何ともウソがお上手で

なつめのり

第1話

「よーちゃん。」

「何ですか。」

「今日もかわいいね。」


ため息をついて先輩に目を向ければ、

きょとん、と言う効果音がつきそうな顔で私を見つめる。


「本心だよ?」

「・・・はいはい。どうもありがとうございます。」


いいから手を動かしてください、そう言えば「つれないなあ。」と口を尖らす。


昼間の暑さが和らいだ放課後。

図書館に人はほとんど居ない。


そんな中で図書委員の仕事である返却作業を行っている私達。

しばらくの間黙々と作業を行っていれば、隣に座っていた彼が私の制服をつつく。


「よーちゃん。」

「はい。」

「お腹空いた。」

「知らないですよ。」


餓死しちゃう!なんて騒ぎ始めた先輩。

思わずしーっ、と口に手を当てれば、先輩はにこっと笑って。


「帰りにコンビニ寄ってこ?」

「なんで一緒に帰ることになってるんですか。」

「嫌なの?」

「・・・・・・。」

「え?無言?泣くよ?」


私の言葉に落ち込んだふりをする先輩に思わず笑ってしまって、肉まん食べたいです、と言えば彼は目を輝かせる。


「いいね!今年初肉まんだ!」

「早く作業終わらせないとですね。」


目標ができたのが効果を奏したのか、

先程までのだるそうな感じはどこへやら。

テキパキと仕事をこなしはじめる先輩。

・・・肉まんにここまで釣られる17歳。絶対貴重。


私より1つ年上の七尾ななお先輩は、同じ図書委員。少し明るい髪と着崩した制服、片耳だけ開けられたピアス。最初は怖い人かと思っていたが、話してみれば全然そんなことは無く。


