後日談 墓参り

 正月はおせちを作れるものは作って、作れないものは惣菜で済ませ、初詣で向かった神社は人が多く人混みに慣れていない凜のためにお参りを済ませてから真っ直ぐに帰宅した。

正月最終日に

「柊さん、今日祖母の墓参りで遠出するんだけど、君も来る?」

 と尋ねてみた。彼女が海外準備と休みない執筆、それと学校の課題に四苦八苦していたので今日まで言えずにいたが、彼女の返答なく1日家を空けることはできなかった。突然のことに彼女は目を丸くした。

「それは、私も行っていいのでしょうか?」

「いいと思うよ。祖母、母方のなんだけど、穏やかで気さくな人だったから。それに、毎年僕1人で行っていたけど、君と一緒に行けば祖母も安心すると思う。」

「あなたから家族の話を聞くのは初めてですね。」

「そうかもね。僕は家族とは疎遠だし、彼らは皆1年のほとんど家にいないから。家族っていう認識がないのかも。」

 彼女に指摘されたが、心は落ち着いていた。そして、本音を吐けた。そんな薄情な自分に自分が呆れていても、彼女はただそれを受け入れているようだった。

「そうですか。誰でも話したくないことはあります。私はもう隠し事はありませんが、だからといって私を調べたあなたにそれを盾にして問い詰めたりはしません。」

 彼女はそう言いきった。彼女はこちらの心の機微に敏感であることを思い知らされるのはこんな時だった。自分の心には鈍感なのに、相手のそれには敏感で、そして、それが外見と内面のギャップを生み出し、今の彼女を構成した根源のように思われた。

「それは良かった。君にそれを盾に取られると僕は打つ手がなかったよ。それに、もし、君にそうされたら、僕はきっと話すと思うけど、その話題はあまり、こういう和やかな時間で話すのは勘弁してほしいね。」

 肩を竦めて両手を挙げた。それに、彼女はおかしそうに小さくクスクスと笑った。

「そうですか。では、機会があればぜひ。」

「それは話すことを前提かな?さっき問い詰めないって言ってくれたのに。」

「問い詰めないとは言いましたが、聞かないとは言っていません。聞きたい気持ちはありますが、無理強いはしないってことです。あなたが話したくなったら話してください。」

「そうだね。」

 それから、朝食を終えてから準備をして駅に向かった。顔だしをしてから、凜は目の色を隠すために色の入ったレンズを入れた眼鏡をかけるようになり、顔はマスクをしていた。そうすれば、大抵人は気付かなった。凜の最大の特徴は魅了せずにいられない彼女の目の色だったからだ。

 駅まで徒歩でも十分だったことと、この正月は太陽が出てきて暖かい日が続いたことが重なって並んで歩いていた。

「そういえば、お祖母さんの墓はどちらにあるのですか?」

「ここから電車とバスで3時間半ぐらいかかるね。大丈夫だよ。風景を見ていればあっという間だから。途中の乗り換えの時に人混みになるけど、他はそれほど混まないし、電車もバスもおそらくそんなに人は乗らないはずだから。」

「そうですか。それは良かったです。人混みは気分が悪くなるので、なるべく避けたいです。」

「都内にいたのに、移動はどうしていたの?電車に乗ることもあったはずだけど。」

「顔出し後は車移動でしたし、その前は電車移動でしたが、人がいるような中心地には行きませんでしたから。」

「そっか。確か出版社もオフィス街だったけど、ラッシュ以外は電車混まないからね。」

「はい。だから、先日の神社は狭い上に人に押しつぶされる感覚を初めて味わいました。」

「そうだね。初詣は確かに人が多かった。僕も久しぶりに行ったよ。いつもは、祖母の墓参りはお盆に行って初詣は正月が終わってから行くんだけど、今回は墓参りをお盆に行けなくて正月にしたから、あの日しか行けなくてね。」

