私の隣にはヒューマノイドの部下がいる
@BONMONOGATARI
第1話
西暦2120年8月25日の午前10時。
私、新木ハジメは新宿スクランブル交差点が一望できる場所にいた。およそ100年前から進行する人口減少は、今も変わらず社会問題となっていて、時折世間を賑わせている。
人口減少が進む中で、多くの都市が消滅していった。そんな中で日本政府は、存続が困難な都市にヒューマノイドを派遣することで、この問題を解決しようとした。当初は不足した労働者の代替や高齢者の介護が、ヒューマノイドを派遣する主な目的だった。しかし、最終的にヒューマノイドだけになってしまった都市も少なくない。
今、私のいる新宿スクランブル交差点には横断歩道の白線が見えないほどの人々が歩いている。しかし、この数え切れない人々の半数以上がヒューマノイドだろう。
現在の日本国内でのヒューマノイド数は人間の5倍だ。比較的人口の多い東京だから、この通りとはいかないだろうが、確実に半数以上はヒューマノイドだろう。これじゃあ、将来最後の人類になってもしばらくは気付かないかもな。
「新木さん。コーヒーをどうぞ」
後ろから声がした。部下のカエデだ。ふんわりとした雰囲気のある、黒髪のショートカットの女性だ。彼女もヒューマノイドである。
「あぁ、ありがとう」
そう言って、コーヒーを受け取る。
ヒューマノイド。人型ロボット。外見だけでは人間との区別なんてつかない。いや触ってもつかないだろう。進化を続けたヒューマノイドは今、皮膚をはじめ目に見える部位のほとんどが生体部品である。
「現場に向かうか」
「そうですね」
私は警視庁の捜査官だ。足早に現場に向かう。現場は少し暗い裏路地の一角だった。そこには一体の壊れたヒューマノイドがいた。いやこの場合、殺害されたと思われると言った方が良いのかもしれない。捜査を始める前に手を合わせる。さあ始めるか。
「あぁ、頭部が完全に破壊されてる。ここまで派手に破壊されちゃあデータも復元できないな」
カエデはあさっての方向を向いている。捜査官になって5年目だというにまだ遺体に慣れないのか。それにしてもずっと疑問に思っているのだが、なぜヒューマノイドにもこういう苦手なもの、欠点と言えるものがあるのだろうか。必要な要素だとは思わないのだが。
「やはり、殺人でしょうか?」
チラチラと遺体を見ながら彼女は言った。
「そうだろうね、多分、後頭部を後ろから鈍器で殴り、動きが鈍くなったところで首を折り機能停止させた。そのあとデータを完全に破壊する為、頭を殴り続けたってところだろう」
その後、署に戻り現場付近の防犯カメラの映像を確認したり、被害者の交友関係を調べたりと犯人特定への糸口を探す。
「新木さん、来ました」
休憩中、カエデが私を呼ぶ。
法医学者からの解剖結果が来たようだ。
「来たか、内容は?」
「凶器は野球バットのような形状の鈍器と思われる。破損具合から犯人は女性もしくは力の弱い男性と思われる。恐らく人間だそうです」
「なるほど、ありがとう」
犯人は人間か。一般的に人間と比較してヒューマノイドの方が力が強い。腕力も、脚力も、握力も、何もかも。
最終的に遺体のヒューマノイドの製造番号から、身元と職業がホストということが判明。彼の働くホストクラブの客の1人が犯人として挙げられた。犯行動機は彼がヒューマノイドであることを隠して人間である女性客に結婚をチラつかせながら商売をしていたこと。彼がヒューマノイドであることを知った彼女は怒りで衝動的に彼を殺害してしまったと言うことだった。
人口減少が進んだこと。
ヒューマノイドの増加したこと。
この2つが原因で人間同士が出会う機会が少なくなっている。仲の良い友達、職場の同僚、隣人すべてがヒューマノイドという人間もいると聞いたことがある。実際私も部下も上司もヒューマノイドだ。先ほどの検視官は人間だが、私の中で彼は恋愛対象ではない。
私は犯行に至った彼女の気持ちが分からないわけではない。
学生時代、私の初恋の相手はヒューマノイドだった。私はてっきり人間だと思っていた。彼女がヒューマノイドだと知ったときの驚きと悲しみは今も忘れることができない。もうあのような経験はしたくない。それ以来、私は恋愛に億劫になってしまった。
