後日談 再会

 今年最後の1日の診察を終えて桐山教授に挨拶をしてから外に出ると、雪が降っていた。ひらひらと風に揺られて舞う白い粒が黒い道路を塗り替える様はとても心地よく感じた。あの空港で彼女と別れてもうすぐ1年が経とうとしていた年末まで来ていた。後、1週間ほどで1年が終わるこの月は彼女と過ごした期間なので、夢だと思ってしまうほどに心が寒々しく感じていたが、雪が変わらず白であの頃と同じ白い道になっていることに安堵するのだった。1年の間に、彼女とのメール連絡を取り合うことは彼女から生活のことや食品のこと、近所の人、そして、執筆とそれを通じて関わる人の話など、彼女の近況を知れて良かったと思った。しかし、彼女が安定している精神状態だと分かる反面、こっちにいる時より楽しそうな文面を読むと怒りというか悔しさというか、そういった負の感情が心に火を灯していた。彼女のことを思うなら、彼女が外の世界に出て多くの人と関わり、自分という存在を築いていく様を喜びこそすれ、そういう感情は場違いだと分かっていても自然と生まれてしまうので、どうしようもなかった。その上、帰国が明日に迫る彼女が、ちょうど2週間前にメディアで海外に有名映画監督と、他キャストである男優、女優たちと並んで記者会見を受けていた映像を見て、更にその火は大きくなり炎と化そうとしていた。なぜなら、彼女の容姿は1年前より大人びており、体は相変わらず細いが身長が高くなり手足が長く、そして、とりわけ彼女の瞳は海外の人の中にいても一際目立つ輝きを放っていた。そして、15歳という大人になる彼女が醸し出す雰囲気はあの頃の人形のような造り物ではなく、生き生きとした生命力からの魅惑的なものだった。それらを総合的に見ると、他の女優に引けを取らないので、それを見ていたメディアが一斉に彼女の容姿に目を付け、彼女の功績もそうなのだが、それよりも外見を語るのだった。そんな様子を見れば、彼女を思う自分が彼女のそれを騒ぎ立てられることに腹が立たないわけがなかった。いわゆる、独占欲からくる嫉妬していたのだ。しかし、そんな風に向こうの生活が合っていて素晴らしい功績まで残したというのに、彼女は帰国後ここで共に住むのだと言って来たのは1週間前だった。

『私、1週間後帰国するので、またよろしくお願いいたします。』

『1年と言っていたけど、短くなったんだね。』

『はい。1作品仕上げるまでの契約でしたので、すでに契約は熟しましたから。こちらに長居しすぎたくらいです。高校も卒業しないといけませんから。』

『そうなんだ。こっちは構わないよ。君が生活していた時に使っていた物はそのまま残してあるからね。』

『ありがとうございます。良かったです。断られたら宿無しになるところでした。』

『馬鹿だね。僕は君の保護者的立ち位置なんだから、断るわけがないでしょ。』

 1週間前の会話で終始冷静を装っていたが、内心彼女の安堵が分かると、ガッツポーズをしていたし、電話を切ってから思いっきり拳を振り上げて喜んでいた。あれ程に、喜びを体で表現したことなどなかっただろうと自分でも思うほどに。

 そして、ちょうど明日に迫っており、家を掃除し食材を買い込んで、彼女との生活で最初に慌てないようにしていた。遠足前の子供のようだと思いながらも自然と顔がニヤけてしまうのは止められず、病院での診察の時も顔が緩んでいるせいか患者に驚かれるほどだった。

『先生、何か良いことでもあったんですか?』

『はい。実際にはこれからあるんですけど、海外に行っていた家族が帰国するんですよ。』

『それは良かったですね。』

『はい、ありがとうございます。』 

 などと会話を1週間ずっと続けているようだった。家族という言葉とは疎遠だったのに、今ではそれが心地よくて仕方なかった。

「自分も成長しているってことかな。33歳なんだけど。」

 部屋で1人苦笑を漏らした。

 そんな回想をしていると、あっという間に白い道に跡を残して帰宅した。

そこまでは良かったのだが、家の前で鍵を開けようとして鍵を探していると、扉が家の中から開けられた。

「お帰りなさい。内山さん。お仕事お疲れ様です。」

 と言って、約1年ぶりに会った凜に出迎えられた。それも、輝かんばかりの笑顔で。年相応の顔をしていた。それら全てに驚き体が固まったのは、言うまでもない。

「内山さん。どうしましたか?」

 原因となっている本人は全く気付かずに動かない樹の顔の前で手を上下に動かし、「おーい、内山さん。」などと声をかけてきた。それが何度目の声掛けかは分からなかったが、それでもやっと正気を取り戻して、すぐに目の前の170センチ近くはあるだろう目線が少し下がるくらいになった、雰囲気がさらに大人び、それでも口調はあの頃のままの彼女、心に深く刻まれている彼女の容姿とは違っていても変わらず愛おしさは溢れていた。そのままに彼女を広げた腕で強く抱きしめた。

「お帰り。柊さん。」

「ただいま帰りました。内山さん。」

 彼女は心地よさそうに微笑んで背中に手を回してくれた。冷気の中なのに、彼女と接している部分が伝播して背中まで温まってきた。太陽からの光に当てられているように心地よく安心する温もりだった。

「とりあえず、中入りませんか?」

「うん、そうだね。」

「たくさんお土産を買いましたし。」

「そんなにあるの?お菓子なら少し病院に持って行こうかな。」

「はい、そうしてください。」

 と、彼女と笑い合って家に入った。後ろ手に扉のロックをかけた瞬間、

「ねえ、柊さん。いや、凜さん。好きだよ。」

 と、笑みを浮かべる彼女に我慢できずに言った。すると、彼女は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐにまた嬉しそうにえくぼを作って笑った。

「私もあなたが好きです。樹さん。」

「じゃあ、来年も再来年もずっと一緒に住んでもらえるかな?」

「はい、こちらこそ喜んで。」

 それから、彼女ともう一度暖房が入っている部屋の中で抱きしめ合った。自分の中の雪も彼女の中の雪も融けそうなほどに温かみを分け合うように。

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君からもらった言葉 ハル @bluebard0314

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