まだ言葉では紡げない
陰陽由実
まだ言葉では紡げない
なんでもないある日のこと、私と
「ねぇ蒼井、こっちに背中向けて」
「なんで?」
「背中文字したい」
「は?」
まあそりゃ急に言われたら呆けてしまうのも分かるけど、そんな人をバカにでもするような半眼になんかしなくったっていいじゃないか……
「どういう風の吹き回しだよ」
「面白いこと考えたから試したくなっただけ」
「……変なことはするなよ?」
「やった」
創作小説を推敲していた手を止め、椅子に横座りして背中を向けてくれた。
……あれ?蒼井の背中ってこんなに大きかったっけ?身長は確かに蒼井の方がだいぶ高いけど……
「どした?」
「あ、ごめんちょっと見惚れてた」
「背中に?」
「こっちの話」
さらりと流してさらりと指で背中になぞる。
「……えっ、ちょ、それどういう……」
どうやら一発で何を書いたか分かったらしい。私はにんまりと笑った。
「なんて書いたと思う?」
「いやあの」
「なーんーて、書いたと思う?」
後ろから蒼井の顔を覗き込みながら笑顔の圧をかける。
言葉を当てるのがゲームだからね。分かったのに答えないのは無しだよ?
ええ……
言葉を当てるのがゲームだからね?
無言で、目と目でそんな言葉を交わす。
蒼井がちょっと赤くなった頬でため息をついた。
「……すき」
「そのジョークめっちゃ面白い!」
「いや
「あれはあれ、これはこれ」
作戦大作戦。やったね。
……まあ本当は、冗談でもいいから君からその言葉聞きたかっただけなんだけど。
すると蒼井は少しむっとした顔を見せた。
「藤原、背中向けろ」
「え?くすぐるの?」
「くすぐらない。もっといいこと」
「???」
私は首を傾げながらも椅子に横座りして背中を蒼井に向けた。
お
うっ、やっぱ少しくすぐったい。
れ
ん?俺?
も
!?!?!?
「なんて書いたと思う?」
いやににこにこしながら顔を覗き込まれ、私はふい、と顔を背けた。
まさかこうやり返されるとは。
「…………」
「おーい」
「…………」
「言葉を当てるのがゲームだからな?分かったのに答えないのは無しだからな?」
うぐ、と呻きが漏れた。そっくりそのまま返ってきたよ……というか、私さっき口では言ってなかったよ?なんでそのまま返ってくるのさ?というか返ってくるっていう表現自体がおかしいよ?
悶々と余計なことを考えながらも覚悟を決めた。
「……おれも」
「一人称が男になってるよー」
「蒼井が書いたんでしょうが……」
「仕返し」
「うう……」
やるんじゃなかったぁ……と小さくぼやきながらうつ伏せた。
……ちょっと待って?
「本音では、ないよね……?」
「…………………さあ?」
「いやどっちよ!?」
がたんと勢いよく立ち上がると同時にふい、と顔を背けられた。
「どっち!?」
「教えてあげない」
「なんで!?」
「そ、そういう藤原は本音だった?」
ちら、と視線を投げられてちょっと詰まった。
「っ……仕返しされたから教えてあげない」
「なんで」
「なんっ……蒼井こそ教えてよ!」
「俺は先に言わされたから」
「謝るから!教えて!」
「んー、また今度」
「じゃあ私も言うから!」
あまりにも気になって、というかこんなチャンス二度とこないと思ったからか、私は彼のシャツを少し摘み、勢い余って言っていた。
あ、と思ったときには蒼井は目を見開き固まっていて、一瞬ののちに自分の頬が火照るのが分かった。
「えっと……」
おず、とシャツから指を離して手を引っ込めると蒼井は私の右腕を掴み、そのまま椅子から立ち上がって左肩も掴んだ。
何事と思って見上げた蒼井の頬も赤かったけど、まっすぐに私を見ていた。
「俺……」
暇な時間に想いの繋がる、今日この頃。
まだ言葉では紡げない 陰陽由実 @tukisizukusakura
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