第9話 <質量操作>
少しの抵抗もなく、彼女の剣は手から離れ宙を舞った。
勝った。と思ったが、
「ぐっ……」
腹に衝撃。数メートル飛ばされる。
蹴りだ。至近距離から放たれた蹴り上げが俺の胴体を直撃していた。
彼女は追撃してこない。地面に刺さっている剣を引き抜き、構える。
「なるほど。それがあなたの固有魔術なのね」
そう言って彼女は不敵な笑みを浮かべる。
今までのは小手調べといったところだろうか。彼女には余裕がある。手加減をしているわけではないだろうが、本気でもないのだろう。
今度は、こちらから攻める。
<投槍>を発動する。時間差をつけて放たれた10本の金属の槍がファニーナを襲うが、彼女は身動きもしない。
槍は彼女に到達する直前で、青白い粒子となって消えた。自然に消えたわけではない。彼女に消されたのだ。
魔術によって魔素から作られた槍そのものに働きかけ、魔素に還元する。物質化を解除された魔素は質量を失う。
高等魔術<魔素還元>。
上級生を含めて、この学校の学生のほとんどはろくに使いこなせないだろう。それを高速で飛翔する槍に対して発動させ、完璧に無効化したのだ。
彼女が
先ほどとは打って変わって彼女は接近してこない。<質量操作>の魔術が高速発動できる俺に接近戦は危険だと判断したか?
遠距離攻撃する魔術のほとんどは<魔素還元>に阻まれてしまう。突破できるのは、魔術の発動が間に合わないほどの高速攻撃。分解しきれないほどの大質量攻撃。あるいはそもそも魔術で生成されていない物質での攻撃。
電撃、光で目くらまし、火炎放射。<魔素還元>では防げない魔術を試してみるも、いずれも通じない。すべて、魔術の準備段階で察知され、別の適切な防御魔術で防がれてしまう。
魔術師としての総合力は、間違いなく彼女の方が上だ。
高威力の魔術が使えない以上、遠距離戦ではらちが明かない。魔術を長い間連続使用していれば、精神が疲弊し、ろくに魔術が使えなくなる。俺と彼女どちらがそうなるのが早いかはわからないが、おそらく俺の方が早いと考えるべきだ。
彼女は戦いなれていて隙が無い。勝ちの目があるのは、やはり近距離戦。<質量操作>の魔術で片を付けるしかない。
彼女から放たれた金属の槍を剣ではじく。
彼女は冷静に俺のすきを窺っている。何とかして近づきたいが、さてどうするか。
師匠の言葉を思い出す。
実力が上回る相手に接近し、<質量操作>による必殺の一撃を食らわせるにはどうすればいいかを聞いたとき。師匠は「それができれば苦労しない」と言っていたが、同時にこうも言っていた。「君には<質量操作>の魔術がある。相手が知らない未知の魔術。虚をつくにはうってつけだ。使い方を、教えてあげよう」
師匠には<質量操作>は使えない。だが、師匠には知識があった。有効活用するための知識が。
ファニーナのもとへ向かって全速力で駆け抜ける。
彼女は決して慌てず、ひたすら冷静に対処してくる。
襲い来る金属の槍。それを俺は避けない。防がない。ただ愚直に前進し続ける。
直撃するが、無傷。彼女の眉が怪訝にひそめられる。
しかし、それでも彼女は冷静さを失わない。<投槍>が効かないと判断すると、次は巨大な鉄の球をつくり、それを発射する。速さは金属の槍に劣るが、威力は比べ物にならない。直撃すれば、<身体強化>を使っていても大けがは必至だ。
腕を振るう。まるでそよ風に吹かれる綿のように、鉄球の軌道はいともたやすく変えられ、明後日の方角へ飛んで行く。
ここにきて彼女の表情は一変した。理解できないものを見る目だ。
彼女は俺が魔術を使うのを何度か見ただけで、<質量操作>の魔術の本質は知らないはずだ。何が起きたかわからないのだろう。
答えは単純だ。槍や鉄球の質量を小さくしただけ。だが、限りなく小さくしている。それこそ、感覚として巨大な綿を相手にするようなものだった。
衝突の威力は、速さと質量で決まる。その一方である質量を極端に小さくすれば、ダメージは負わない。
ついに剣の間合いに入る。
そこからは彼女は防戦一方だった。
彼女は常に<質量操作>の魔術を警戒しなければならない。それに加えて、彼女はいまだ<質量操作>の全容を把握しておらず、こちらが何をしてくるかわからないという恐怖がある。
だが、こちらも安易に使えるわけではない。当てることができなければ、質量が増加した剣の制御を失う。相手が警戒している今は、使いどころが見出せない。
しばらくは決定打に欠ける戦いが続いた。
じれったいが、相手にも焦りが見える。精神的により追い込まれているのは、彼女のはず。攻めの手を休めない。
俺の剣を受けそこね、ファニーナがバランスを崩す。とはいっても彼女はすぐ姿勢を立て直すだろう。だが、それで十分だ。その少しの時間さえあれば、剣が届く。
<質量操作>を剣に対して発動する。剣がかえって振りにくくならない程度に軽くなる。速度を増した剣。それが彼女の剣を捉える。接触する直前質量を増大させる。彼女の腕が弾かれ、剣が再び宙を舞う。
だが、前回とは違う。彼女の顔からは余裕が消え去っている。…………あきらめていない? 追い詰められているような彼女の表情には絶対に負けられないという、強い意志を感じる。
彼女に一撃入れようと思ったとき、背筋を悪寒が駆け抜ける。彼女は魔術を発動させる準備をしていて――
「止め!!」
ラルフ教官の声で試合が中断された。
その声で彼女は我に返り、茫然としたような顔をしている。彼女は今一体何の魔術を発動しようとしていた? 発動していたらどうなっていた?
疑問は尽きないが、試合はこれで終わりとなった。ファニーナが規定以上の威力の魔法を発動しようとしたことによる反則負け。
試合終了後ファニーナは終始無言でうつむいていた。堂々とした態度は見る影もない。
ひとまずは俺の勝利だ。試合ではあるが、
魔術学校の異端児 ~俺にしか使えない<質量操作>を使って成り上がる~ オクソン @okuson
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔術学校の異端児 ~俺にしか使えない<質量操作>を使って成り上がる~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます