後日談 旅立ち

 墓参りから数週間、彼女と共に生活を初めて1か月、ついに凜が海外に渡航する日が来た。樹は空港で彼女の見送りに来ていた。

「忘れ物はない?」

「はい。昨日一緒に確認したじゃないですか。それに、日用品は忘れても向こうで買えますから。」

「そうだね。でも、何となく心配だから。」

 樹の過保護的な発言に彼女はくすぐったそうにクスクスと笑った。彼女の笑う顔はここの所見る頻度は多くなり、彼女自身も顔から出る空気が明るくなった。

「そんなに心配しなくても平気ですよ。」

「君はしっかりしている方だとは知っているけど、まだ14歳だからね。心配ぐらいはさせてほしい。」

「じゃあ、心配していただいてありがとうございます。気を付けます。」

「うん、気を付けて。」

 彼女の両肩に手を置いて励ますような言葉をかけた。ここ1か月ほどで健康的な生活を送るようになり、彼女の体は標準に戻りかけていた。とはいえ、少し体重が増えたところで平均と比べるとまだまだ痩せてはいるが、3日前に受けた彼女の健康診断結果BMI以外は問題ない数値だった。もし、それで重度の貧血や他の疾患疑いが見られた場合は、それを理由に樹もついて行く予定だった。樹自身、現在は精神科医でも元は小児科だったので医師としての経験は十分だったからだ。しかし、それも叶わずとうとう彼女を1人見送ることになったのだった。

「君は向こうで僕といた時みたいな生活リズムを整えるんだよ。前みたいに健康食品だけの食事では駄目だからね。帰国早々、入院なんてことにならないように。」

 何度も言い聞かせるように口を酸っぱくして言った。それに、彼女は拗ねたように口を尖らせて「分かってます」と言った。しかし、その仕草さえも可愛らしく映るのは惚れた弱みかもしれないと内心思った。彼女には基本的な調理方法などを教えて、実際彼女も料理は嫌いではないようで呑み込みが早く食事当番を熟せるほどだった。後は、彼女自身が仕事を理由に面倒くさがらないことだけであり、それが分かっていたから彼女が耳タコになるほどに注意をしていた。

 そこで、搭乗のアナウンスが入った。

「もうそんな時間なんだ。」

「はい。1人だと長い待ち時間ですけど、内山さんが来てくださったので退屈しませんでした。ありがとうございます。じゃあ、行ってきます。」

「うん、仕事も大事だろうけど体にはくれぐれも気を付けて。海外生活が君にとって良いものになる事を祈っているよ。後、いつでも何かあったら連絡をください。」

「内山さん、お医者さんの頃みたいになっています。でも、分かりました。ありがとうございます。」

「それを言ったら今は医者じゃないみたいだよ。今も医者だからね。僕からも体調伺いで定期的に連絡するから。」

 すると、彼女は樹の言葉はクスっと笑みを浮かべた。

「はい。じゃあ、今度こそ、行ってきます。」

「うん、行ってらっしゃい。」

 そう言って握手を交わすと、彼女は今度こそ樹に背を向けて歩き出した。それから、一度も振り返らずに彼女はゆっくりと歩いて少しずつ彼女の背中が遠くに消えた。

「行ってらっしゃい。また1年後に。」

 見えなくなった彼女に向かって小さく呟いた。決して届かなくても1年後に会う約束を自分の中に刻みつけたかった。それから、飛行機が飛んだのを見てから息を吐いて拳を握った。

「よし、仕事頑張りますか。」

 柄にもないがそうして自分を励ました。彼女が帰国後も自分と一緒に生活をしてくれるとは限らないけど、自分は彼女と1年後も会うと自身と約束したことを胸に当てて確認し、空港を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る