「そうなんですね。」

 そういう会話をしていれば駅まではあっという間だった。そこから、電車で霊園の最寄り駅まで向かい、最寄り駅からはバスで30分ほどだった。都内に一旦出た時の人は多かったがそれでも、通常よりは空いていた方で押しつぶされるほどでなかった。そのおかげで、途中凜の気分が悪くなることはなく、彼女は電車から見える風景を楽しんでいたように見えた。都内から3時間かけてようやく霊園に着いた。

「疲れた?」

「いいえ、大丈夫です。」

 隣を歩く彼女は全く疲れていなかった。長時間乗り物に乗ると何もしていないのに疲れるものだと思っていたけど、彼女はそうではなかった。これが若さというものかと少し痛感させられた。雪のない場所にある墓の1つである祖母の前に来ると、凜は不思議そうに言った。

「とても綺麗ですね。」

「そう?霊園は管理人の人がいるから、その人達が管理しているんじゃないかな。」

 お墓のことを言っていると思ったが、それは的外れだったようだ。

「違います。この場所がとても澄んでいるように見えるので、綺麗だと思いました。墓地って、想像でしかなかったんですけど、もっと雲がかかったような少し肌寒い気分になる場所にあるのだと思っていました。」

「澄んでいるか。君の感性は豊かだね。僕には空気は分からないけど、ここは穏やかで時間がゆっくり流れているように感じるんだ。僕はここが好きなんだよ。お墓のある場所を好きというのもおかしいと言われるけどね。」

「いいえ、私もここは好きになりそうです。」

 賛同してくれた彼女に笑みが零れた。それから、軽くお墓の掃除をしてお花を生けてから線香を置いた。

「お祖母さん、お盆に来れずにすみません。ここ数か月、本当に忙しかったんです。あれからもう4年経ちますけど、僕はあの頃より奔走できているような気がします。流されるではなく自分の足で踏みだしているような気がします。」

 隣に立つ凜は静かに聞いていた。

「お祖母さんだけが僕を取り囲むもので唯一の味方でしたが、どうやら僕には他に味方がいたようです。今では、数人味方ができ、大切な人もできました。もう、安心してください。僕は1人ではないですから。」

 いつものように報告と、存命の時はいつも心配をしてくれた祖母を思い出した。彼女に会えばいつも優しく笑っていてそれを見るだけで呼吸が楽になった気がした。そんなことを思い出して、今もそうだと再度実感した。それに気づくのが遅い自分も鈍感かもしれないと苦笑をしながら手を合わせた。

「お祖母さんはどういう人だったんですか?」

 掃除道具や花や線香を片付け終えると、凜がそう尋ねてきた。

「祖母は本当に穏やかな人だったよ。会ったことはない祖父を亡くした後、彼女は定年まで働いて趣味で小さな喫茶店をしていたんだ。コーヒーと紅茶に拘り、軽食も絶品で結構評判が良くて、サラリーマンから年配の人まで幅広い年代の人が来ていても、穏やかな空気が流れている、そんなお店だった。祖母が亡くなった後は継ぐ人もいないから閉めて今はアパートになっているよ。駅にも近いから利便性があるからね。そんなお店を1人で切り盛りしていたのに、多忙なはずなのにそれを笑ってやり過ごせるとても要領のいい人だった。」

「そうなんですか。すごいですね。」

「そうだね。とても僕にとっては自慢な祖母で、とても好きだった。年に3回、長期休みに入ると必ず会いに行ってね。そのたびにただ優しく出迎えてくれるんだ。」

「良いお祖母さんですね。」

「そうだね。」

 そこで会話が途切れた。彼女の言葉に誇らしさが顔を出した。誰かにそう言ってもらえたことが自分のように嬉しかった。親戚たちは揃って看護師を定年まで働き、退職後は祖父が残した小さな不動産を1つもらって住居兼喫茶店に改装し、喫茶店を営んで近所の人と交流を何よりも大切にした祖母を“負け組のお荷物”と罵っていた。でも、樹にとってはどこまでも人の痛みが分かるほどに優しく温かみのある人で、周囲にいた気ぐらいの高い親戚たちの中で一番の自慢だった。そして、その霊園を吹き抜ける心地よい風がそれを更に舞い上げてくれるように一際強く吹いた。

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