第8話 試合開始
ファニーナから試合の連絡が来た日の昼休み、俺とカミラ、ヴィクターは食堂でランチを食べていた。
イーレン魔術学校には食堂が3つ設置されているが、今いるのはその中で最も食事の値段が安い。周りにいるのもほとんど平民だ。
3人とも食べ終わって一息ついたころ、俺はこう切り出した。
「3日後に、ファニーナ・バーンズを試合をすることになったんだ」
そう告白すると、カミラはピクリと体を動かして反応したが、ヴィクターはあまり興味がなさそうだった。
「あ、あのファニーナ・バーンズ、ですか?」
「え、何? 有名人なの?」
ヴィクターは彼女が
そのことを話すと、彼は意味が分からないといった表情を浮かべ、
「は?」
そう一言だけ漏らした。
「え、なんでその年で
ヴィクターの気持ちはわかる。俺もどのようにして彼女が
「それは俺もよくわからないが、とにかく、ファニーナ・バーンズが
彼女と試合をすることになった経緯をカミラとヴィクターにかいつまんで話す。
「――とまあ、そういうわけで試合の約束をしてきた。カミラとヴィクターには試合のときに俺の介添え人を頼みたい」
「それは別にいいけど、今さらっとすごいこと言ったよな。ディルグ固有の魔術があるなんて聞いてないぞ」
「私も聞いていませんでした」
いずれは隠せなくなるだろうし、ヴィクターとカミラなら言いふらしたりはしないだはずだ。彼ら彼女なら言っても問題ないだろう。
「それは……言う機会がなかったからな」
「そうだね。僕もディルグと同じ立場だったら隠していたところだ。別に追及するつもりはないよ」
「あの……ディルグ。説明ではぼやかされていましたが、結局その魔術はどのようなものなのですか?」
「ああ、それは……カミラ、掌を出してくれ」
「?」
空のコップをとり、差し出された掌の上に置く。俺がコップを軽く持ったまま、コップに対して魔術を発動させる。
「ッッ!!??」
コップの質量が急激に増大し、カミラの腕がガクンと下がる。
手を離すと魔術は解け、コップの重さは元に戻った。
「これは……もしかして、物体の重さを増やす魔術ですか?」
「そうだ、逆に減らすこともできる」
再びコップに手を付け、魔術を発動させる。
「! 軽くなりました」
「こういう風に物体の重さを変える、正確に言うと質量を変えるのが俺の固有魔術だ」
「どういうものかは分かったけど、使い方がよくわからないな。物体に重力と逆向きや同じ向きの力を働かせるのと何が違うんだ?」
確かに、今実演してみせたようなことはこの魔術でなくとも実現可能だ。コップに対して力を働かせればいいだけなのだから。
「それは、秘密だな」
ヴィクターは釈然としないながらもうなずいた。カミラは腕を組んでじっと考え込んでいる。
「で、ファニーナ・バーンズに勝つ見込みはあるのかい? 勝算もなしに挑むわけじゃないんだろう?」
「もちろん、と言いたいが正直わからない。相手の実力がわからないからな。普通に考えれば、
「帝国の試合に関する諸規則」はたとえ上級魔術師用のルールであっても、彼女には足かせとなる。
「まあ、負けても特に失うものはないからな。大けがだけはしないようにするよ」
下を向いて考え込んでいた彼女が顔を上げて俺を見据える。その表情は剣術の授業で試合をした時以上に真剣だった。
「ディルグ。気を付けてくださいね……」
「? ああ」
カミラの態度には引っかかるものがあったが、俺のことを心配してくれていることに変わりはないだろう。
「やるからには勝ってくれよ」
ヴィクターも応援してくれている。
惨敗だけはできないな。
「勝てるよう……頑張ってみるよ」
ついに、ファニーナとの試合の時が来た。
訓練場には、俺と介添え人のカミラとヴィクター、ファニーナと彼女の介添え人の学生、そして審判のラルフ教諭がいる。
学生同士の試合の審判を教師が担当するのはまれなのだが、
介添え人たちは観客席にいる。ファニーナの介添え人は、バーンズ公爵家の関係者らしい。この試合のことを口外したりはしないとのことだ。
ファニーナと俺が対峙する。
「なんでお前たちが試合をすることになったのかはわからんが、公正に審判させてもらう。危なくなったらすぐ辞めさせるからな。ルールは上級魔術師用の『帝国の試合に関する諸規則』に則り試合をする。異論はないな?」
ラルフ教諭が最後の確認をする。
「そういえば、ルールには記載されてないけど、あの魔術はいくら使ってもいいわよ? ラルフ教諭。彼が見たことのない魔術を使っても、反則にはしないでください」
「……わかった。ファニーナはそれでいいんだな?」
ラルフ教諭は疑問に思ってはいるものの、深くは追及しないようだ。
「ええ。構いません」
「いいのか? 敵に塩を送って」
「私の目的のためだからね。あなたを手助けしているつもりはないわ」
試合中に俺の魔術を盗めると言っているのか? 舐められているのだろうか、これは。
しかし、正直ありがたい。これで勝てる可能性はだいぶ上がった。
ファニーナと俺が距離をとる。20メートルほど離れたところでお互いに両手持ちの長剣を構える。剣は刃引きがされている。
ファニーナの雰囲気が変わった。殺気は出ていないが、こちらを見る目は本気だ。手加減をする気はないようだ。つまり、こちらを舐めてはいないということだ。
「それでは、はじめ!」
教諭の掛け声で試合が始まる。と、同時にファニーナが<投槍>の魔術を発動させる。
数十本の金属の槍がこちらに向かってくる。回避はできない。
<鉄壁>を発動する。
地面から鉄の壁が生成され、槍を受け止める。
数もさることながら、金属の槍は個々の威力も高かった。盾はだいぶ厚く作ったが、危うく貫通するところだった。
壁を作ったはいいものの、壁のせいで相手が見えづらい。
彼女は、いつの間にかすぐそばまで近づいていた。
壁から離れ、彼女の剣戟を受け止める。重い。
何とか彼女の剣を弾き、<爆裂>を発動させる。指向性を持たせた爆風とともに鉄片が彼女に突き刺さ……らない。
彼女はすでに俺の横に回っている。
中段からの横なぎ。一歩引いて躱すが、そのまま攻め立ててくる。
魔術を発動する隙もないほどの苛烈な攻めを直感でさばいていく。
彼女は接近戦でけりを付けたいようだ。遠距離だと魔術の威力が制限されるからだろう。
しかし、近距離ならば<質量操作>の魔術が使える。
剣の振りに魔術を載せる。
通常より数段速い剣筋が彼女の剣を捉える。彼女はこの魔術を見たことがあるが、速すぎて反応できない。接触の瞬間、質量が数百倍に増大する。彼女の剣はあっけなく宙を舞った。
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