「今日何曜日だっけ。」

「火曜日です。」

「火曜日かあ。今週も長かったね。」

「今週始まったばっかりですけどね。」

「明日も晴れるといいね。」

「見てください外。雨降ってるの分かります?」


この通り、抜けてるのかふざけてるのか分からない。多分どっちも。


ひとつため息をついてから作業を再開すれば視線を感じて、横をむくとじっと私の顔を眺める先輩。


「っ。」


なんですか、と声に出す前に、

先輩が私の髪の毛に触れる。


思わず漏れた声と赤くなってしまった顔。

そんな私を見て、先輩は満足そうに微笑む。


「ねえ、付き合お?」


私の髪を口元に近づける彼。

その顔は恐ろしい程美しい。


「っ・・・!からかわないで下さい!」

「からかってないんだけどなあ。」


なんて余裕そうに笑うから、

動揺している自分が悔しくなってしまって。


顔を逸らして心臓を落ち着ける。

その瞬間丁度下校のチャイムが鳴って、

ナイスタイミング、とカバンをもって立ち上がった。


「・・・帰り、肉まんおごってください。」

「えー、どうしようかなあ。」

「拒否権ないので。」


生意気な後輩、なんて先輩がははっと笑う。

帰り支度をして図書室を出れば廊下はとても静かで。


「よーちゃん、帰ろっか。」

「・・・はい。」


図書委員の仕事がある日は、

こうやって一緒に帰るのが、日常だったりする。





よう、購買いこ~」

「はーい。」


お昼休み。

友人の三春みはると共に購買へ向かう。


昼時の購買はとても混んでいて、

お目当てのメロンパンが買えるかは不明。


「3限目ほんと眠かったあ。」

「ね。耐えた自分を褒めたい。」


三春と会話をしながらふいに後ろを振り向けば、

そこに見えたのは見覚えのある茶髪。


「あ、よーちゃんだ」


向こうも私に気づいてこちらに手を振る。

ペコリとお辞儀をすれば、先輩は楽しそうに笑って。


そんなの様子を見て隣の三春は私の脇腹をつつく。


「いいなあ陽、七尾先輩と仲良しで。」

「そんなことないよ。」

「仲良しじゃん。いつも口説かれちゃってさ~」

「・・・ふざけてるだけだよ絶対。」


声のトーンが少し沈んでしまった事を自覚しつつ、

もう一度七尾先輩の方を振り向く。

そこには1年生の女の子たちに囲まれる先輩の姿が。


彼の周りには、

いつも男女問わずたくさんの人がいる。

・・・モテる、のだ。先輩は。

可愛い、なんて言いなれているのだろう。


「えー、私には結構本気に見えるけどなあ。」

「またそういう事言って。」

「本当だよ。三春の勘は鋭いんだからね。」


なんて言って笑う三春を、

ふざけて軽く小突く。


図書館で出会って仲良くなっただけの私達。

きらきらしている先輩と、特に目立つわけでもない私。

こんな私を、先輩が本気で相手にしている訳はないのだ。


「あ!」

「メロンパン!」

「「残ってる!!」」


ついに順番が来た時に2つ残っていた、名物の焼きたてメロンパン。

2人とも買う事が出来て、幸せな気分のまま教室に戻るのだった。





放課後。元々本が好きな私は、委員の仕事が無くても図書館にいる事が多い。

静かな図書館は、とても心地がいいのだ。


そんな大好きな図書館の中でも、特に大好きな場所があって。


貸出カウンターの奥にある重たい扉に手をかけ、ゆっくりと開く。開けると同時に埃っぽい匂いがして、そこに広がるのは大量の本。ガタンという音がして扉が閉まるとその中は一層静かになる。


ここが、この学校の奥書庫と呼ばれる場所である。


学生に一般に公開されている書庫とは違って、奥書庫は生徒は図書委員しか立ち入ることが許されていない。そこには通常よりも大きいサイズの資料や、

学校の歴史に関する資料が保存されている。


奥書庫の端にある踏み台に腰かけて、

読みかけだった小説を開く。


微かに校庭から聞こえてるだあろう運動部の掛け声が して、窓から差し込む夕日が少し眩しくて。

・・・この時間がとても好きだ。何時間だってここにいれてしまう。




「・・・ちゃん。」


「・・・・よーちゃん。」


不意に声がして目を開けば、

目の間にあったのは、先輩の顔。


「・・っわあ!」


驚いて声を上げてしまった私を見て、

先輩は笑う。


「さっき普通に入ってきたのに全然気づかないんだもん。」


そういって先輩は私の隣にしゃがみ込む。

奥書庫にいる時、こうやって先輩が来るのも珍しい事ではなく。


「集中しちゃうと全然周り見えなくなっちゃうんです。」

「本当に本好きだよねえ。」


何読んでるの、と先輩が私の本を覗き込む。

お年寄りですか、と突っ込みたくなるほどその距離は近い。


「・・・先輩、近くないですか?」

「え?そう?」

「近いです。」

「だって俺視力悪いんだもん。」


そう言って先輩は私から離れないまま、

本を覗き込む。


あまりの近さに心臓がはねて、

けれどそれを気付かれたくなくて。


「そんなに読みたいなら貸しますよ。」

「えー。よーちゃんに読み聞かせて欲しい。」

「絵本じゃないんですから。」


読みかけの場所にしおりを挟んで、

先輩の胸に押し付ける。


「今日もつれないなあ。」


なんておどけて言う先輩に、

ジトッと視線を向ければ楽しそうに笑う。


・・・先輩はずるい。

なんでもない事ように私の距離を縮めてしまう。

サラッと私の心臓を爆発させてしまうのだ。





「・・・最悪。」


ため息をつく私に、三春がドンマイ、と笑う。

指定の制服のワイシャツには、シミが広がっている。


飲んでいた紙コップのココアを自分でこぼしてしまったのだ。・・・なんとも間抜けなことをしてしまった。


「朝から眠そうでボーッとしてたもんね。」

「三春の方が練習で朝早いでしょ。」


部活動には加入していない私だが、

委員の仕事がある朝は早くて。

陸上部に加入している三春は私なんかより全然早いんだけど。


それでも朝が苦手な私にとって、

少しの早起きは小さなやらかしに繋がる。ほんとにマヌケ。


「でも朝からイケメン拝めるのはいいよね。」

「・・・大体寝癖ついてるけどね。」

「あ、イケメンで誰の事か分かったんだ。」

「・・・うるさいなあ。」


ニヤニヤする三春にを横目で見れば、

ごめんって~と全然申し訳なくなさそうに笑う。


「とりあえず水道で洗ってみてくるね。」

「ほーい。いってらっしゃーい。」


水道に向かい1人で歩いていれば、

今度は曲がり角で誰かとぶつかってしまう。何今日厄日?


