第5話

  今日も仕事終わりに同じミュータントに出会った。 彼らは何故か『共存』か『戦い』を求めてくる。

 もちろん、僕はどちらもノーサンキュー。

 当たり前だろ?

 死にたくても死ねないこの身体。

 誰かと関わればその分、情が芽生えたり、自分の事でさえある意味精一杯で、満足に全てをこなせてもいない。なのに、『誰かの存在』なんてお荷物でしかない。


 終わりのない。

 未来も無いこの身体。


 それでも今日もニューヨークで普通のサラリーマンのフリをして生活している僕がいる。 


 もしかしたら「社会にどこかは属していたい」と、いう人間の心を忘れきれない僕がまだいるのかもしれない。


ーーーーーー


「君!」


 休みの日に近所のスーパーへ買い物へ行く途中だった。後ろから声を掛けられ、振り返ると、そこには眼鏡をかけたアジア系の男性が立っていた。……日本人だろうか?


「なにか?」

「いや、えっと。サム君だよね?」


……?!


 僕は、ディビス、として生きている。なぜ、以前の僕の名前をこの男性は知っている?記憶を巡らせても、彼の事を思い出せない。


「人違いでは?僕は『サム』ではないです。」

「いや……。サム君だ。僕は君の事を忘れない。忘れられない。」


 何を言っているんだ。この人は?


「なら……。これならどうだ?離島の病院。……実験。……あと、ナンバー○○○。」


 彼の口から最後に出たナンバー。

 それは、紛れもなく僕がミュータントとして実験されていた時に首に彫られたナンバーだった。


 この男……。僕がミュータントである事だけでなく、あの島の事を知っている?!

 おかしい。あの日、僕はあの施設の人間は全員暗殺し、病院も焼き払ったはずだ。

 なのに……なぜ?


 僕は、内心かなり動揺した。

 口から心臓が飛び出そうな位、脈が早くなり、心拍数も上がっているのを感じる。

 しかし、それを悟られないように、僕はポーカーフェイスを貫いた。


「勘違いですね。」

「いや!俺は……」


 男が僕に駆け寄り、囁く様な声で耳打ちしてきた。


「……君があの離島の病院の人間を全員暗殺した事も、病院を焼き払った事も知っている。」


 何故だ?!


 男は、僕から一歩離れ、話を続けた。


「安心してくれ。俺は、君に感謝しているんだ。未来や科学の進歩の為とはいえ、人が人にあんな酷たらしい事をする事に俺はずっと疑問を抱き、葛藤していた。その環境を無くしてくれたのは……サム君。君だ!……サム君?」


 僕は……気が付いたら頬を涙がつたっていた。


 サムである僕を知っている人物がいた事。


 何よりも……


 ミュータントではなく、彼は僕の事や、同じミュータントの事を「人」と言ってくれた。


 しかし、僕の事やミュータントの事を知っているという事は信用ならない。


 ……始末すべきなのだろうか。


「目にゴミが入ったのかな?」

「君と話がしたい!……もしそれで信用出来ないなら……俺を殺したって構わない。殺されたっておかしくない事をしてきたんだ。ただ……同じ事を知っている人物……感謝しているんだ。」

「懺悔か……嘆きの壁でも見つけたつもりですか?」

「……そうなのかもしれない。」


 僕だって……逃げ出す為に……たくさんの力無き病院の関係者を暗殺した。

 もちろん同じミュータント達も。

 だってそうだろ?このまま生きていたって本当にしあわせか?

 それに僕の正体や素性を知っている人物や痕跡を残しておいてはいけない、と思った。

 だから全員殺したんだ。


 僕らは、そのまま近くの公園のベンチに腰掛け、お互いの生い立ちやらを話した。


「タイシ……は、これからどうしたいの?」

「俺も……それはわからない。ミュータントの事も何もかも忘れたい。あれだけ医学を学んだのに……今はホットドッグ屋のアルバイトさ。でも、それでいいんだ。何にもない平凡な毎日がしあわせなんだ。サム君。君もそうだろ?」

「……今はディビス。」

「すまない。ディビス君。」

「ディビスでいいよ。僕は……何にも無くならない。無くしたいのに……。ミュータントと何故かわかられてしまうんだ。共存や戦いが絶えない。」

「君は、普通の人間に戻りたいのかい?」

「当たり前だろ?!」

「そうだよな。」


 僕は、空を見上げた。

 季節は秋で……風が冷たいけれども澄んでいて気持ちいい。


「タイシは、どこのホットドッグ屋なの?」

「俺?あのニューヨークの四番通りの十字路の。」

「もしかして小さな車のチェーン店の?!」

「あぁ、雇われだから。」


 僕は思わず吹き出した。

 

「知ってるよ!ボリュームはあるけれどもクソ不味い。」

「ははっ。その通り。特に俺の担当の日は特に不味いぞ。」

「じゃあ今度、食べに行こうかな?」


 そう言うと、タイシは目を見開いた。

 そして静かに下を向いて目頭を抑えていた。


「じゃあ、ディビスが来た時はサービスでボリュームも不味さも倍増にしてやるよ。」


 タイシを信用したわけじゃない。

 でも何となく、殺さなくていいと思った。

 いや、逆にもしかしたら『サム』であり『人間』だった僕の事を知るタイシを失いたくなかったのは……紛れもなく僕だったのかもしれない。

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