ある休日の朝、私はいつものようにニュースを見ながら朝食を取る。プロ野球、Jリーグ、日本の人気スポーツのプロでさえ全て人間というわけではない。プロ野球の場合、ベンチ入りできるヒューマノイドの人数を制限したりと人間の割合が減らないよう努力しているみたいだ。ただこの規則を差別だとして批判する声も少なからずある。
そう言えば以前、裁判の判決の内容が人間とヒューマノイドで差があるとして一時期大論争が巻き起こっていたっけ。
100年ほど前は男女の格差が問題となっていたらしいが、今は人間とロボットの格差が問題になっている。100年後は何と何の格差が問題になっているのだろうか。気になる。
翌日、部下のカエデと新しい事件現場に向かう。現場は人目につかない倉庫だった。
「うわ!」
まぁそこそこの数の事件現場を見てきたがこれはなかなか直視できないな。そこにはヒューマノイドの死体が山のように積まれていた。かなり時間が経っているようで生体部品は腐敗、異臭を放っていた。
「すみません!」
そう言い残すとカエデは口を押さえながら倉庫から出て行った。うん、これは仕方がない。私でもそうしたいくらいだ。しかし、人間とは凄いものだ。だんだん光景にも臭いにも慣れてきてしまった。
「これは…」
「金銭目的の殺人だな」
鋭い目つきの捜査官がそこにいた。上司だ。
「あ、おはようございます」
「おはよう」
「やはり、部品目的ですかね」
「あぁ、そうだろうね。体の内部が抉り取られている」
「たしかに…」
よくそんな細かく見られるな。ほぼ人間の形してないぞ。いやヒューマノイドの形か。まぁ同じか。
現場が直接映っている防犯カメラはないものの、現場に行くにあたって必ず通る道には防犯カメラがある。そこに映る全員の行動を総当たりだ。
署に戻り、大量の映像を確認する。とは言え全てを見るわけではなく機械が大体のことをやってくれる。そして、その機械がまとめた情報の中から私達が有益な情報を探し出すといった感じだ。遺体発見の1週間前の映像に映っている、大きいケースを持った男性が怪しい。彼のその後の経路を辿る。ん?これは大学か。
「取引先は大学のようだな、大学の誰かまでは不明だが」
「そうですね」
「行くか…」
ある程度の成果を上げられることができたとは言え、ここ1週間しっかりとした睡眠が取れていない。カエデはいつももと変わらない表情で出かける準備をしていた。あぁ、ヒューマノイドはいいなぁ。
実行犯は他の捜査員に任せて、私達2人は大学に向かう。工学部の機械工学科、ロボット工学科、ま、この辺りだろう。
教授に直接お話を伺う。彼は人間のようだ。これまでの状況等説明する。彼は重そうに口を開きこう言った。
「購入したことは間違いない」
呆気なく部品の購入を認めた。未解決事件なんてものはないに等しいこのご時世、呆気なく犯行を認めるのは特段珍しいことでもない。
「しかし、そんな部品だとは知らなかったんだ。ただ、中古の部品があるから、格安でっと言われただけなんだ…」
「なるほど、では後ほど詳しい話は署で聞きますので、購入した部品はどこに?」
「少し待っていてください」
そう言って、彼は奥の部屋に入って行った。しばらくすると、綺麗なケースにキッチリと丁寧に入れられた部品を持っていきた。
「では」
彼からケースを受け取り、カエデに渡す。
そのまま署に連行し、取り調べを行う。実行犯も捕まったようだ。実行犯はヒューマノイドだった。職を失った。家も失った。そんなヒューマノイドだった。ヒューマノイドが感情を持つとこうなってしまう場合も珍しくない。
あとは同僚に任せて私は寝る。これ以上は命に関わる予感がする。私は1週間ぶっ通しで働いても問題のないヒューマノイドとは違うのだ。
翌朝。
「おはようございます」
「おはよう」
「昨日の詳しい資料を送っておきました」
「あ、ありがとう」