「わっ、すいません!」

「こっちこそごめんね。・・てよーちゃんじゃん。」


聞きなれた声に顔を上げれば、

そこにいたのは予想通り、先輩。


「やばい、これ恋に落ちる所じゃんね。」

「少女漫画の読みすぎです。」

「食パンくわえなきゃ。」

「校内で食パンくわえてる人見たことありますか?」


相変わらず本気で言ってるのかふざけてるのか分からない。

先輩の視線が私のワイシャツを見て止まって、

そこでココアの存在を思い出す。


「こぼしちゃったの?」

「・・・はい。」

「えー。よーちゃんまぬけー。」

「先輩にだけは言われたくないです。」


私の言葉に先輩は笑って、

そしておもむろにパーカーを脱ぎだした。


えっ、と戸惑っている私の視界は、

一瞬暗闇に包まれた後、そして感じたのは先輩の匂い。


「・・・それ、貸してあげる。」


何が起こったのか理解できない私にばいばーいを緩く手を振って、

ワイシャツ姿の先輩は廊下を去っていく。


視線を落とせば、見えたのはぶかぶかの袖。

私が着ているのは、さっきまで先輩が来ていたパーカー。


理解した途端顔が赤くなってしまって、

廊下に誰もいなかったことに心底感謝した。

・・・本当に、先輩はずるい。






パタパタと廊下を走る自分の足音が響く。


HR後に先生に用事を頼まれてしまい、

少し遅れて図書館に向かう。


今日も先輩と一緒だ。

なんて思ってしまう自分が恥ずかしくて、もどかしくて、でも苦しくて。

グルグルと自分の感情が混ざり合っているのが分かる。


でもいいんだ。

きっと私は、先輩の顔見れるだけで。きっと__。


「えー、カラオケ行かないの?」


あと一つ角を曲がれば図書館。

そんな地点で女の人の声が聞こえて、足を止める。


「付き合い悪いって〜。」

「ごめんて。まだ今度ね。」


女の人の声と一緒に聞こえるのは、

間違いない、先輩の声。

きゅっと胸が詰まる。


「なんかさあ。

七尾最近ずっと図書館にいない?」


その女の人の言葉に、

縮まった心臓がさらに苦しくなる。

ドキドキ、ではない。バクバクと心臓の音が鳴る。


「本なんか興味なかったじゃん。」

「・・・そう?」

「何?なんかほかに理由あるの?」


先輩は、なんて答えるのだろう。


バクバクとなり続ける心臓が、

次の瞬間、止まる。


「別に?ていうか俺そんなに図書館行ってないし。」


「っ・・」


先輩の言葉に息が出来なくなって。

気付いたらその場から走り出していた。


分かっていた。先輩は私をからかっていただけだって。

分かっていた、分かっていたのだ。

私と一緒にいる事も、女の人には言いたくないのだ。

一個しか違わないのに大人っぽくて、綺麗なあの人には。


分かってる、分かってるんだ。

だから涙なんて出るな、馬鹿。





次の日から、私は図書館に行くのをやめた。


廊下を歩くときも出来るだけ下を向いて、

話しかけられそうになったら逃げてしまって。


三春にも不思議がられてしまったが、

笑って誤魔化してしまった。


先輩の前で笑える気がしなくて、ああ、なんて自分は子供なんだろう。

馬鹿げたことをしているのは、十分分かっているのに。





ガタン、という音がして扉を開く。

埃っぽい匂いを久しぶりに感じて、

やっぱり落ち着くなあ、なんて思った。


昼休み終了まであと少し。

どうしても借りたい本があって、先輩とはち合わせしないようにとお昼休みに図書館へ来た。


久しぶりの図書館に気持ちが弾んで、

あまり時間がないのにも関わらず奥書庫にも入り込んでしまった。

定位置に座って、借りた本を開く。


窓から入り込むそよ風が時々ページをめくって、

和らいだ日差しが心地よくて。




「5時間目、始まりますけど?」


不意に聞こえた声に驚いて顔を上げれば、

