下鉄でコスプレの男といる映像が出てくるし、銃を突きつけられて口論してるから警察に通報したのさ。」
僕が呆気にとられていると、タイシは僕にウインクしてきた。
そして、パワーレンジャーの青年は、警官達に連行されて行った。
すると、タイシは僕に近づいてきて
「この後の事情聴取とか取り調べ、適当に口裏合わせといてくれよ?」
と、小声で行って笑ってきた。
ーーーーーー
警察の事情聴取も終わり、署から出るとタイシが待っていた。
「まさか本当に僕のiPhoneにアプリを入れていたなんて。いつの間に……。タイシ……君は本当に僕のストーカーなのかい?」
「何回か飯食いに行っただろ?その時に君がテーブルにiPhone置いていった時にアプリを入れておいたんだ。」
「なんで?」
「君は本当にフラッと居なくなってしまいそうだったからな。でも、結果的に今回助かっただろ?安心しろ。そっちの気はない。もちろん君への愛情もだ。」
「じゃあなんで?」
「君は確かにミュータントだ。でも、やっぱり“人間”なんだろ?本能だけじゃない。気持ちや感情がちゃんとある。身体の機能が、たまたま“人間”じゃなくなっただけだろ?」
「たまたま……にしては、なかなかヘビー過ぎるけどね。」
「俺には、日本にタケルってなんでも話せる古い友人がいるんだ。そいつには、夢でも悩みでもなんでも話してきた。でもな、あの島での実験やこれからの事は、きっとこれからもタケルにも話せない事だと思う。」
「話した所で信じて貰える様な話でもないしな。」
「ははは。確かにな。」
「それとこれとなんの関係が?」
「俺からしたら、ミュータントの君の方が、人間より、よっぽど“人間”らしいよ。」
「?」
「だってそうだろ?死に急いでるわりには、常に誰かの事を考えている。むしろ、“死にたい”、“消えたい”より、本当は“生きたい”んじゃないのか?」
“生きたい”。
「認められない。戻れないのは辛いよな。始めたり新しくする事よりも、終わらせたり戻す方が何倍もパワーは使うし大変だ。
デイビッド。僕はさ、はっきり言っていつ死んでも殺されても仕方のない人生だし、それくらいの事を“本当に正しい事なのか?”と、葛藤しながらも実験をしていた。
世の中や生き方は変えられない。選べない。抗ってもがいても逃れられない事ばかりだ。なら、自分の“生きていく”為に、“生きていく”しかないだろ?」
「生きていく?」
「あぁ。君の身体も人生も取り戻せないなら。進んでいけないなら、進みたくないなら……進まなくていい。
このままでだっていいじゃないか。
傷を舐め合うわけじゃなくて。
ただ、そこにたったひとりでも、共感じゃなくても理解してくれるヤツがいるだけで救われるじゃないか。」
確かに、タイシには、“タケル”が。
僕には、なんだかんだ……。
「あぁ……。」
「デイビッド?」
「タイシ。僕にはボブというふくよかな同僚がいてね。彼がまた今日も明日のミーティングの資料を作り終わらせられなかったんだ。
明日の朝、ボスのスコットからボブが大目玉をくらわないように手伝わなくちゃ。」
「ははは!そりゃ大変だ!じゃあ特別サービスで僕の店の不味いホットドッグをこれからデリバリーしてやるよ!スコット。ビールは飲めるかい?」
「たまには飲まないとやっていられないかもね。」
「そりゃよかった!あの不味いホットドッグにはヌルいビールが合うんだ。」
「なんだよ、それ。より不味くなりそうじゃないか。」
「だから最高なんだよ!苦味が旨味じゃない。不味さが不味さ。正しく“人生”。“生きてる”って、“生きてく”って、そーゆう事だろ?」
「……最悪だな。」
でも、悪くないかもしれない。
ーーーFinーーー
僕のエンディングストーリー あやえる @ayael
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