資料に目を通す。ん、何か引っかかる。大学は別にお金に困っている様子はない、逆に潤っている。なぜ、教授は100%信頼のある所から部品を購入せず、出所の不透明な中古の部品なんか購入したんだ?比較的値段が安いからとはいえ…そこまで大きな差はない。気になる。
「カエデ、教授の自宅の家宅捜索はまだしてないのか?」
「えぇ、まだですね。令状はもうあるのてこの後行こうかと」
「今すぐに行こう」
「え? は、はい」
車に乗り彼の自宅へ向かう。彼は自宅には誰もいないようだ。まぁ独身だからな。一通り部屋を回る。
「あ、地下だ」
隠されたように地下への入り口があった。ゆっくりと中に入る。
「あ…」
暗い部屋の奥に拘束されているヒューマノイドがいた。普通、人間かそうじゃないかなんて外見だけでは判断つかない。しかし、今回ばかりは例外だった。
「猫か?」
猫耳の女性形ヒューマノイドか。驚きを隠せない。まるでアニメの中のようだ。可愛い。おっと、まずいまずい。
彼女は怖がっているようだった。感情付きか?恐る恐る近づく。
「誰?」
うわ、しゃ、喋った。やはり感情があるようだ。
保護しなければ、応援を呼ぼう。
大学の研究ではなく自分の趣味で使う部品の購入だったのか。それなら納得できる。高度な部品の場合、正規ルートで購入すると使用状況を示さなければならない。猫耳ヒューマノイドに使用するなんて言えるわけがない。
同意のないヒューマノイドの改造は原則禁止だ。そして、同意があっても非人道的もしくは社会生活に影響を及ぼす可能性がある改造は禁止だ。その判断基準は未だに曖昧ではあるが。ヒューマノイドにも人権が保障されて間もない今、このような事件はしばしば起きる。
猫耳のヒューマノイドを無事保護し一件落着。
昼食をとりに町を歩く。世間は選挙の話題で盛り上がっていた。前回、初めて衆議院委員、参議院議員共にヒューマノイドの議員数が人間の議員数を上回り話題を読んでいた。人間がロボットに支配される未来はとうの昔に来ていて私が気づいていなかっただけなのかもしれない。そう思いつつ、ラーメン屋に入る。最近は飲食店も探さなければならないほどになってしまった。少し前はちょっと見渡せば何かしらの飲食店はあったものだけど。
少し前までは外国人から見た日本は和食、アニメ、漫画みたいなイメージだったようだが、今はヒューマノイドとなってる。
とある雨の日。人間排除を掲げるヒューマノイド組織がテロを起こしたとの情報。現場に向かう。今回の任務は後方支援だ。現場を少し離れた人通りの少ない道を見回る。
「あっ、」
一瞬のことだった。胸に何か刺さってる。
あ、これはやばい……
目を覚ます。見慣れない天井。
「せ、先生を呼んで!」
近くで大きな声がする。ここはどこだ?
しばらくして白衣を着た男が来た。かなり興奮した様子だ。
「新木さん、新木ハジメさん? わかりますか?」
アラキ? 何だ? 誰だ? なんだか記憶が曖昧というか。モヤモヤする。
私は記憶喪失だった。
私が長い間眠っていたらしい。歩くことは愚か立ち上がることも物を持ち上げることも起き上がることもできなかった。
長いリハビリを経て、なんとか不自由なく生活できるようになった。しばらくの間はここにいて欲しいということで大きな部屋に案内された。
大きなベット、ソファ、本棚、それに個室のトイレもある。うん、結構いい部屋だ。ネット環境がないのは気になるがまぁいい。記憶が戻るまではここで過ごすということだろう。
数日がたった。
記憶は依然として戻る気配すらない。しかしこの部屋にも慣れ快適に過ごしている。食事は多種多様でどれも美味しい。新しい本も定期的に来る。ずっとこのままでもいいと思えるほどの快適さだ。
ちなみに最近読んだ本の中で最も興味深かったのは、男性形ヒューマノイドと女性形ヒューマノイドの格差問題ってやつだ。
「さて、今日は何の本を読もうか」
この生活を無数の人々に見られていることを、私は知ることはないだろう。
私は知ることはないだろう。
最後の1人であることを。
私の隣にはヒューマノイドの部下がいる @BONMONOGATARI
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