ドアの前に立っていたのは、久しぶりに見る優しい顔。


「っ・・なんで」

「三春ちゃんに教えてもらった。」


そう言って先輩は私の方にゆっくりと近づく。

その表情は、見たことないほど真剣で。


「よーちゃん。」

なんで俺の事避けるの?」

「・・・っ・・」


俯いたまま逃げようとすれば左腕を掴まれて、

その場から動くことが出来なくなってしまう。


「ねえ、こっち見て。」


先輩の表情にいつもの緩さは無い。

目を合わせれば、逸らすことが出来なくなる。


「よーちゃん。」


優しく名前を呼ばれればなんだか泣きそうになって、

それに気づいたのだろう。先輩が私の頬に手を伸ばそうとするから。


「っ・・・そうやってからかわないでください!!」

「からかってなんか・・」

「図書館に来てる事隠してましたよね!

他の人に私と会ってるのあんまり知られたくないんですよね!」

「っ・・・」


別に先輩の特別な存在でもないのに、

こんなこと言うのが変だという事は分かっている。

ただの一方的な嫉妬だ。分かってる。分かってるけど。


「よーちゃん。」

「それなのにいつも冗談言ってからかって!先輩からしたら何てことないんでしょうけど!」

「ねえ。」

「私はいつも心臓バクバクなんです!いっぱいいっぱいなんです!!」

「ねえ、聞いて。」


溢れるままに言葉を出し切ってしまって、

そのまま俯く。

こんな子供みたいに感情を出してしまった事が恥ずかしくて、情けなくて。

顔を上げれなくなってしまった私。


そんな私の頭に先輩が優しく手をおいて、目線を合わせる。


「確かに、図書館に来てるの隠してた。」

「っ・・」

「だって俺、さ。」



「図書委員じゃないんだもん」

「・・・え?」


思わず顔を上げてしまう私。

目が合えば、先輩は少し困ったように微笑む。


「委員じゃないのに奥書庫に入ってるの見つかったら怒られちゃうでしょ。」

「えっ・・委員じゃないんですか・・・?」

「うん。本当は美化委員。」


美化委員。掃除してる先輩なんて想像できないな。

・・・じゃなくて。


「だったらなんで・・・」


私のつぶやきに、

先輩はいつものように笑う。


「そう。図書委員じゃないのになんで俺毎日図書館来てたんだろうね。

本当はやらなくてもいい仕事やって。朝も早く来て。」


じわじわと胸に温かいものが広がって、

鼓動が早さを増していくのが分かる。


「ねえよーちゃん、なんでか分かる?」


私の手を優しくつかんだ先輩は、

俯いた私の顔を覗き込んで。


「・・・分かり、ません。」

「ほんとに?理由なんて1つしかなくない?」

「っ・・また、からかわないでくださっ」


最後まで言い終わる前に。

掴まれた手を引かれて、気付けば先輩の匂いに包まれていて。


「だからからかってないって。決めつけてるのはよーちゃんじゃん。」

「っ・・・」

「答え、知りたい?」


心臓がはち切れてしまいそうなほど鳴っていて、

それでも先輩のその問いかけにゆっくりと頷く。



「じゃあさ、次の時間、サボっちゃおっか。」



その言葉に壁に掛けてある時計を見れば、

授業開始まで、あと、5分。


時計から視線を戻せば先輩の瞳に掴まって、

先輩は、意地悪く笑う。



「理由なんて一つだよ。」


ねえ、まって。ああこのままじゃ。


「よーちゃんのこと、本気で好きなんだもん。」



わたしは恋に落ちてしまう。







「あとごめん、もうひとつ嘘。」

「なんですか?」

「俺、視力両目1.5」

「嘘つきだ。」

「だってよーちゃんの可愛い顔、近くで見たかったんだもん。」

「・・・・・・ばか。」

「ばかで結構。」

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